6.鋼裂く赤光
【これまでのあらすじ】
・ジーク・シィングは米印を中心とする国際軍事組織・PRTO派遣軍に所属する兵士であり、アフガニスタン戦線で超重装甲機〈ヘルファイア〉を預かるパイロットである。
・反政府組織パシュトゥーニスタンが導入した機甲部隊を強襲する〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉。鎧袖一触で敵部隊を蹴散らす2機のもとに、上空から謎の機体〈シャングリラ〉が乱入した。
「レーダーに感。妙に大きい電磁波……雷雲ってこともないだろうけど」
ジークが不審な雷鳴を聞いたのとほとんど同時に、〈ピースキーパー〉の前部座席でディナがそう呟いた。掃討戦がほぼ決着し、丘陵地がもうもうと黒煙を上げる戦車で埋め尽くされた頃だった。バイザーに投影されたレーダー画面には、不自然な場所に不自然な反応が映し出されている。
「確認した。11時方向に30km。相対高度500m。……時速1500キロで接近中?」
「ヘリにしては速すぎ、戦闘機にしては低すぎ」
「攻撃機かもな。味方でなければ敵だろう、離陸準備。――〈ヘルファイア〉、聞いたな? 貴様は飛行兵器に役立たずだ、邪魔しない場所にすっこんでいろ!」
「ちっ……奴らめ、また飛行場でも復活させたのか!」
ジークがペゼンタ飛行場を破壊して以来、パシュトゥーニスタンがまともな航空戦力を運用した記録はない。代わりの飛行場がないのだ。
ジェット戦闘機を運用できる飛行場には離着陸が可能な大型の滑走路が必要だが、彼らが支配域とする山岳地域には滑走路を敷けるような平らな土地がそう多くないし、そういった場所はPRTOの高空偵察機や人工衛星に発見されやすい。
ペゼンタ飛行場ができた頃のようなPRTOが弱小だった時期ならともかく、空を掌握された今になって悠長に飛行場など作れば即座に見つかって〈ヘルファイア〉を差し向けられることは明らかだったから、今までそういった素振りすらなかったのだ。
(高速で低空を向かって来るなら、スホーイの地上襲撃機か。あれなら奴らも保有していたはず)
ペゼンタ飛行場破壊前の記憶を辿りつつ、ジークが推測する。
再び彼らがどこかに土地を見つけて飛行場を再建したとは考えたくないが、実際に飛んでくるものがある以上そう考えるしかない。
――しかし山の向こうから姿を現した敵機の姿は、想像とはずいぶん違っていた。
「……T-Mechだと!? 何故パシュトゥーニスタンが――何であの形状が超音速で飛ぶんだ!?」
厚いカーテン状の軟質素材をマントの如く羽織った、白と黒の人型機械。言ってしまえばその一言で片付くが、「それ」――〈シャングリラ〉は手足から噴き出すプラズマの混じった排気に押し上げられて、淡い光に包まれて一直線に飛行していた。
〈シャングリラ〉がそのまま二機から3キロメートルほど離れた場所で停止、悠然と空中で腕を組んで動きを止めた。獲物を品定めする猛禽の如く、西洋兜か頭蓋骨を思わせる頭部が眼前の二機を冷たく見下ろす。
「ロシア人め! 機甲部隊だけでは飽き足らず、あんなものまで差し向けたのか! こちらの上層部が全面戦争をしないと高を括って! ――血祭りにあげてやる!」
タッチパネルからレールガンを再装填、弾種を榴散弾から対T-Mech徹甲弾に変更。装填アームが発射室の砲弾を入れ替える間に、〈ピースキーパー〉が四脚を踏ん張って胴体から伸びた長砲身を敵機に向ける。同時に背部のミサイルランチャーのハッチが開き、まだ半分ほど残っているスウォーム・ミサイルの弾頭が露わになった。
「マントを羽織った機体なんてね」
「弾片避けのゴムスカートのようなものだろう、〈PK〉の敵ではない!」
サムエルがレールガンの引き金を引くと、砲口でプラズマの光が迸り、強烈な反動が〈ピースキーパー〉の巨体を揺らした。発射されたのは専用に設計された特殊高速徹甲弾、〈ヘルファイア〉の前面装甲を一撃で半壊させた文字通り必殺の一撃である。
断熱圧縮の壁を撃ち抜き、次元違いの極超音速で迫る砲撃を前に――マントを纏った鎧騎士は何の反応も示すことなく、空中で悠然と立ったまま待ち構えていた。
「悠長にホバリングなど! 墜ちな!」
サムエルがそれを嘲笑った次の瞬間、〈シャングリラ〉の両肩から3基ずつ垂れ下がった黒い帯のうち、機体の前側左右を覆う2基がびくん、と痙攣するように動き、直後にバネのように跳ね上がって機体の前で交差した。
直後、徹甲弾がマントに着弾――瞬間、落雷さながらの轟音と閃光が〈シャングリラ〉から噴き出し、電熱で熔解した徹甲弾が自らの存速に押し潰されて自壊。
無数の稲妻が機体から溢れ出し、大気を灼きながら空中を放射状に飛び散る!
