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自作小説倶楽部 第16冊/2018年上半期(第91-96集)  作者: 自作小説倶楽部
第95集(2018年5月)/「燕」&「妖精」
23/34

01 奄美剣星 著  燕&妖精 『ファラオとアタシ』

挿絵(By みてみん)

「死者の船」 世界美術全集第4巻『エジプト』第65図 平凡社1956



 紀元前三千年ごろ、エジプト第一王朝。初期エジプトと呼ばれる時代だ。エジプト・ナイル河の形を地図で眺めると、葦の形をしている。地中海に臨んだ下流・河口域のデルタ地帯が穂で、中流から上流域が茎に当たる。

          *

 その昔、下流・河口域に上エジプト王国、中・上流域に下エジプト王国というのがありましたが、上エジプトのナルメル王によって、エジプト全土が統一されることになります。そして現在は、四代目ジェト王陛下の御代でございます。

 ――えっ、アタシ? 書記官のセヘテピブレっていいます。どうぞ、お見知りおきを。――

 いやね、先日、うちのファラオ(陛下)が、王都ティヌスから、下エジプトに行幸なさったんですが、アタシもお供させて戴いたんですよ。

 このとき、下エジプトの知事が、おもてなしに用意したのが、二艘の船をデッキで繋いだ双胴船で、デッキのところには、船楼のある趣向になっておりました。

 船着き場からでたとき、王妃メルネイト様と双六を楽しんでおられました。けど、旅のお疲れからか、王妃様が、うたた寝なされたとき、下エジプトの知事イムホテプが、つかつか歩み寄って、ファラオに耳打ちしました。

 ファラオは、御簾をちょっと上げてデッキを睥睨なさいました。

 するとです。なんと、いつの間に、デッキにいた水夫たちが、十五、六の少女たちと入れ替わっているじゃありませんか。ファラオの御座船の横には当然、護衛の小舟が付き従っていて、水夫たちは、そっちに乗り移ったようでございます。

 オールを手にした少女たちは十名ほど。その姿たるや、妖精のような美しさ。……オカッパ髪、褐色の肌。彼女たちが身につけていたのは、細紐を垂らして連ねたスカートだけ。風が吹きますと、そのお、まああ、ハラリハラリと、中が見えちゃったりします。

 この日のナイルの遡上について、ファラオは大変ご満悦でございました。イムホテプは、ファラオのご機嫌麗しくなりましたときを見計らいまして、パピルスに描いた図面を恭しく献じます。

「ほう、これは貯水池と灌漑用水の設計図ではないか。これを余に造れというのだな」

「御意。砂漠の多い下エジプトでございますが、用水路網を設けることで、多くの恵みを得ることとなりましょう。税収が倍増するばかりか、かつて、まつろわぬ民であった下エジプトの者どもが、ファラオへ、一層忠勤に励むこと、間違いございません」

「よかろう。王都に帰り次第、技官を派遣することにする」

 王妃様がうたた寝なされておられた一時の出来後でございます。

 ふたたび風が吹いて参りました。

 ファラオは、まだうっとりと、御簾の外を眺めておられます。

 岸辺では、パピルスの穂が揺れ、燕たちが飛び交っておりました。燕たちは四角い形をした、日干し煉瓦の家々の軒先に、巣をつくっているのですが、耕地が倍になれば、人も増え、麦穂を目当てに虫が飛んで来ますので、燕たちも増えて、巣も倍になることでございましょう。

 ああ、こりゃどうも。――ファラオの横に控えていた、下エジプトの知事イムホテプが、「作戦成功」といわんばかりに、アタシにウィンクしてきましたですよ。

          *

 中世以降、エジプトがアラブ化した後も、イスラム教に改宗せず、キリスト教の信仰を守り続けている現住民をコプト人という。古代エジプト人の末裔だ。

 十九世紀、ロゼッタストーンの拓本を入手した、フランスの考古学者シャンポリオンは、コプト文字を手掛かりに、古代エジプト文字の解読に成功する。

 ほどなく、イギリスのペトリー卿が、大英帝国博物館調査団を率い、エジプト・ギルガの南二十キロ地点にあるアビュドス遺跡を発掘することになる。そこに、カイロ駐在のタイムズ記者が取材にやってきた。

「ペトリー卿、ここアビュドス遺跡は、初期王朝時代の王都ティヌス近郊にあった、王侯貴族の墓域だとうかがいますが、ピラミッドはないんですかねえ?」

「ああ、あれはメンフィスを王都にして、サッカラを墓域にしていた第三王朝からですよ。まず第二王朝の終わりに、メソポタミアの影響で、日干し煉瓦をつかったマスタバという長方形の墓を造りだすんですが、それを何重にも積み上げて、階段状ピラミッドにしたというわけです」

「ピラミッドでもなくマスタバでもない王墓の形というのは?」

「墓を掘って、上に木造の霊廟を建てるのです。だから、大半は土台を残し上屋構造が風化してしまいます。それから、冥界の神アヌビスと同じだという、ケンティアメンティウの神殿があります。そのため古王国時代はぱっとしませんでしたが、中王国から新王国時代にかけて、再び聖地として人気の巡礼スポットになったようです」

 さて、コプト人発掘作業員が壺を掘り当てたというので、考古学者が、出土地点まで行ってみると、文字が刻んであった。

 ――おや、書記官の日記かな。――

「下世話だ! あまりにも下世話だ!」

 読んだペトリー卿が、狂ったように笑いだしたので、新聞記者は、何が起こったのか判らず困惑した顔になった。

          ノート20180521

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