02 紅之蘭 著 告白 『ハンニバル戦争・ザマ会戦』
【あらすじ】
紀元前二一九年、カルタゴのハンニバル麾下の軍勢は、アルプス山脈を越えてイタリアに侵攻。ローマ迎撃軍を撃破しつつ、アドリア海に沿って南進し、南部のカンナエで、ローマの大軍を壊滅させた。続いて、ローマを包囲したものの、豪胆な元老院議長ファビウスの籠城策に根負けをして撤退した。そしてついに、ローマの若き英雄スキピオが表舞台に立つ。スキピオは、軍団を率いてイベリア(スペイン)戦線に赴くと、攻勢をかけ、ハンニバルの根拠地カルタヘナを奇襲し陥落させた。だが、イベリアにいたハンニバルの次弟ハシュルドゥルパルは、スキピオとの戦いには固執せず、麾下の軍勢とともに、ハンニバルの遠征路をたどって、アルプスを越え、北イタリアに侵入したのだが、ローマの執政官ネロの迎撃軍によって撃破された。他方、ローマのスキピオは、元老院の裁可を得て、シチリア島から地中海を渡って、アフリカ北岸にあるカルタゴの本土を急襲。騎馬民族国家ヌミディアを占領。盟友マシニッサを国王に就けた。スキピオは、ヌミディア騎兵多数を味方につけたことで、優位に立った。ハンニバルとスキピオとの対決は秒読みに入った。――そして、ザマの戦いに。
挿絵/Ⓒ 奄美剣星「ローマ兵」
告白
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ハンノが率いるカルタゴ第一戦列の戦象八十頭が、土煙を巻き上げ、ローマ軍に突進していった戦象隊付属の歩卒傭兵たちが小走りして後を追った。
先陣の兵士たちの背を見送った、バルカ三兄弟の末弟マゴーネは、第二戦列にいて出番を待っていた。
第二戦列は、古代ギリシャや、マケドニアのアレクサンダー大王が好んだ、歩兵陣形の一つ、密集長槍隊形を執っていた。密集長槍隊形は、横並びした最前列の兵士が、水平に長槍を構え、次列以下の予備兵士が、斜に長槍を構えるので、遠目には針鼠のように見える。
マゴーネも四十歳の男盛りになっていた。人生のほとんどを戦場で過ごしたこの人は、四十になっても、やもめ暮らしをしていた。十四年前、カンナエ会戦の後、マゴーネは、ハンニバルの命でカルタゴ本国に戦勝報告に行った。それから、出征した長兄ハンニバルに代わって次兄ハスドルバルが守っていた、イベリアに転戦した。
麗しの港・カルタゴノバ。総督府宮殿には、義姉イミリケがいて、マゴーネを出迎えてくれた。イミリケは、夫が長征にでかけてから、ずっと寡婦のような寂しい暮らしをしていた。そこへ、夫と同じ匂いのする義理の弟がやってきた。自然と二人は惹かれあうようになっていた。
最初に気づいたのは次兄ハシュルドゥルパルだったのだが、そのハシュルドゥルパルも、五年前のメタウルスの会戦で戦死した。
総督府カルタゴノバが陥落する直前、マゴーネは、部下をやって義姉イミリケを脱出させた。さらに本国へ向かう船を手配し乗船させた。その船はカルタゴのハドゥル・メトゥムに入港した。カルタゴの同名首都から四十キロ東に向かったところにある町で、ハドゥル・メトゥム周辺は、バルカ一族の家領にもなっていたのだ。
ザマ会戦の直前、マゴーネは、そこで、イミリケと再会した。――イミリケは、夫であるハンニバルの横に、無表情で侍っていたのを憶えている。イミリケも四十だ。女ざかりのときに夫は不在だった。ハンニバルは女には溺れない。しかし女を抱くとすれば、四十女よりも若い侍女を抱くことだろう。――マゴーネには、イミリケが幸せそうには映らなかった。
(この戦さに勝とう。そして、大兄上と腹を割って話し合い、堂々とイミリケを譲り受けよう。大兄上は判ってくれるはずだ)
マゴーネはそう考えた。
目をやっていた前線に大きな変化があった。
スキピオ!
