01 柳橋美湖 著 衣替え 『北ノ町の物語』
北ノ町の物語
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【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが実は祖父がいた。手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきて、北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。お爺様の住む北ノ町。夜行列車で行くとそこは不思議な世界で、行くたびに催される一風変わったイベントが……。最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上で魅力をもった弁護士の瀬名さんと、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩さん、二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ。さらには魔界の貴紳・白鳥さんまで花婿に立候補してきた。
他方、お爺様の取引先であるカラス画廊のマダムに気に入られ、秘書に転職し、マダムと北ノ町へ来る列車の中で、神隠しの少女が連れ去れて行くのを目撃。そして北ノ町のファミリーとマダム、それに白鳥さんを加えて、少女救出作戦が始まる。一行は、北ノ町一宮神社から軽便鉄道列車に乗り、ターミナルから鉄道連絡船で、大陸にたどりついた。
――そんなオムニバス・シリーズ。
挿絵/Ⓒ 奄美剣星「クロエさんと炎竜のピイちゃん」
48 炎竜(衣替え)
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クロエです。神隠しの少女を追っている私たち。上陸した港町で、連絡船が軽便鉄道車両を下ろし、装甲気動車に接続しました。ここからは炎竜の生息域です。案内役は、装甲列車の運転士・虹色燕のジョナさんに代わりました。終点・龍の墓場まで強行突破、がんばります!
♢
いきなりですが。
走っている客座車両の屋根の上に、炎竜さんが舞い降りて、乗っかっているんですけど……。
「しょっちゅうあることです。蜜蜂や熊蜂みたいなもので、かまわなければ狂暴化しません。問題なのは好奇心が旺盛で、ときどき悪戯で炎を吐くところでありますが……」振り向いた虹色燕の運転士・ジョナさんがおっしゃいました。
たしかに冗談で炎を吐かれたら、たまったものではありません。
アメリカ・グランドキャニオンみたいな渓谷地帯に設けられた軌道を、軽便鉄道は走っています。
「よく見れば可愛いじゃないか」と白鳥さん。
――ピイちゃん。
誰からともなく、愛称までついてしまいました。
車窓を開けてのぞくと、ピイちゃんが、小首をかしげてこっちを見ています。
――私たちって美味しそう?
ピヨっ。
――何、そのピヨっていうのは。邪気のないお顔ね。
最初、炎竜さんのイメージは、トカゲにコウモリの翼が生えた感じだったのですが、目の前にいるそれは鳥系です。嘴や風切り羽がついているところは猛禽類みたいで、両脚は脚長鷲のよう。でも、全身を覆う羽毛は、孔雀のそれに似た瑠璃色です。
そこへ。
装甲気動車の運転士席のアナウンスが入りました。
「お客様がた、見かけの可愛らしさに騙されてはいけません。なにしろ奴らは気まぐれで、火炎放射しますから……」
装甲気動車の放水銃がクルッと回転して、ピイちゃんに照準が当てられました。
けれど、私が、ついつい上半身を窓枠に乗り出したとき、ピイちゃんが、ニコッと笑うように目を細め、大きく口を開けたのでした。
そして。
ピイちゃん。は、タップダンスをしてから、スケート・アスリートのように、クルクルッと回転して見せたのでした。
「クロエ、炎竜に好かれたんじゃないのか。完全に一目ぼれだな」
従兄の浩さん、顧問弁護士の瀬名さん、吸血鬼の白鳥さんが、互いに顔を見合わせのコメントです。
そこで、お爺様が、「試しに河伯の笛を吹いてみろ」と私に声をかけてきました。
河伯の笛というのは、北ノ町一宮神社が畔にある、上ノ湖に棲む青い魚・河伯さんが、私にくださったものです。釣り糸に絡まっていたので助けたお礼です。それは、見たところ、湖底の枝木ですが、お爺様がペンダント風の小さな笛にし細工してくれたもの……。
炎竜のピイちゃんは、大きく羽ばたくと、列車の上を旋廻し、私のいる窓際に並んで飛んできます。両翼を広げたときの幅は十メートルほどあり、小型飛行機並み。
虹色燕の運転士さんが素っ頓狂な声を上げました。
「こりゃあ、おったまげた。俺も長く運転士やってるけど、炎竜を飼い馴らした人を見たのは初めてだ!」
私の雇い主である烏画廊のマダムは、双眸を大きくして、
「このパーティーで一番弱かったクロエが、突如、最強になったんじゃないかしら」とお爺さんにおしゃっていました。
少し離れた席にいた浩さんが盛んにうなずいています。
「たしかに、僕の電脳執事メフィスト、瀬名さんの護法童子くん、白鳥さんの使い魔ちゃんが束になっても敵わない」
私、何の努力もしていなかったのに……。
ピイちゃんは、嬉しそうに上昇気流に乗ると、全身を覆う体毛が、白くなって、セラミックみたいな光沢をだしました。それで、瞬間的に、翼を閉じます。しかし墜落はしません。なんと、逆立ちした格好で、口からロケット噴射すると、あっという間に空の彼方に飛翔し、点になって、見えなくなりました。
「まるでロケットだ。炎竜って、大気圏も突破できるのかよ」
浩さん、瀬名さん、そして白鳥さんが、また顔を見合わせました。
火炎放射ならぬロケット噴射をする炎竜のピイちゃん。運転士のジョナさんによると、ここまで強力な火炎を吐くものは従来種におらず、新種なんだとか。
――あっ、飛翔するときの熱衝撃で、少し遠くにあった禿げ山の頂が、ちょっと欠けちゃった。
列車は、深い谷間の犬走に敷かれたレールの上を駆け抜けて行きます。
♢
それでは皆様、また。
by Kuroe
【シリーズ主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。母は故ミドリ、父は公安庁所属の寺崎明。大陸に棲む炎竜ピイちゃんをペット化する。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。妻は紅子。女学校卒業後、三郎に嫁ぐ。紅子亡き後はお屋敷の近くに住む小母様をアルバイトで雇い、身の回りの世話をしてもらっている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住みクロエに好意を寄せる。式神のような、電脳執事メフィストを従えている。ピアノはプロ級。
●瀬名武史/鈴木家顧問弁護士。クロエに好意を寄せる。守護天使・護法童子くんを従えている。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。魔法を使う瞬間、老女から少女に若返る。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。一つ目コウモリの使い魔ちゃんを従えている。
●神隠しの少女/昔、行方不明になった一ノ宮神社宮司夫妻の娘らしい。
●ジョナさん/虹色燕。同名の港町で、連絡船アテンダントをしていた、脚のある人魚族・由香から案内役を引き継いだ。軽便鉄道・装甲気動車の運転士。




