8、生産活動
さて、現在大部屋にいる。結構多くの人が好きなところで簡易作業台を広げているが、場所が足りない程でもない。街中で作業をしている人をまったくといっていい程見なかったが、みんなこっちに来ていたのか。
そりゃそうか。工房での作業は生産スキルに僅かにボーナスが入るらしいし。本当なら個室を利用したいところだが高いし、この大部屋でも工房は工房だからな。1000エーンかかるとはいえ最初だけだし、必要設備も整っている、当然利用するだろう。
自分もさっそく部屋の片隅に陣取った。しばらく動かずにいると椅子が現れるので、座る。
……ふー。
身体が休息を要求してるぞ! ちょっと何か飲もう。ARモードに移行っと。
「いやーさすがに疲れたね!」
ARモードに移行すると、システムウィンドウやミニマップなどのユーザーインターフェイスを残し、視界が現実世界に切り替わった。念入りにストレッチをして、水を飲み、トイレへ行く。
「クラフトは座ってやるから、まだRVRでいけるかな。称号効果は欲しいし」
ゆえちは誰に言うともなく呟き、グリモア世界へ復帰した。
・・・
まず取り出したのは「角兎の皮」。これを「角兎のなめし革」にするのだ。
その前に、スキルのセットをクラフト向けに変更する。
パッシブスキル:【観察】
アクティブスキル:【革加工】【繊維加工】【細工】【錬金術】【縄術】【生活魔法】
革加工しかしない予定なのに、いろいろ関係なさそうなのを入れているのは、何がどう影響するのかわからないからだ。
簡易革加工セットを開くと簡易作業台と革加工の道具が広がった。
特記すべきはこれだろう。錬金術と違ってなんかノートが置いてある! その上、最初のページに道具の使い方がきちんと説明されていた。そうだよ、親切設計だったココの運営。だがしかし、今回に関してはグッジョブと言わざるを得ない。
それによると、皮を広げてアビリティ<なめし>を使うだけのようだ。
早速<なめし>を発動する。これは声に出して言ってもいいし、アビリティに対応する動き…<なめし>の場合は皮を付属のスクレーパーでこする…をしてもいい。今回は雰囲気重視で擦ってみた。
「角兎の皮」は数秒で光を放ち「角兎のなめし革」になった。
鑑定を持っていないのでどれほどの出来かよく分からない。鑑定欲しい。【観察】してみたが、ここにムラがあるなとか、穴が開きそうなところがあるなとか、見るからに品質悪そう、、くらいしかわからない。
ちょっと気になったのだが「角兎の皮」、ちょっと泥や血?のようなものがついて汚れているような気がする。試しに【生活魔法】の<水供給>を使って洗ってみるとそこそこ綺麗になる。でも濡れている。この世界、どれくらいで乾くんだろう。というわけで、これはしばらく放置することにして、もう1枚皮を取り出す。そして再び<水供給>。じゃぶじゃぶ洗って綺麗になったびちょびちょの皮、これをそのまま出来心で<なめし>てみた。
「なめし革のようなもの」になりました。
詳細を見ると、処理に失敗してボロボロになった皮。嫌な臭いもする。とか、散々な書かれようだ。腐ったのかな。
もう一度チャレンジする。今度はぞうきん絞りのように絞って、一応手で伸ばしてから<なめし>を実施。
(ん! さっきより格段に良くないか? というか最初のより良さそう)
【観察】が仕事をしているんだろうか? 正直あら捜ししているだけのような気もするが、悪い所が分かる。ということは、朧気ながら良し悪しの判別ができているとも言える、のか? それが正しいかも含めてもうちょっと知りたいものだ。クラフターギルドの受付嬢?に聞いたら鑑定してくれないかな。
(つーか、微妙に加工前の皮の汚れ具合とか違ったよな)
ゆえちは持っている皮をいくつか取り出し、並べて比較を始めた。
「ん?」
違いは案外事細かに分かった。なんとなく綺麗、厚さがかなり不均一だしなんとなくぼろい、これは綺麗じゃないけど目立った傷も無いしなんとなく普通? それなら、どうせ練習だし最初はぼろいのを使おうかな、などと考えて一つ一つ観察と仕分けを続けていくと。
『ぴろん♪ スキル【目利き】を取得しました』
慌ててステータスを確認する。確かに【目利き】が増えている。ついでに【観察】の熟練度がけっこう上がっていることに驚く。
