表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/67

5.砲雲弾雨

【これまでのあらすじ】

・ジーク・シィングは米印を中心とする国際軍事組織・PRTO派遣軍に所属する兵士であり、アフガニスタン戦線で超重装甲機〈ヘルファイア〉を預かるパイロットである。

・反政府組織パシュトゥーニスタンが導入した機甲部隊を狙い、PRTO派遣軍は〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉による強襲殲滅作戦を始める。

・これに対し、同国に潜伏する謎の組織の首領アリスタルフは秘蔵していた放電体質の少女ジナイーダに出撃を命じ、一介の民兵組織では持ちようのない最新テクノロジーを結集した飛行機体〈シャングリラ〉を出撃させた。


 〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉の二機がパシュトゥーニスタンの機甲部隊と遭遇したのは、越境から一時間ほどが経過したころだった。防御陣地帯を力任せに突破した奥、敵軍の体内ともいえる場所を探し回っている最中に、路上を団子になって走る小規模な戦車隊を発見したのだ。


「――いたよ。こちらから見て2時方向11km、中隊規模の戦車隊、数は20くらい。自走対空システムもいる。まだ気づいてないみたいだけど、山陰から出たらレーダーに捕まるかも」

「対空戦車か? また高級なものを」

「逃げの一手とは、奴らは一網打尽にされるのを嫌ってバラバラに散ったということか! 〈ヘルファイア〉は先行して対空戦車を潰せ。残りは……」

「誰がお前の指図なぞ聞くか! 自分の言動を省みろ!」


 サムエルの指示を遮って〈ヘルファイア〉が突進を仕掛け、峻険な山道を推力に任せた高速滑走で走り抜ける。大型のマニピュレータがリアスカートにマウントされたバトルアクスの柄に伸び、そのまま掴んで引っ張り出した。


「逸りやがって! 追え!」

「了解」


 材料工学とエンジンの発展により、2080年代の主力戦車の速力はおよそ90km/hまで高まっているが、追い縋る二機は熱核ジェットスラスターを複数装備した文字通りのモンスター・マシンである。

 一分もしないうちに〈ヘルファイア〉は敵との距離を詰め、尾根の影に身を隠しつながら敵の隊列を追い越すと、そこから一気に尾根を乗り越えて側面から襲い掛かった。

  

「機甲部隊の相手は初めてのことだが、車列を襲うやり方なら!」


 坂道を滑り降りる〈ヘルファイア〉をスラスターで更に加速させながら、ジークが肩部ランチャーから〈ハリケーンアロー〉対戦車ミサイルを発射。

 数秒で超音速まで加速したミサイルは先頭車の横腹に突き刺さって炸裂し、金属噴流と高熱ガスが敵戦車の内部を焼いて炎上させた。停止した先頭車に進路を塞がれた後続車両が次々とブレーキをかけ、すぐに車列全体が動きを止める。


「――まず先頭を潰して、次に脅威を叩く!」


 そこに遅れて突撃してきた〈ヘルファイア〉が乱入、手近なT-48主力戦車の砲塔天板に火を噴くバトルアクスの斧頭を叩きつける。バーナーで熱劣化した圧延装甲をチェーンブレードがあっという間に削り切り、そのまま車内に吹き込んだ高熱火炎が乗員を焼き殺した。


「ぉおおおおおおおっ――」

 

 今は奇襲された衝撃で動きが止まっているが、あと数秒もすれば戦車砲の一斉射が飛んでくる。動き続けて殴り続けなくてはならない。ジークはアクスをその場に放り捨てると、今しがた撃破した敵戦車の車体を両腕で掴み――そのまま人工筋肉と関節モーターのトルクに物を言わせ、軽々と持ち上げてみせた。


 第5世代主力戦車、それもロシア製のT-48の最大の特徴は、125mm砲の火力と一定以上の防御力を保ちつつ25トン弱にまで軽量化された構造である。重量の軽さはそのまま整備性や移動の簡便性に繋がるため、この特徴は未整備の道路が多く十分な整備体制のない途上国で特に歓迎される。

 当然、設計段階において「軽すぎると持ち上げられて投げ飛ばされるかも」などと馬鹿げたことを言い出す者は、存在しなかった。MBTとして軽いと言っても25トン。並の戦闘用Mechはそんな重量を持ち上げるようにはできていないし、そもそも戦車に肉薄することなど現実的には不可能である。

