01 奄美剣星 著 富士 『変態じゃないもん』
僕と妹とは、ちっちゃいころからの仲良しだ。今でもそうで、つい最近までお風呂も一緒に入っていたくらいだ。兄妹仲の良さは近所でも評判だったのだけれども、大きくなっても変わらないので最近は、ちょっと変だと陰口を言われているらしい。こないだ、父と母から、タツヤはもう高校生だし、ルミカも中学生になった。少し距離を開けなさいと注意までされた。
僕と妹は不満だった。しかし、父と母まで近所の人の陰口の標的にされるのは気の毒に思えた。そこで、家族四人で話し合った結果、夏休みに二人して富士登山をしてきて、これを機に、ちょっとだけ距離を開けるという妥協案が成立した。
僕らは、できるだけ長くひっついていたい。だから、名残りを惜しむために、富士急行に乗り、富士吉田駅からタクシーを拾って、馬返しで降り、そこから地図を見ながら徒歩で古い参道を登った。江戸時代、旅人は馬返しで下馬し、そこからはやはり徒歩で山頂を目指していたのだ。
「誰もいないね。なんかドキドキする」
妹は立ち止まると両手を自分の胸に当てた。
そういう僕もドキドキしていた。
標高三七七六メートルの富士山は、もともと、霊山で、一合目から徒歩で山頂を目指したものだが、戦後に、有料道路・富士スバルラインが開通したため、一気に五合目まで行けるようになった。そのため、実質的な登り口は五合目だ。一合目から山頂を目指す登山者は稀になった。
標高一五二〇メートル地点に、一合目を示す看板があり、鈴原天照大神社の境内をかすめて、まだ緩斜面である古参道は、奥へと伸びてゆく。
「ねえ、お兄ちゃん、よく富士山の一合目、二合目って言うけど、合目って何?」
「ああ、あれか。昔、山岳信仰っていうのがあって、登山口から山頂までの位置を示す目安として、十分割したんだ。ほかにも、いろいろな説があるけどね」
鈴原天照大神神社境内から小一時間かけて歩いたところが、一七〇〇メートル地点の二合目だ。一合目のものよりも、大きな拝殿があった。すると急に、雨が降ってきたので、雨宿りした。そこでも僕らはアベックのように、ひっついて、拝殿入口の階段に腰かけた。僕にもたれかかった妹が、「いい?」と訊いてきた。僕はうなずいた。
僕らはときどきキスをする。
僕らはそろいのサマーセーターを着ている。徳利襟になったものだ。僕が徳利襟をめくって首筋をさらけだす。
妹が唇を寄せて咬みつく。
痛い。――しかしそれは快感だった。受験勉強で肩が凝っていたときなんか、妹に咬んでもらうと効果てきめんだ。
「あたしにも咬んで」
僕はお返しに咬んだ。
雨が止んだので再び僕らは歩きだした。
ツグミの仲間だろうか、野鳥達が盛んにさえずっていた。深い森の植生はまだブナで、これがだんだんと、針葉樹へと変わっていくらしい。
一八四〇メートル地点にある三合目は、河口湖が見張らせるところだ。
僕は妹の身体を触った。ここのところ、二つの膨らみは大きくなってきた。やわらかい。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……お兄ちゃん……いやっ、あっ、ああ……」
妹がハアハア粗い吐息になった。高山病によるものではない。うまい具合に茶屋の廃墟があった。とうとう我慢ができなくなった僕ら兄妹はそこへ入った。
*
翌日の新聞にはこう書いてあった。
「――富士山頂でドラゴン現る。上昇気流に乗って噴火口まで一気に飛翔。そこでフッと消えた。登山者達の証言をまとめると、ドラゴンは二頭おり、初め、人に近い形をしていたのだが、五合目、六合目と、高度をあげるごとに、形態を進化させていったようだ。ドラゴン出没による犠牲者は、高校生と中学生の兄妹が行方不明となっており、捕食された可能性がある……」
また、後に、筑波にある国立科学研究所が、例の兄妹の家系を調査したところ、人間に擬態する人外高等生物であったという報告書をまとめて、内閣府へ提出した。閣僚達は信じられないと言って顔を見合わせたのだが、両親から得た血液サンプルから、クローンを作り、動画撮影までしたのだから反論のしようもない。
「異形のアダムとイヴというところか……」
「この人外高等生物・(仮称)竜人は、酸素濃度の差異で変態していきます」
*
一合目 第一形態・人形
二合目 第二形態・吸血鬼化
三合目 第三形態・有翼化
……
五合目 第五形態・竜種化
……
十合目 火口で、異界に通じる門を開け、いずこかへ
ノート20180110




