01 奄美剣星 著 針 『葡萄酒と汽車』
Ⓒ 奄美剣星
大正の例の大地震の少し前に、磐越線が全線開通した。福島県の海辺に、小名浜という港町がある。小名浜に洋品店を構える私は商用があって県庁所在地に行くことになった。茨城県に寄った、小名浜から福島に出るには、まず、臨海鉄道で泉駅へ出なければならない。泉駅から常磐線の下り列車で平駅に出て、平駅から磐越線下り列車で郡山に向かい、そこから東北本線仙台方面行き・下り列車に乗って行くと、福島駅に至る。
何故に福島県の中央部にある郡山ではなく、北の外れに県庁があるのか判らないのだが、御維新の影響だというまことしやかな噂を耳にするだけで、細かい事情は知る由もない。小名浜から福島までは百五十キロもあって、北にある仙台や、南にある水戸よりも遠いのだ。
季節は二月の初めだった。旅は道連れというではないか、私は知り合いから、子息の和樹という少年を預かって旅に出た。旅といえばつきものなのが弁当だ。幕の内弁当を買って食べたのだが、あまり美味くもない。それでポットに詰めてきたお酒をちびちびとやった。
実を言うと私はお酒に強い。お茶替わりにお酒を飲む。なぜお茶を飲まないかと言うと、お茶は、プルーストの『失われた時を求めて』の一節にもあったのだが、飲みすぎると心臓に負荷がかかるからだ。しかしお酒にも肥るという問題がある。
ああ、そうそう、和樹少年のことだが、今年十二歳になる。父親の話だと五男坊で、福島にいる親戚の養子にやるのだそうだ。なかなか美しい少年だ。西南戦争のときに西郷南洲の身内がいて、「雨は降る降る 人馬は濡れる 越すに越されぬ田原坂、右手に血刀 左手に手綱 馬上ゆたかな美少年」という詩があるというのだが、こんな感じなのだろうかとも思う。
平駅は平城の濠を埋めて造ったところで、常磐線の線路につかった砕石は、このお城の石垣だと聞く。私は、和樹少年とそこで磐越線に乗り換えた。磐越線は、平から郡山までが東線で、郡山から新潟までが西線だ。西線沿線には会津があって面白いのだが、東線はひたすら山の中を走って行く。私はお酒を飲みながら和樹少年を観察した。和樹少年は、窓越しの風景を飽きもせずに眺めている。木々とトンネルとたまに開けた寒村ばかりが連なる風景をよくもまあみていられるものだ。これはまた、なかなか精のいることで私は感心した。
さて、王翰の涼州詞に、「葡萄の美酒夜光の杯飲まんと欲すれば琵琶馬上に催す酔うて沙上に臥すも君笑うことなかれ古来征戦幾か回る」という有名な詩があるのだが、夜光の杯というのは夜光石なるガラス質の石を削って作ったものだそうだ。
私は、一時体調を壊し、人に、葡萄酒は滋養にいいと奨められて飲んでいる。何でも葡萄というのは、酒になる菌を持っていて、甕に入れておくと勝手に酒になるという。そう聞けば試したくなるのが人情だ。早速、葡萄を小甕に入れて蔵に置いておいたのだが腐ってしまった。世の中には嘘つきどもが多いとつくづく思う。
阿武隈山地というところは石灰石が採れる。石灰石というのは珊瑚の化石なのだという。珊瑚といえば南の海にあったもので、なにゆえにそれが東北の山奥にあるのかはよく判らぬが、内々の事情というものがあるのだろう。石灰石は酸性土壌の畑にまいたりセメントの材料にする。また、阿武隈山地では煙草を栽培する。そんなわけで、山奥のくせに、お大尽もけっこういる。
立春を過ぎると、小名浜あたりでは梅が咲く。しかし、阿武隈山地を縦断する磐越線沿線では、まだのようで残雪だ。その辺りには煉瓦や石積みのトンネルがやたらにあった。列車は、四両編成の三等車のみで、山間の渓谷を針で縫ったように敷かれた軌道上を走った。
気の利いた小説であれば、途中でハイカラな美女が乗って来なくてはならない。しかし、列車に乗っているのは、どうみても残念な連中ばかりだ。
ここで夏目漱石の『三四郎』を引き合いにしてみるとしよう。
九州男児の学生である小川三四郎青年が、上京して、山陽線から東海道線に乗り換え、名古屋で下車して一泊し、行きずりの若い女性と同衾するのだが、同衾までしていて行為をしない。挙句の果ては、「意気地なし」と罵られてしまう。これをもって、ストレイシープなんだそうだ。ストレイシープとは何ぞやというと、何でも浮いた羊だと聞く。東京のような大都会には、そういう奇妙な羊がいるようだから垢ぬけている。
どうにも退屈だ。私は和樹少年に、漱石の『猫』を読んでやった。この灰色猫には名前がない。名前がない猫というのが名前なのだ。小説は十一章あって、飼い主と家族、客人などあれやこれやと、人の寸評をする。そして、ヘルマンヘッセの『車輪の下』よろしく、酔っ払った挙句に溺死する。和樹少年は『猫』でケラケラ笑っていた。
郡山からは雪が降ってきた。同じ福島県とはいっても小名浜と郡山とでは気候がまるで違う。宿場町が開けた鉄道の分岐点であるここで、東北本線に乗り換え北へ向かう。郡山から福島までは、田地のほかは何もない。
しかしちょっと愉快な展開になった。
「旦那さん、お子さんですか。愛らしい坊ちゃんですね」と言って、洋装の伶人が、和樹少年の隣に座った。漱石の『坊ちゃん』に登場するマドンナというのは、こんな感じなのだろうか。背が高くて、ほっそりとした、都会的な若い女性だった。
いや、眼福眼福。
上野発の九両編成は、福島北駅、仙台駅を経由して、終点は青森だ。郡山から乗って来た女性は、青森から連絡船に乗って、その先にある北海道・函館に行くのだそうだ。海峡を渡った港では、どんな人が待っているのだろう。
私はもう一杯、グラスに葡萄酒を注いで飲んで、あれやこれや想像しているうちに、福島駅に着き、和樹少年を出迎えに来た養父に引き渡した。少年には餞別で『猫』の小説をやった。駅の煉瓦のホームには二十センチばかりの雪が積もっていた。
ノート20180227