 ――しかし、〈ヘルファイア〉にはできるのだ。


「――オラアアァァァァッ!」

  

 車列中央に配置された、レーダーと機関砲、対空ミサイルを装備した自走ガン・ミサイル・コンプレックスシステム――部隊の目であり傘である対空車輛を目がけ、ジークは持ち上げた戦車をそのまま投げつけた。


 主力戦車が放物線を描いて飛んでくるという非現実に呆気にとられたか、或いは単に周りで停車した味方車両のせいで身動きが取れなかったからか、敵の対空戦車は投擲された重量物の直撃を受け、そのまま燃え盛る戦車の下敷きになって動きを止めた。そこにチェーンガンの追撃が突き刺さり、焼夷榴弾が車内で炸裂した対空戦車がたちまち炎上、誘爆を起こす。


 〈ヘルファイア〉が即座に足元のアクスを拾い上げ、スラスターを吹かしてその場から離脱。チェーンガンを乱射しながら車列の側面へと回る。

 途中、衝撃から立ち直った敵戦車や装甲車が次々と発砲を開始し、125mm徹甲弾や40mm機関砲弾を雨霰と投射する。しかし統制されない各個射撃、しかも密集して同士討ちの危険が付きまとう状況では高速で駆けまわる〈ヘルファイア〉を捉えることは叶わず、砲弾の多くは背後で空を切って地面に刺さった。


「慣れない戦車なんぞ扱うからだ! ……だがこいつら、装備が本格的すぎる!」 


 ジークが弾幕が弱まった瞬間を見計らい、再攻撃に移ろうとした瞬間――それに冷や水を掛けるかの如く、上空から夥しい数のミサイルが降り注いだ。

 ぞっとするような風切り音を立てて落下してきた高追尾ミサイルが着弾と同時に爆発、噴き出した金属噴流が戦車の天板に風穴を空け、高温ガスと装甲片が車内に飛び散る。運悪くエンジン部に命中した車両が火を噴き、篝火のように燃え上がった。


 攻撃の出所を一瞬で理解したジークがそちらに注意を向けると、山陰から出た〈ピースキーパー〉が遠くの尾根に着地し、こちらを上から撃ち下ろす形で射撃体勢をとっているのが解った。

 

「スウォーム・ミサイル――俺の戦果だぞ!」

「ハハハハハッ! 貴様が対空車両を潰してくれたおかげで、攻撃しやすくしてくれてありがとうよ!」

「何を……クソッ!」


 撃破を免れた戦車が発射した主砲が〈ヘルファイア〉の装甲を掠める――直後、〈ピースキーパー〉のレールガンが放った榴霰弾の弾子がその戦車に着弾し、上面装甲をアイスピックで滅多刺しにしたように穴だらけにした。


 戦車は本来二次元的な陸戦を想定した兵器であるから、頑強な複合装甲は正面から側面にかけて配されており、天板は比較的薄いのが常である。

 そしてスウォーム・ミサイルの成形炸薬弾頭は現用戦車のほぼ全ての天板装甲を貫通できるように設計されていたし、レールガンの榴霰弾も高チャージ率で射撃すればこれを打ち破ることが可能だった。これはすなわち――隊列の前後を封じられて頭上を取られた敵部隊に、もはや全滅を逃れる術がないことを意味する。


「兵器の良し悪しが武装で決まるというのはこういう事さ! 効率が違うんだよ、効率が! ハハハハハハハッ!」


 そこから始まったのは、もはやただの虐殺だった。

 サムエルとディナはまず逃げようとした敵車輛を真っ先に狙い、擱座させて谷底の敵部隊の逃げ道を完全に塞ぐと、動けるスペースがなくなった他の車輛を悠然と粉々にしていった。本来最強の陸戦兵器であるべきMBTが抵抗もままならないまま撃破されていく光景からは、一種の無常感すら漂っていた。


「兄貴、挑発しない。……あくまでも共同戦果」

「そういう問題か、ディナ・サンドバル!」

「主導権争いは――レーダーに感あり、北東15km――ミサイル、回避!」


 ディナが言うが早いか機体を急浮上させた直後、一発の飛翔体――赤外線シーカーを備えた地対空ミサイル――が山を越えて飛来した。

 すかさずディナが〈ピースキーパー〉に大きく回避機動を取らせる。同時にシャーシ側面のレーザータレットが対空ミサイルのシーカーを焼いて外殻を歪める。目を潰されたミサイルが明後日の方向へと飛んでいくのを見て、ジークは即座にミサイルが飛んできた方向に機体を走らせた。