(取得条件、なんだ? 【観察】の熟練度が上がったことによる派生じゃなさそうだな。キリが悪いし)
ここで【目利き】がパッシブスキルと気付いた。これは迷うな……【観察】とどっちを付けよう。
【観察】:じっくり見ることで状態を深く知ることができる
【目利き】:アイテムの品質が分かる。
迷う必要無かったー。作るときは【観察】で、作った後に【目利き】で確認すりゃいいんだよ。
そのうえ、使ってみてわかったことだが、一度見たらそのアイテムの品質はアイテム詳細に追記されるので、【目利き】を外しても確認することができた。この世界のランク分けはアルファベット式らしく、「角兎の皮/品質:E」「角兎の皮/品質:D」のように表示されている。なお、現在手持ちの「角兎の皮」の最高品質はCである。
ただ、別アイテムになるんだよな……。インベントリ枠が、がガガ。ダメもとで運営に要望出してみよう。なめし革やほかの素材でも同じことするわけで、今後を考えるとシャレにならん。先行組はどうしてるんだろう。半年間種族開放しかしてなかったんじゃないだろうか。
気を取り直して、さっき洗って干した「角兎の皮」を見ると、湿っている、くらいにまで乾いていた。10分くらいでそこそこ乾くのね。なめし作業もしやすそうである。水洗い前の品質はわからないが、現在の品質はD。手持ちの皮の7割がEだったことを考えると、洗ってD に上がった可能性もある。湿った皮を「角兎のなめし革/品質:D」にしたあと、早速、状態が違う3枚の皮を選んで洗う。汚れが気になる品質:Eと傷が気になる品質:Eと、品質:D。干す場所に困ったので、慌てて木の枝を縄で結んで小さな簡易物干し台?を作った。
(うし! 乾くまでに調合でもしますかー)
調合はスキル【薬学】の初期アビリティである。正確には<初級調合>。スキルは【革加工】を【薬学】に変更しただけでそれ以外はそのままだ。
初級調合セットを開くと革加工と同じようにノートが付属していた。ノートには道具の使い方と、初級ポーション、初級毒消しの作り方が丁寧に書かれていた。毒消しの方は教わっていないので、素直にうれしい。
一度制作に成功すると、道具と材料をセットしてアビリティを使うだけで一定量まとめて作れるようになるらしい。多分品質は落ちるんだろうけど。
簡易魔道コンロ(そう書いてある)と白い乳鉢セットはおもちゃみたいでかわいい。
指示通り鍋に【生活魔法】で線まで水を入れる。もう突っ込みたくないけどさ、突っ込みたくないんだけどさぁ、なんでこんな親切設計……。
それはそうと、さっきから【生活魔法】の水を使っているが、実は工房内のあちこちに設置されている水道の蛇口から水を使用しても構わない。それでも使うのは熟練度を稼ぎたいからに他ならない。今のところMP余っててもったいないし。ついでに本当は【生活魔法】のもう一つの初期アビリティ<着火>も使ってみたい。
次に乳鉢に薬草を2枚入れてすり潰し、すりつぶした薬草を鍋に投入。乳鉢にこびりついているのがあって気になるけど、最初なので指示通りやってみる。
簡易魔道コンロに火をつけると、すぐに湯気が上がり始めた。……えーっとなになに、簡易なので弱火しか選べません、と。
抽出操作なら低温の方が薬効分解しなくて良さそうだよね~。できたら沸騰もしない方がいいんじゃないかなぁ。抽出状態を観察しながら思う。まぁだから沸騰直前で火を止めるんだろうけど。
と、ここで気づいた。あれ?アビリティ<初級調合>使ってるのかな?
革の時とだいぶ違う。困惑しながらもろ過して付属の瓶に詰めて完成させる。付属の瓶は消耗品かと思いきや、作業台の角に瓶を生成するギミックが仕込まれていた。鍋からポーション瓶が出てくるよりは雰囲気的な意味でいいと思う。それにしても、5本分になったものの、だいぶ時間がかかってしまった。これで合っているのか不安である。
『ぴろん♪アビリティ<初級ポーション生成>が解放されました』
試しに、材料を並べて、声でアビリティを発動させてみる。
「<初級ポーション生成>!」
きゅいきゅいぴかーん、とエフェクトと共にポーションが2本完成した。
一瞬だった。
え? 2本? 少なくない?
え? しかも品質D? さっき5本できたやつ、品質Bだったよね?
読んでくださってありがとうございます。