「何だ!? 光った!」
「爆発? 放電?」
「あれは――!」
〈ヘルファイア〉はカメラ映像を含む外部情報を直接脳髄に送っており、その過程でOSが自動的に補正処理をかける。閃光や轟音には耐性があった。
故に――サンドバル兄妹が光に目を灼かれて視界を潰される中、ジークだけはその防御システムの作動をはっきりと捉えていた。
やがて〈シャングリラ〉が放電を終え、マントが再びだらりと垂れ下がって元の位置に戻る。再び露になった本体には、弾痕どころか傷ひとつなかった。
「弾いた!? あんな布切れごときでっ……!?」
「通電装甲だ! 電流で弾を吹っ飛ばしたんだよ!」
「馬鹿を言え、そんなものが実用化できるか! 44ポンドの劣化ウランだぞ、何ワット必要だと思ってる!」
一目見て解るような重装甲機ならともかく、マントを羽織っただけの細身の飛行機体が、フルチャージ射撃を無傷のまま凌ぎきる――異常事態に呆気にとられた様子のサムエルの目の前で、〈シャングリラ〉は再び四肢のスラスターを吹かして急加速。巨大なマントを翻して急降下強襲を開始した。
◇
「テンタクラー・マントの電磁装甲は、十全に働いてくれている」
みるみる敵との距離を詰めていく〈シャングリラ〉のコックピットの中で、ジナイーダは薄目を開けて独りごちた。その体から発生する大電流が送電コードを通じて胴体内部のコンデンサに送られ、先程の放電で消費した分を瞬く間に補填する。
〈シャングリラ〉を包む漆黒のマントは、単なる布やゴムの類ではない。最新鋭のCNT人工筋肉技術の結晶、手足同様にパイロットの思惟を受け取って動くフレキシブルな可動デバイスである。
機体をマントのように覆い隠す、板状に成形された9基のCNT筋線維の束――幅広の触手と言い換えてもいい――からなるこのデバイスは、自在に変形して空力を制御する能動空力弾性翼であると同時に、人型の本体を守る防御装置としても機能していた。
常に電流を纏ったマント型のアクチュエータはそれ自体が防弾ベストのように砲弾片を食い止める他、内部に無数の空洞をもっている。マント自体を貫通する威力をもった敵弾がここを突き破ると貫通箇所でショート回路が成立し、大電流が流れて敵弾を破壊するのだ。
通電式電磁装甲。比較的単純な理論と構造ながら、莫大な消費電力の問題を解決できず研究段階のシステムである――本来なら。
「ガンランチャー時限信管、全火力で弾幕張れ! ――〈ピースキーパー〉よりビッグボード。敵のT-Mechを発見、交戦する。……困惑しているのはこちらも同じだ! 墜とすぞ!」
〈ピースキーパー〉がレールガンの弾種を榴霰弾に戻し、腕部ガンランチャー、およびシャーシ下部の30mmガトリングと合わせて激しい対空砲火を展開。
それを見たジナイーダが即座に急降下をかけて火線の下に潜り込む。避け損ねた弾子や砲弾片が何発かマントに刺さったが、その数発を除いた大部分はCNT繊維を重ねた表面で受け止められ、貫通した数発も電磁装甲システムの大放電に阻まれて消し飛んだ。
「避け切れないか。……しかし、凄い火力!」
ジナイーダがテンタクラー・マントを翼のように広げて気流を捉え、機体を鋭く宙返りさせて散らばった弾子群を回避――次の瞬間、四肢のスラスターの噴射で即座に機体を立て直して加速、不規則なバレルロールでレールガンの乱打を掻い潜りつつ肉薄に転じる。
「躱す!? 速い!」
「敵機、超音速を維持。まるで戦闘機だわ」
「ジグザグに飛ぶ戦闘機があるか!」
航空機やヘリコプターの飛行軌道が直線と曲線の組み合わせだとすれば、〈シャングリラ〉のそれは子供が描いた落書きの線だった。 いくら〈ピースキーパー〉のFCSが高性能とはいえ、敵機の現在の動きから未来位置を予測して射撃の照準をつけている以上、この予測不可能な動きに対応することはできない。