「〈ヘルファイア〉は発射元を特定する! 撃ち漏らしはお前らで片付けておけ!」

「勝手にしろ! ――ディー、敵のロックは切れたな?」

「うん。たぶん車載地対空ミサイル」

「だろうな。歩兵の携行式SAMで届く距離じゃない。自走機銃(ガン)ミサイル(・ミサイル)複合型(・コンプレックス)対空システムだな」


 前部座席のディナと後部座席のサムエルが話しながらそれぞれ操縦機器と火器管制システムを操作し、再着地はしないまま空中からガトリングを掃射。僅かに生き残っていた敵車輛や逃げ出した敵兵に劣化ウラン弾のスコールを浴びせ、完全に機甲中隊の息の根を止めた。


「しかしレーダー付きの対空戦車とは。MBT3輌分の値段だろうに」

「ミャンマーじゃ戦車すらほとんど見なかった」

「8年も国を名乗り続けるだけはある」

「――何を呑気に喋くってやがる! 掃討が終わったらさっさとついて来いよ!」


 兄妹のやり取りに怒鳴り声を挟み、ジークは疾走する〈ヘルファイア〉の中でギリリ、と歯軋りをした。


(分かっていない。機甲部隊が作られたってことは、補給や整備まで目途が立ったってことで――背後のロシアがそれだけ大々的な支援を始めたってことなんだぞ!)


 戦車は金をモスクに喜捨すれば湧いて出てくる物ではない。目の前にロシア製の敵戦車がいるということは、ロシアがパシュトゥーニスタンに数十もの機甲兵器とその運用ノウハウを供与したことを意味する。

 

(ゴールディングはそれを知っているから、こんな作戦を発令したんだろうが、こいつらと来たら! ――俺が一年半やってきた事を無駄にされてたまるか!)


 PRTO派遣軍は兵器の技術力では圧倒的だが、数ではパシュトゥーニスタンの五分の一にも満たない。本来の国土の守り手であるはずのアフガニスタン政府軍は数はともかく士気も装備も貧弱で、背は高いが痩せぎすの男が虚勢を張っているに等しい。


 それでもT-Mechの投入とゴールディングの辣腕で、ここ数年でやっと領土を盛り返してきたというのに――ロシアが全面支援など始めたら、パワーバランスは振り出しを通り越してマイナスに傾き、紛争鎮圧など夢の彼方だ。PRTO派遣軍で唯一、ほぼ自由に敵の後方地帯に切り込める立場にあるジークは、敵の脅威をもっとも正確に実感していた。


(にしても、妙だ――ここまで露骨な介入をすれば、平和ボケしたPRTOの参加国も覚悟を決める。ロシア人は1世紀ぶりに全面戦争がしたいのか?)


 思考を巡らせながら谷を越え、山を越えて〈ヘルファイア〉を驀進させていると、やがて二つ目の機甲部隊が姿を見せた。ジークがそれまでの思考を全て脇に押しやって、目の前の戦闘に向き合う。


 敵は先程と同じ中隊規模だが、既に谷底の道路での無防備な行軍隊形を止め、勾配の緩い丘陵に出て対空戦車を中央に置いた防御陣形を敷いている。

 お互いが味方の邪魔にならないように各車間に適度な距離を開け、IFVも収容していた〈マロース〉を周囲に降車させており、それぞれ戦車やIFVの車体を盾代わりにしつつRPGや対Mechライフルを構えていた。

 戦車最大の強みである機動力と衝撃力を生かす形ではない、ワーテル・ローの時代の方陣に近い古臭い定点防御だが、圧倒的な機動力を持つ〈ヘルファイア〉を迎え撃つには最適解と言える。防御の厚さに指向性がない代わりに、陣形の中に突くべき弱点が存在しないからだ。


「どこに……どこでも同じか。正面から!」


 ――標的の位置を確認。攻撃後の退避先を見繕い、移動経路を立てる。

 

「エンジンをブースト――合わせろ〈ピースキーパー〉!」

 

 バトルアクスをリアスカートにマウントし直すと、ジークはスラスターを戦闘用の緊急出力に突入させた。

 エンジンに空気を送り込む過給機とコンプレッサーが安全基準以上での稼働を始め、過剰に供給・圧縮された空気がスラスター内で熱伝達パイプに触れて膨張。排気推力が一段飛びに跳ね上がる。エンジンに過負荷をかけるため多用はできないが、こういう場面では必要な機能だった。

