4.北コーカサスの餓狼たち(1)
【これまでのあらすじ】
・ジナイーダ・ナイジョノフは武装組織「シスコーカシア戦線」の構成員である。元は北コーカサス系民族で構成された反ロシア闘争組織だった彼らは、今や各地の戦乱に散らばって武力をひさぐ傭兵部隊と化しつつあった。
・ジナイーダは同組織の中で一派閥を率いるアリスタルフ・アルハノフの養女にあたる。毎時3.6ペタワット放電できる特異体質を持つ彼女は組織内で頼りにされる一方、孤立した己のアイデンティティについて悩みを抱えていた。だが彼女の葛藤とは無関係に情勢は動き、火種は燃え広がり始める。
「――ったくよォ、いつ来ても陰気なところだぜ。寒ぃし、ろくな女もいやしねぇし」
「貴様はそればかりよな、シャミル」
「何が悪ぃんだ、ゼリム。ぶっ殺して飯食って女とヤる、それが男の生き方だ。こまっしゃくれた理屈だの交渉だの、あのロシア野郎のクソメガネみてぇなひ弱なインテリのやることよ」
ワハーン回廊のシスコーカシア戦線地下基地で、上層通路を歩く二人の男がいた。
アナーキーな台詞を吐き捨てるのは狂犬めいた雰囲気の痩せた若者、その前を往くのは2メートル20センチの筋肉質な体躯を持った巨漢。二人とも厚手のジャケットの上に防寒コートを身に着けているが、デザインに共通性はない。自称とはいえ国家を名乗るパシュトゥーニスタンと違い、シスコーカシア戦線は非正規組織故に制服がないのだ。
「それでジナイーダに襲い掛かって電気ショックを喰らったのは誰だったか。……ひ弱なインテリというのはアリスタルフのことか」
「元は慈善事業なんぞやってて、その前はロシア軍にいた奴だぜ。ぽっと出の頭でっかちが得体のしれねぇガキを飼い慣らしてデカい顔してやがる。信用ならねぇ」
「賢しい奴なのは同感だが、政の話ができる男だ。それにヨーロッパとのコネクションがある。お前の〈ヴァルハラ〉も俺の〈アズガルド〉も奴が調達した――人を雇う側の人間だ。今日日ああいう身内は貴重だぞ」
「気に入らねぇんだよ」
巨体に比例するような重々しい声でゼリムハンが言うと、シャミルが不愉快げに犬歯を剥き出しにして同じ事を繰り返した。
「利口ぶりやがって。女もいねぇ」
「お前がどう思おうが勝手だが、相手の前では態度に出さないようにしろ」
「解ってら。……でもよぉ、あの妖怪女が出てきたら遅かれ早かれだぜ」
「それでもだ。俺に恥をかかせてくれるなよ」
ゼリムハンはひとまずそれ以上の会話を諦め、天井に等間隔で並んだ照明の下を黙して歩き始めた。
本当に解っているのかは疑問だが――40半ばの彼と違って隣の男はまだ19だ。目先のこと以上を考える知性や落ち着きは期待してはいない。またこれから行われる会談の転びようによっては、この男の近視眼的な性格も手札になり得る。
基地の地下構造は大まかに3層に分かれていた。上層が構成要員の生活スペース、2層目が大型Mech用のガレージと空調システム、そして会議室を兼ねた司令室。そこから更に深く掘り下げたところに設けられた最下層には、基地の充電役たる『妖怪女』――ジナイーダ・ナイジョノフの部屋がある。
今回二人が目的とするのは2層目の司令室。ところどころ岩盤が剥き出しになっている廊下には不似合いな、セキュリティ付きの鉄扉が設けられた部屋だった。ゼリムハンがカードキーを押し当て、節くれだった手でドアノブを捻る。
「――ゼリムハン・バスタエフ、帰還した」
「はるばるご苦労だったね。待っていたよ」
立体映写装置付きの作戦司令テーブルや大型の通信指揮装置が並ぶ部屋の中央で、基地司令アリスタルフ・アルハノフは回転椅子に腰かけたまま鷹揚に笑った。その両脇にはジナイーダとターニャが舞台の黒子のように奥ゆかしく控えている。
「また機器が増えたようだな、リスターシュカ。首都のアサダーバードでもこれほど潤沢には電気を使えんぞ」
「うちのジナイーダと、スポンサーの贈り物の恩恵さ。ビーム兵器もこの『アビサル・キャパシタ』があってこそだ」