「機体を覆う触手がグネグネと動く――奴のマントは人工筋肉の塊か! あれ自体を翼として飛行軌道を変えている?」
変則的を通り越して奇怪ですらある曲技飛行を目の当たりにして、サムエルのこめかみに冷や汗が流れる。
〈シャングリラ〉は見かけこそ人の形をしているが、その動きは人間の――そして、あらゆる生物、あらゆる機械のそれから完全にかけ離れていた。スラスター内蔵の手足と9基のテンタクラー・マントをしならせて自在に宙を舞うマント付きの長躯の姿は、9本の触手を生やした異形の未確認生物のようにも映る。
「奴は手足と触手で13の可動肢を使っているというのか? あの動きの最中に!?」
ペダルやスティックによる操縦ではあのような複雑な動きはさせられないし、通常のモーショントレーサーでは人間にできない動きは再現できない。
可能性としては〈ヘルファイア〉と同様の、搭乗者への身体強化処置と高性能AIによる操縦補助の併用――あるいは、そもそも人ではないナニカを乗せているのか。〈シャングリラ〉の非人間的な挙動は、言いようのない不安感を掻き立てた。
「相手が何だって、やることは同じでしょ」
「火力と砲門数、解っているとも! ――相手がどう動こうが!」
〈ピースキーパー〉が背部の垂直発射式ミサイルランチャーを起動。貨物コンテナめいた箱型の60連装ランチャーに格納された高追尾ミサイルのロケットモーターに次々と火が入っていく。
次の瞬間、背部ミサイルランチャーのハッチが一斉に展開、獲物を見つけた雀蜂の如くミサイルの群れが飛び立つ。強烈な追尾性能を持つ80mmスウォーム・ミサイル――それも文字通りの大群による飽和攻撃である。
正面から殺到する誘導弾の群れに対して、〈シャングリラ〉が身を翻してその上をすり抜ける――しかし、レイセオン社の技術の粋を詰め込んだスウォーム・ミサイルが、その程度で追跡を諦めることはない。総数40のミサイル群は避けられた先で大きく上昇して反転し、再び背後から〈シャングリラ〉に食らい付いた。
「引き返すミサイル? へぇ……」
ジナイーダが驚いたように――しかし、余裕を保った様子で――バイザーの下で薄く閉じていた黒と赤の邪眼を開いた。同時に〈シャングリラ〉が空中でマントを開いて減速、背中にサブアームで懸架された盾状の装置を後方へ向ける。
「厄介な武装ですが、〈シャングリラ〉にミサイルは効きません。照射!」
次の瞬間、盾の表面から明るいグリーンの光線――晴れた昼間ですら軌跡をハッキリと視認できるほどの高出力レーザーが、ハリネズミの針のごとく噴き出した。
一見するとただの平面にしか見えない〈シャングリラ〉のシールドの正体は、フェイズドアレイ式のレーザー兵器である。
表面にはマイクロサイズのレーザー発振器がびっしりと搭載されており、これを一斉に起動、発振した大量の微弱なレーザー光を集中させて高出力レーザーとすることで、強力なレーザーをあらゆる方向へと指向・拡散させることが可能だった。
そして――いくら高い追尾性能を誇るとはいえ、文字通り光速のレーザーを回避する能力はスウォーム・ミサイルにも備わっていない。
ミサイルの群れは突然目の前に出現した光の網に突っ込み、そのまま茹で卵をワイヤーに押し付けたように切断されて誘爆、一発残らず着弾前に叩き落とされた。
「40発を同時迎撃だと!? レーザーで結界を!」
空中で弾けて散ったミサイルの群れを見て、サムエルが目を剥く。
レーザー迎撃装置自体は〈ピースキーパー〉にも装備されているが、出力はセンサーと外装の一部を焼いて歪めるのが関の山である。故に〈ヘルファイア〉との模擬戦では至近距離からのミサイルを無力化できず、被弾して墜落する羽目になったのだ。
その一方で〈シャングリラ〉はミサイル自体をバラバラに切り裂く出力を、しかもシャワーか何かのように照射してみせた。