 

「ぶっ殺してやる(Marchu talai)!」


 前面装甲に描かれた禍々しい三眼を輝かせ、〈ヘルファイア〉が突撃を仕掛ける。

 眼前、至近距離で無数の発砲音が瞬くが、〈ヘルファイア〉の重複合装甲は飛来する125mm徹甲弾を強力に阻み、その全てを受け止めて突進を続けた。

 その目的が対空戦車であると気づいたか、周囲の車輛が自身の車体でもって怪物の進路を塞ごうと動き出すが、〈ヘルファイア〉は縫うような機動でそれらの間をすり抜ける。


「対空戦車は装甲が薄い、至近距離ならチェーンガンでッ!」


 逃げ遅れた〈マロース〉を何機か撥ね飛ばしながら、三眼の怪物が力づくで敵陣中央の対空戦車に肉薄――すれ違いざまに至近距離から両腕のチェーンガンを乱射。飛び込んだ30mm弾が車内で炸裂する音が聞こえた。


 たちまち火を噴いて沈黙した対空戦車の横を走り抜け、足を止めずに反対方向から敵陣形を脱出、予め退避先に見繕ってあった尾根の前で急反転しつつミサイルを発射。そのまま慣性を利用したバックステップで丘から飛び降り、尾根の影に身を隠す。


 ――直後に尾根の向こうで〈ピースキーパー〉の猛爆撃の音が響き渡り、至近で聞こえた着弾音にぞっとして背後を振り返った。

 堅固な〈ヘルファイア〉に乗っているとつい感覚が麻痺してしまうが、レールガンにガンランチャー、100を超える数のスウォーム・ミサイルに30mmガトリング――〈ピースキーパー〉の武装はどれ一つとっても主役を張れる大威力である。「射程範囲で30秒以上生きていられる奴はいない」というサムエルの言葉は、常識で考えれば誇張でも何でもない。


 殲滅戦特化機体――有り余る武装で敵を焼き払う〈ピースキーパー〉は、その名に似つかわしくないほどの攻撃性をその機体に秘めていた。


「ハハハ! スウォーム・ミサイルの誘導性能は完璧である! 逃げられるかよ!」


 蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う敵部隊に大して、サムエルが機体を着地させ、更に全武装を使った追撃を仕掛ける。最新の誘導システムと推進剤を備えた高追尾ミサイルが敵車輛の放った煙幕やジャミング装置といったあらゆる妨害を無視して追随、装甲に穴を穿って内部を焼き払っていった。


「独活の大木とはいえ、囮や弾除けとしては有用か。相手に無視させないだけの脚もある……しかしあの低火力では居ても居なくても変わらんな――おい、尾根の後ろに隠れて何をやっている? 怖気づきでもしたか?」


 サムエルが〈ヘルファイア〉の有用性について冷徹な分析を下した後、再び通信回線を繋いでジークを煽る。直後、〈ヘルファイア〉の中から聞こえよがしな舌打ちが帰ってきた。


「対空レーダーを嫌ってこそこそ隠れていた奴が! こちら被害確認中、残弾は!?」

「あと5~6回は同じ真似ができる。何処ぞのと違って武装は潤沢なんでな」

「遠くからよくも吠える!」


 ジークが言い返しつつ視界の端に表示された機体状況を確認、同時に全身のサブカメラから自機の様子をチェックする。

 〈ヘルファイア〉は全身被弾痕だらけであちこち塗装が剥がれ、前面装甲には戦車の放った125mmAPFSDS弾の破片がいくつも突き刺さっていた。まさしく半矢の獣の如き有様だったが、内部機能には一切支障が出ていない。愛機の頑強さへの信頼を更に深めつつ、ジークが自らも掃討戦に参加せんと尾根から身を乗り出す。


 敵は完全に壊走、というより壊滅といった方が的確な状況にある。旅団一つ作るのにこれだけ時間をかけたのだから、損害の補填も容易ではないはずだ。この調子でいけば敵機甲旅団に対して、少なくともしばらく組織的行動が不可能になるレベルの損害を与えられるだろう。


 ジークがそんな考えを抱いた瞬間――晴天の空に、雷鳴が響いた。


読んでくれてありがとうございます

評価とかブックマークくれたら続きを書く意欲になります

作者がわっほーわっはーなので良かったらしてください

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