ハンノの戦象隊が、ローマ軍の横列陣を食い破ろうとしたときだ。スキピオの号令で、ローマ軍は、横列陣形の中で方形をなしていた百人隊が、細長い縦列になって、敵戦象のための道をつくって素通りさせてしまったのだ。
戦象は猛スピードで駆けた。図体のぶん破壊力があるのだが、騎馬のような小回りが利かない。
戦象が通り過ぎると、ローマ軍は、素早く道を塞ぎ、投げ槍を放って、後続の歩卒傭兵の隊伍を突き崩し、短剣で仕留めてゆく。
戦象兵士は、道を通り抜ける途中、あるいは抜けたばかりのところで、横槍を食らって討ち取られた。
スキピオ麾下のローマ軍の主力歩兵は、横列陣形を弓形に変化させていた。カルタゴ軍を半包囲しようというのだ。
(告白 了)
【登場人物】
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《カルタゴ》
ハンニバル……名門バルカ家当主。新カルタゴ総督。若き天才将軍。
イミリケ……ハンニバルの妻。スペイン諸部族の一つから王女として嫁いできた。
ハシュルドゥルパル……ハンニバルの次弟。イベリア半島での戦線で活躍。
マゴーネ……ハンニバルの末弟。将領の一人となる。
シレヌス……ギリシャ人副官。軍師。ハンニバルの元家庭教師。
ハンノ……一騎当千の猛将。ハンノ・ボミルカル。ハンニバルの親族。カルタゴには同名の人物が他に何人かいる。バルカ家の政敵に第一次ポエニ戦争でカルタゴの足を引っ張った人物と、第二次ポエニ戦争で足を引っ張った大ハンノがいる。紛らわしいので特に記しておく。
ハスドルバル……ハンノと双璧をなすハンニバルの猛将。
ジスコーネ……イベリアにおけるカルタゴ三軍の一つを率いる将軍。イベリア撤退後、カルタゴで総大将を務めるのだがスキピオに大敗する。
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《ローマ》
コルネリウス(父スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ。ローマの名将。大スキピオの父。
スキピオ(大スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨル。大スキピオと呼ばれ、ハンニバルの宿敵に成長する。
グネウス……グネウス・コルネリウス・スキピオ。コルネリウスの弟で大スキピオの叔父にあたる将軍。
アシアティクス(兄スキピオ)……スキピオ・アシアティクス。スキピオの兄。
ロングス(ティベリウス・センプロニウス・ロングス)……戦争初期、シチリアへ派遣された執政官。
ワロ(ウァロ)……執政官の一人。カンナエの戦いでの総指揮官。
ヴァロス……執政官の一人。スキピオの舅。小スキピオの実の祖父。
アエミリア・ヴァロス(パウッラ)……ヴァロス執政官の娘。スキピオの妻。
ファビウス……慎重な執政官。元老院議長となり、「ローマの盾」と呼ばれる。
グラックス……前執政官。解放奴隷による軍団編成を行った。
レリウス……本来はスキピオの目付役だったが、スキピオの人となりに惚れ込んで実質的な副将になった。
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《ヌミディア》
シファチエ王……分裂していたヌミディアを統一したが、同盟国カルタゴに加担したため、スキピオ麾下のローマ軍に大敗し捕虜になる。
ソフォニズバ王妃……本来マシニッサの婚約者だったのだが、マシニッサが一時没落した際、マシニッサの敵対勢力だった王統のシファチエ王に嫁がされる。
マシニッサ……シファチエ王に対立していた王統の王族。盟友スキピオに推されて王になる。