艦船でも装備できないレベルの防御システムを10mもない飛行型Mechに詰め込むなど、常識で考えれば――やはり電力供給の問題でまず不可能だった。
「徹甲弾はマントで防御、弾幕は機動力で掻い潜り、ミサイルはレーザーで撃墜! 〈ピースキーパー〉の武装が、何一つ通用しないッ!?」
狼狽えるサムエルの目の前で、マント付きの長躯が急降下強襲を仕掛ける。縮まっていく相対距離にも関わらず、敵機は〈ピースキーパー〉の全武装による火力投射を難なく躱しきり、その懐に入りつつあった。
「命までは取りません。――初見でしょう、これは?」
〈シャングリラ〉が降下しながらレーザーユニットをサブアームごとマントの中に収納、機体腿部にマウントされた棒状のデバイスに右手を伸ばす。
デバイスの長さは機体の前腕より少し短いくらいで、滑り止めの溝が刻まれた持ち手は古いフリントロック・ピストルのように深いカーブを描いている。持ち手だけの剣、もしくは抽象化されたピストルといった具合の見た目だった。
〈シャングリラ〉の右マニュピレーターが柄頭に近い位置を持ち、拳銃を抜くようにデバイスをホルスターから引き抜く。
手首からぬるりと一本の黒いケーブル――人工筋線維で稼働する給電装置――が伸び、柄頭のコネクタに接続されて電力供給を始めた。先端の発振口にぽう、と紅い光が灯る。
「離陸する」
「急げ!」
もはや接近戦は避けられないとみて、ディナが咄嗟に四脚の巨体を離陸させ、一気に5、6mばかり浮かび上がらせた――そこに〈シャングリラ〉が背面飛行に移行しつつ急降下、地表すれすれを飛んで〈ピースキーパー〉の下に潜り込んだ。
「……うそ、下?」
「ふふふ、都合よく飛んでくれた!」
一歩間違えば地面に激突する危険極まりない曲芸飛行だったが、ジナイーダはできて当然とばかりに涼しい顔で機体を制御、空中で右手の棒状デバイスを無造作に構えた。
「ビーム・フューザーの荷電粒子の刃、とくとご覧あれ!」
次の瞬間、棒状デバイス――ビーム・フューザーの先端から禍々しい真紅の光線――励起状態におかれた重金属粒子のビーム――が迸り、熱量が大気を灼くおぞましい音と共に荷電粒子の刀身を作り上げた。
形成されたビーム刃は細く細く収束しており、ともすれば防御兵装である肩部レーザーよりも地味に映る。しかし刀身の周囲に発生した陽炎を見れば、その糸のような刀身に凄まじい熱量が封じ込められていることは容易に想像できた。
「ひとつ!」
異形の四脚機体の真下を潜り抜ける瞬間――〈シャングリラ〉がフューザーを振るい、空中に紅い光の軌跡が生まれた。
〈ピースキーパー〉の胴体背部、ミサイルランチャーを支える接合部を真紅の斬撃が捉える。超高温のビーム刃に晒された金属が瞬時にプラズマ化して小爆発を起こし、貨物コンテナのようなミサイルランチャーが脱落して落下した。
「ランチャーが脱落!」
「解ってる。――どこ?」
ディナが機体高度を上げつつガンランチャーを下方に打ち込もうとするが、そこに〈シャングリラ〉の姿はない。既に〈ピースキーパー〉の後方へ抜け、そのまま鋭い宙返りで敵機上方に回り込んでいたからだった。
マント付きの長躯がフューザーのビーム刃を消し、今度はその発振口を下方の〈ピースキーパー〉に向ける。
「遅い。ふたつ!」
〈シャングリラ〉がマントを広げて相対速度を落とすと同時に、フューザーの先端から鉛筆ほどの太さの光条――高出力レーザーで加速した重金属粒子ビームを放った。
息もつかせぬ二連射。ディナが咄嗟に操縦桿を切って回避を試みたが、それより早く上方からの粒子ビームが到達。両腕部のガンランチャーを正確に射抜く。
直後、爆音、衝撃――爆発的熱量による構造体の破壊、次いで薬室内部における152mm砲弾の誘爆。