「欧州の引き籠もり共も、渡した資材がアフガニスタンでこんな使い方をされているとは思うまいな……」
ゼリムハンが部屋の隅へと視線を向ける。そこには白い電気ポットほどの大きさの機器が設置されていて、そこから発芽種子から伸びる根のごとく部屋中の機器へとコードが伸びていた。
コードの存在を無視すれば、設置式の空調装置か何かのように見えるそれは――この司令室で消費される一週間分の電力を蓄えた、超大容量の蓄電デバイス『アビサル・キャパシタ』である。アリスタルフのスポンサーの一つであるEUの後継組織、EBU(欧州・ブリテン共同体)から供与されたものだ。
21世紀初頭のグローバリズムに疲弊し、そして核融合炉技術の発展で化石燃料への依存をほとんど脱した欧州各国は、海外の治安維持への情熱をほとんど失っていた。故に彼らは軍事的海外派遣からほぼ完全に――米国やインドのように第三者機関を身代わりに立てることすらせず――撤退して自国領内に引き籠もっている。
代わりに対ロシア・対中東政策の実働部隊として使っているのが、アリスタルフのような非正規の民兵組織だ。彼らの勢力が増強されることによって起きる混乱については――何も考えていないか、コラテラル・ダメージとして割り切っているらしかった。
「確かにエネルギーの不便はないが、地下暮らしもこれはこれでストレスが溜まる。外はいつも氷点下だし大変だよ。……無論、パシュトゥーニスタンとの折衝ほどではないだろうが」
「適材適所だ。紛争国の人間との付き合いは俺の方が慣れている」
「助かるね。――まぁ、座ってくれ。報告を頼むよ」
アリスタルフがにこやかに笑いながら言うと、ゼリムハンは頷いて椅子に腰かけ、鞄からタブレットを取り出して起動した。
「前回の会合だ。パシュトゥーニスタンの奴ら、T-Mechを一機組み上げた」
端末が作戦司令テーブルの映写装置に無線接続され、自動的に空中に仮想スクリーンが出現する――直後、山岳地を走るMech部隊の姿がそこに映し出された。
◇
画像が撮影されたのは三日前のことだった。場所はヒンドゥークシュ山脈の奥深く――正確な場所は秘匿されているが、PRTOの偵察ドローンも近寄れないほどの防空網に守られた渓谷地帯である。
尾根上に設けられた観測所には七人の男がいた。一人はゼリムハン。もう一人は白髪混じりのあごひげを伸ばし、伝統的なターバンと白い民族衣装に身を包んだ恰幅のいい年配の男性。その後ろにロシア製の2m級Mech〈マロース〉に乗り込んだ守衛が五人、待機する猟犬めいて張り詰めた沈黙を保っている。
「よい走りだろう。TMb-2、〈スヴェジー・スネッグ〉だ」
「新雪? あれが?」
髭の老人の言葉に対して、巨漢の傭兵隊長は疑問とともにそう返した。
彼らの前——高度的には下になる――勾配がなだらかになった場所では、ゼリムハンも見たことがない仕様の戦闘Mechが36機、およそ3個中隊規模で集まって走行訓練を行っていた。
全高は5mほど。平面と曲面が組み合わさった暗い砂色の装甲。ロシアの名機〈マロース〉の「一つ目」頭をほぼそのまま流用した頭部。
コックピットは股間部に存在し、それゆえ細身の上半身に反して下半身は太く大きい。更にジェットエンジンを備えた大型のリアスカートと地上滑走用の脚部ローラーを装備しており、裸身に袴を履いたようなシルエットをしていた。
それが隊列を組んで腰部スラスターから排気を吹き出し、高速で谷底を滑走している――その速度はおよそ300km/h。〈ヘルファイア〉には及ぶべくもないが、並大抵の陸上兵器では出せないスピードである。
「確かに〈吹雪〉の面影があるが……よく転ばんものだな。ロシア軍も良い航法装置を開発したと見える」
ゼリムハンがしげしげと眺めるふりをして、双眼鏡に偽装した小型カメラで部隊の様子を撮影する。
