02 紅之蘭 著 水 『ハンニバル戦争・撤退』
【あらすじ】
紀元前二一九年、カルタゴのハンニバル麾下の軍勢は、アルプス山脈を越えてイタリアに侵攻。ローマ迎撃軍を撃破しつつ、アドリア海に沿って南進し、南部のカンナエで、ローマの大軍を壊滅させた。続いて、ローマを包囲したものの、豪胆な元老院議長ファビウスの籠城策に根負けをして撤退した。そしてついに、ローマの若き英雄スキピオが表舞台に立つ。スキピオは、軍団を率いてイベリア(スペイン)戦線に赴くと、攻勢をかけ、ハンニバルの根拠地カルタヘナを奇襲し陥落させた。そして、いまだ、イベリアに大軍を擁する、ハンニバルの次弟ハシュルドゥルパルをも破った。ところが、そのハシュドゥルパルは、スキピオとの戦いには固執せず、麾下の軍勢とともに、ハンニバルの遠征路をたどって、やはりアルプスを越え、北イタリアに侵入。対するローマ側は、執政官ネロの迎撃軍をだし撃破した。ここに至って、カルタゴのハンニバルが立案した、イタリア半島の南北挟撃策は、破綻し潮目が変わった。
クロートネ港(* wikiより)
現在でこそ砂漠化してしまった北アフリカだが、そうなったのは四世紀のゲルマン人大移動に伴う・ゴート支族が荒らしたからだとされている。しかしそれは極端な説で、ゲルマン人大移動でもたらされた、西ローマ滅亡があった四世紀から東ローマ帝国滅亡があった十五世紀に至る、ヨーロッパ中世と言われる時代は、半地球規模の寒冷化と砂漠化との時代であり、ゴート支族のみに責任をなすりつけるのはアンフェアというものだろう。
ローマのスキピオは、副将レウリウスとともに、統治下にあったシチリア島民のすべてを手名付けて、島にあるすべての港を補給基地化した。そして、紀元前二〇四年春、制海権を握っているシチリア島から北アフリカ・カルタゴ本土に一日の船旅で麾下の軍勢二万六千とともに渡航した。このとき軍勢は輸送船四百隻に分乗し、軍船四十隻に護衛させて、ウティカという港湾都市近くに上陸させた。兵員の中には、ヌミディアの亡命王族マシニッサの姿もあった。ただしこの人の麾下はまだ二百騎しかいない。
しかしカルタゴ側にとっては、衝撃で、最大の同盟国ヌミディア王国を介して、停戦交渉模索しだしたのだが、この動きを利用しながら、スキピオはカルタゴ・ヌミディア同盟軍に、夜襲をかけて撃破し、さらに態勢を立て直して逆襲してきた両軍をまた撃破した。
パニックに陥ったカルタゴ元老院は、ローマのスキピオに講和の使者を送る一方で、北イタリアに拠ったバルカ三兄弟の末弟マゴーネ将軍と麾下の部隊と、南イタリアに拠ったバルカ三兄弟の長兄ハンニバル将軍とを呼び戻す使者を送った。
紀元前二〇三年、カルタゴ本国から、呼び戻された四十四歳になったハンニバルだが、ローマ側に制海権を握られているから、地中海を往復するのはリスキーである。カルタゴ側の船数は限られているので、それに可能な限りの兵員を一度に乗せ、季節風に乗って、一回で帰還するしか策がない。
ハンニバルは、南イタリアのクロトーネ港にいる、手持ちの輸送船に、可能な限りの兵士を分乗せた。その数が一万六千だ。その半分が十六年前に、アルプス越えをしてきた者達で、残り半分がイタリアにいたときに補充した傭兵達だった。さらに、支配地域に、相当数のカルタゴ兵がいたのだが、おいてきぼりを食らう羽目になった。するとそういった連中が、ほどなく押し寄せてくるだろうローマ軍の復讐を恐れて、出航しようとする船に殺到した。
中国史に似たような状況があって、敗軍が渡河して本国に帰還する際に、船縁に手をかけた味方兵士の指を斬りまくって、ようやく出航してみると、船が指でいっぱいになったという故事を、「斬指舟に満つ」という。カルタゴの引き揚げ船でも同じ事が起き、船上の帰還兵が押しかけて来た味方兵を、弓矢で射殺したのである。誇り高いハンニバルにとって、これ以上の屈辱はなかった。
長兄ハンニバルが、カルタゴに到着すると、追って末弟のマゴーネが合流した。
(水 了)
【登場人物】
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《カルタゴ》
ハンニバル……名門バルカ家当主。新カルタゴ総督。若き天才将軍。
イミリケ……ハンニバルの妻。スペイン諸部族の一つから王女として嫁いできた。
ハシュルドゥルパル……ハンニバルの次弟。イベリア半島での戦線で活躍。
マゴーネ……ハンニバルの末弟。将領の一人となる。
シレヌス……ギリシャ人副官。軍師。ハンニバルの元家庭教師。
ハンノ……一騎当千の猛将。ハンノ・ボミルカル。ハンニバルの親族。カルタゴには同名の人物が二人いる。第一次ポエニ戦争でカルタゴの足を引っ張った人物と、第二次ポエニ戦争で足を引っ張った大ハンノがいる。いずれもバルカ家の政敵。紛らわしいので特に記しておく。
ハスドルバル……ハンノと双璧をなすハンニバルの猛将。
ジスコーネ……イベリアにおけるカルタゴ三軍の一つを率いる将軍。
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《ローマ》
コルネリウス(父スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ。ローマの名将。大スキピオの父。
スキピオ(大スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨル。大スキピオと呼ばれ、ハンニバルの宿敵に成長する。
グネウス……グネウス・コルネリウス・スキピオ。コルネリウスの弟で大スキピオの叔父にあたる将軍。
アシアティクス(兄スキピオ)……スキピオ・アシアティクス。スキピオの兄。
ロングス(ティベリウス・センプロニウス・ロングス)……戦争初期、シチリアへ派遣された執政官。
ワロ(ウァロ)……執政官の一人。カンナエの戦いでの総指揮官。
ヴァロス……執政官の一人。スキピオの舅。小スキピオの実の祖父。
アエミリア・ヴァロス(パウッラ)……ヴァロス執政官の娘。スキピオの妻。
ファビウス……慎重な執政官。
グラックス……前執政官。解放奴隷による軍団編成を行った。