〈ピースキーパー〉のダメージコントロール・システムはその衝撃を内部に通しはしなかったが、腕部ガンランチャーユニットは2基ともバラバラに弾け飛んで破壊された。飛び散った粒子がグレーに塗られた装甲に触れ、チタンとセラミックで出来た軽量の装甲板にバスバスと細かい穴を空ける。
それを確認したジナイーダが加速して〈ピースキーパー〉を追い越しそのまま降下、再び〈ピースキーパー〉の前方に躍り出てて脚の鉤爪を展開する――手に持ったフューザー同様に、その足先からも紅いビーム刃が伸びた。
「奴の狙いは武装か!? 殺さず無力化する気でッ!?」
「みっつ!」
〈シャングリラ〉が両手足のブレードを一斉に発振し、マントを畳んで急降下――全身で転がり込むように〈ピースキーパー〉目掛けて突撃した。
乱回転する光刃の渦がレールガンの砲身を巻き込み、柔らかいプディングを糸で切るようにバラバラに切り落とす。攻撃を完遂した〈シャングリラ〉が再びマントを広げ、それをエアブレーキ代わりに空中で停止した。
「赤ん坊の手を捻るようなものだ。これで残りは機銃だけ!」
ジナイーダが油断なく呟いて再上昇をかける。
レールガンにしても火砲にしても、砲身がなければ投射体は十分に加速できず、威力と射程は極端に落ちる――それを切り落とされてしまった以上、もはや〈ピースキーパー〉最大の主砲は沈黙したに等しかった。
「――兄貴、やれ!」
「そう簡単に墜とせると思うなよ!」
しかしサンドバル兄妹もまた、手練れである。更に目の前の機体を撃退しなければこの敵地から帰れないとなれば、むざむざ無抵抗でいるつもりもない。
ディナが機体高度を大きく落とし、そのまま〈ピースキーパー〉の機首を上げてシャーシ下の30mmガトリング・タレットを向けた。同時に後部座席のサムエルが〈シャングリラ〉に至近距離から砲火を叩きつけんと引き金を引く。
「こちらはモスクワの防空網が仮想敵、たかがガトリングの一門で!」
眼前で空転を始めたガトリングの砲身を見て、〈シャングリラ〉が再度背中のレーザーユニットを開き、左右から放ったレーザーをシャワーの如く展開する。
先ほどの全方位への拡散放射とは違う、照射方向を絞った高密度の迎撃網――巨大な蠅の羽音のような音と共に放たれた30mm弾が寸分違わず射抜かれ、空中で崩壊して散っていく。
「これで終わりです。よっつ――」
砲撃をいなした〈シャングリラ〉が急降下でガトリングの火線を振り切り、そのまま高度を下げる〈ピースキーパー〉の更に下に潜り込んだ。着地してフューザーを上方に向け、シャーシ下部のガトリング・タレット基部に狙いをつける。
――しかしその時、〈シャングリラ〉の音響センサーが迫りくる新たなジェット音を捉えた。白い頭部装甲のスリットの中でカメラアイが駆動し、音の方向を注視する。
「何です――あら」
その先にあったものの姿を見て、ジナイーダがぱちりと両目を見開いた。同時に〈ピースキーパー〉を狙っていた〈シャングリラ〉が瞬時に攻撃を中断して体勢を立て直し、迫りくる『それ』と相対する。
「ギャンブルだったが、私が勝つのは必然である! ガトリングを狙うならそうやって潜り込むと思っていたぞ!」
「敵は光学兵器の塊、運動性も尋常じゃない。気を付けて」
「よく見せてもらったさ。……お前の相手は、このジーク・シィングがするッ!」
文字通り飛び退る〈ピースキーパー〉に代わって襲い掛かるのは、赤い重装甲に身を包んだ三眼の怪物――ジーク・シィング駆る〈ヘルファイア〉。
「……『三つ目』か」
大気を揺るがすほどの運動エネルギーを乗せて飛び掛かってきた超重量機を前にして、ジナイーダが両眼を見開いたまま僅かに口角を吊り上げた。
読んでくれてありがとうございます
評価とかブックマークくれたら続きを書く意欲になります
作者がわっほーわっはーなので良かったらしてください