こんなスパイめいた真似をせずとも、後に彼らから正式な情報が送られてくるだろうが――都合よく操作されないためには情報収集を他人任せにするな、というのがアリスタルフの指示だった。ゼリムハン自身も同感である。
「ロシアが開発した新型、その初期量産品だ。ジェット搭載で動きが速い。――そして見たまえ。あれが〈ジャハンナム〉だ!」
老人が杖をまっすぐ伸ばし、Mech部隊の先頭を走る37機目――他の〈スヴェジー・スネッグ〉を振り切らんばかりのスピードで爆走する超大型Mechを指した。
それを一言で形容すれば、巨大な自動二輪車に跨った人型Mechである。
モーターサイクルといっても並大抵の代物ではない。装甲化されたエアロカウル、CNT強化金属で構成される流線形のシャーシ、それを支える高強度のサスペンション。後部には戦闘機用のジェットエンジンを複数基まとめて組み込んだ、怒り狂う猛牛めいた武装突撃車両である。
そこに跨る人型部分はリアスカートとローラーを撤去した〈スヴェジー・スネッグ〉に、流線形の増加装甲を取り付けた改修品。その手には武骨な長柄の大槌が握られており、いかにも騎馬兵めいた外見となっていた。
〈ジャハンナム〉――コーランに記される灼熱地獄の名を冠するその機体は、全体が艶がかった深紅に塗られている。通常兵器ではあり得ない「目立つ」ための塗装からは、我を畏れよと言わんばかりの自信と力が感じられた。
「ジャハンナム、地獄の炎か。あれもロシア製か?」
「パーツの70パーセントはロシアとパキスタンから取り寄せたが、我々が独自に設計したオリジナルだ。大型だがざっと900km/hは出せる。『三つ目』の襲撃に関して君らに頼り切りというのもよくないからな」
「あの機体をぶつけるつもりか? 見る限り出来は良さそうだが」
「あれのパイロットは『三つ目』に身内を殺されている。パシュトゥーン人の血の復讐となれば、アッラーのご加護もあろうものさ」
髭の老人が猛禽めいた目を細めて笑った。その笑みにこちらへの牽制――T-Mechの唯一性を口実に大きな顔はさせないという意図を悟り、ゼリムハンが対抗して口を開く。
「俺達も機材を運び込んだ。ここからはより本格的に戦闘に参加できる」
「わかっておる。先の来襲の際の報告を読んだが、実際君らは素晴らしい働きをしてくれた。あの忌々しい殺人マシンを傷だらけにして遁走させるなど、これまでは考えられなかったことだ」
「光栄だ。……もう少し裁量権を貰えれば、更に大きな戦果を挙げてみせるが」
「ほっほ! 勤勉なのはよいことだ! ――が、それはできない相談だ。少なくとも我々の国ではな」
髭の老人――パシュトゥーニスタン共和国の指導者アフマド・ハーンは豪快に高笑いを上げると、ゼリムハンの要求をすげなく突っぱねた。
この好々爺然とした恰幅のいい老人はその実、「マスードの再来」と称される戦術家にして指導者である。統制を欠いていたアフガニスタンの反政府組織をまとめ上げ、単なる民兵組織の寄り合い所帯だったパシュトゥーニスタンを国家を名乗る規模にまで押し上げた男だ。
PRTO派遣軍はパシュトゥーニスタンの団結を挫くべく彼の暗殺を何度も計画し――そのいくつかにはT-Mech〈ヘルファイア〉も投入していたが、今のところ一度も成功していなかった。
「私も長いことムジャヒディンをまとめてきたから、だいたい見当はつく。君らのボスは我々からの指示なしに出撃できないのが不満なのだな。――しかし我々は国家だ、戦闘行動の意思決定はあくまで国家の中で行われねばならん。現状でも報酬は十分に出しているはずだ、解ってくれるな?」
「無論。……プロとして意見を提示したまでだ」
やはりこの古狸の警戒を解くのは易くないか――チェスの早指しめいた会話の応酬を交わしながらゼリムハンが思考を巡らす。彼は戦士であると同時に傭兵指揮官であり、当然権力者との付き合い方も心得ていた。
傭兵とはつまるところ人手不足の穴埋め、日雇いの労働者のようなものだ。むやみに情報を嗅ぎまわって功を急ぐ姿勢は喜ばれない。ましてや相手は民族主義でまとまっているパシュトゥーニスタン、余所者への不信感の強さはひとしおである。
