03 かいじん 著 告白 『告白の理由(前編)』
挿絵/Ⓒ 奄美剣星「捜査官」
生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く
死に死に死に死んで死の終わりに冥し
(空海 秘蔵空論の一節)
(1)
西暦2218年6月30日。
トーア帝国帝都オカヤマ特別市内 、国家安全省治安警察本部庁舎内治安第一部特別取調室。
・・・
窓の外の空は朝から暑い雲に覆われずっと雨が降り続いていた。
そんな薄暗い空を治安第1部長、大村秀隆は特別取調室の窓から険しい表情で、ずっと見上げていた。
やがて、背後のドアがノックされ、尋問対象者が係官に伴われて入室して来た。
「お早う、我帝国が生んだ年若き天才科学者君」
窓際から振り返った大村が鋭い眼光を幾分和らげ、入室して来た長身で細身の若い男に言った。
「ところで今朝の体の具合は如何かな?」
「目の前の窓の外の景色と同じであまり良くはありません」
若い男――千倉京介が答えた。
確かに彼の顔色は血色が悪かった。
大村と千倉は机を挟んで向かい合って座った。
どちらも長身ではあったが、がっしりとした体つきの大村と、細身の千倉とでは
体格に極端な差があった。
「それはよくないな。……君には現在この帝国に於いては最も重罪とされる。国家叛逆罪の容疑がかけられている訳だが、しかし今の君は我々……いや、我が帝国にとって場合によっては(特別な存在に成り得る訳だからね」
大村はそう言って千倉に対して意味ありげな視線を送った。
しかし千倉の方はそれに対して反応と呼べる様な物は何も示さなかった。
大村は、軽く溜息をついて、その後、殊更に表情を曇らせて見せた。
「まあ、それはそれとして、私は今から君にとても残念な事実を告げなければならない」
大村がそう言うとそれまで俯いていた千倉が顔を上げ大村の方へ視線を向けた。
「君と共に身柄を拘束された君の妻、千倉景が、今日の明け方、この庁舎内で息を引き取った」
「……そうですか」
千倉はしばらくの間、大村の顔を凝視していたが、やがて再び俯いたまま沈黙した。
「ひとつ誤解の無い様にしておきたいのだが」
大村が口を開いた。
「我が帝国内に於いては、周知の如く、我々は帝国の延いては帝国民の繁栄と、存続の為には、どこまでも厳格に徹底して強固にいかなる手段をも駆使する。……それが我々に与えられた崇高な使命だからだ」
「しかし先程も言った様に、君達夫婦は我々にとって、いや現在極めて困難な局面に立たされようとしている我が帝国にとって(特別な存在)だった」
「だから、君自身もよくわかっている様に、我々の君達夫婦に対する処遇は、極めて特例的なものだった。……これは私の判断ではなく、はるかに上からの意向を受けてのものだ」
大村はそこでようやく一息ついた。
「しかし我々にとっては君と亡くなられた君の妻だった彼女にはどうも謎に包まれた部分が多過ぎる。その謎の中には君達2人が共に超人的としか言い様の無い程の頭脳を持ちながら、どう言う訳か君達2人ともが、23世紀の医学をもってしても、どうにもならない程の、身体的欠陥をいくつか抱えていた事も含まれている」
「……」
大村が口をつぐむと、取調室は陰鬱な沈黙に包まれた。
窓の外では薄暗い空から雨がずっと降り続いていた。
「我々が君と今は亡き君の妻を(特別な存在)としていた理由」
大村が言った。
「それは我々が君達2人がある意味では(神)に、少なくとも(神に近い存在)になったのでは無いかと思っている事だ」
大村はそう言って千倉の反応を窺がった。
「累……」
しばらくして俯いたままの千倉が呟いた。
「累? ……ああ、君の娘の名前だったな」
大村が言った。
「今日は累の2歳の誕生日です」
俯いたままの千倉が答えた。
「……」
大村はあえて何も言わなかった。
「私たちがあの場所に……」
俯いていた顔を上げて千倉が言った。
「あの場所と言うのはカクイ島の事だな?」
気を逃さずに大村が尋ねた。
(つづく)