――しかしゼリムハンたちの目的は、まさにこの内戦のパワーバランスを捻じ曲げることにあるのだ。都合よく使われて終わりにはさせない。彼は更なる交渉に出た。
「であれば情報をより速く回してくれ。参謀本部にうちの人間を一人、連絡係で置いてくれればいい。前は情報の遅れが原因で緊急出撃が20分遅くなった」
「ふむ……」
「〈シャングリラ〉なら5分で100kmは飛べるが、飛び立つまでには準備が必要だ。その間に何人死ぬと思う? 前の襲撃では『三つ目』に加えて、ミサイルの雨を降らす重武装タイプも現れたと聞いているぞ」
ゼリムハンがもっともらしく――実際のところ彼らが〈ティル・ナ・ノーグ〉に〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉を追わせていたことは隠して――言うと、アフマドは十数秒の沈思黙考の後ゆっくりと頷いた。
「……よかろう。後で寄越してくれ」
(やはりジナイーダの活躍が効いている。アリスタルフが一息に撃破させなかった理由はこれか)
ゼリムハンが無表情の下で舌を巻いた。
恐らく〈シャングリラ〉による戦闘がなければ、これも受け入れられなかっただろうが――自前で一機仕上げたとは言っても、パシュトゥーニスタンの開発力はPRTOより下。PRTOのT-Mechがいる限り、それを追い返した実績があるシスコーカシア戦線も発言力を維持し続けるのだ。
「俺達の戦力は〈シャングリラ〉だけではない。必要なら後方攪乱も機動防御もできる。期待してくれ」
「無論だ。――我々はかつてのPDPA(アフガニスタン人民民主党)とは違う。今のところロシアに武器の供給と士官教育を委託しているが、彼らの軍隊に庇を貸して母屋を取らせる気はない。……その点、小勢だが戦闘力のある君たちの存在は心強い」
「利害の一致だな」
「問題らしい問題といえば、君たちの組織は反ロシアを標榜しているという点だが」
「シスコーカシアだって一枚岩じゃない。少なくとも俺は政治思想に興味はない――戦うだけだ」
「ふふん。気に入った」
アフマドが意味深な含み笑いを返した後、監視所の壁に手を置いて眼下に広がるヒンドゥークシュ山脈の景色に物憂げな視線を遣った。砂の混じった乾いた風が地表を吹きすさび、疎らに生えている下草を揺らした。
「今年で建国から8年が経つ。ハサン政権はもはや点滴で生かされている病人に等しい。実質的に彼らを維持しているのは環太平洋条約機構の力だが、かの組織も一枚岩ではない――主軸のアメリカとインド以外は我々への介入を嫌がっているし、その二国にしても時間の問題だ。戦が長引くほど膨らむ戦費に士気が落ちる、我々とは逆だ」
ほとんど政治演説のような口調でアフマドが続けた。あごひげを長く伸ばした老人の目には、炎の如きムジャヒディンの理想が爛々と燃え盛っている。その背後でゼリムハンが白けたように眉を顰めたが、5人の護衛を含めて誰もそれに気づきはしなかった。
「まずは武力による現状維持と地盤固めだ。そして彼らが疲弊したタイミングで和平交渉を仕掛け、妥協を引き出す。――このプロセスを完遂するには君たちの力が必要なのだ。これからも頼りにしているよ、ゼリムハン殿」
「俺達もだ。これからも良き関係を」
「うむ」
アフマドとゼリムハンが共に頷き、固く握手を交わした。
(交渉、和平、独立。そうなれば俺たちは用済みというわけだ。笑わせる)
――アフマドの態度に欺瞞と虚飾が多分に混じっているのは明らかだったが、ゼリムハンは敢えてそこに言及しようとはしなかった。おそらくは相手も同じだろう。パシュトゥーニスタン共和国とシスコーカシア戦線の協力関係はあくまでも利害に基づくものであり――最初から同志や仲間ではないのだ。
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