02 柳橋美湖 菜の花畑 『北ノ町の物語』
【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、実は祖父がいた。手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきて、北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくそこは不思議な世界で、行くたびに催される一風変わったイベントが……。最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上で魅力をもった弁護士の瀬名さんと、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩さん、二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ。さらには魔界の貴紳・白鳥さんまで花婿に立候補してきた。
他方、お爺様の取引先であるカラス画廊のマダムに気に入られ、秘書に転職し、マダムと北ノ町へ来る列車の中で、神隠しの少女が連れ去れて行くのを目撃。そして北ノ町のファミリーとマダム、それに白鳥さんを加えて、少女救出作戦が始まる。一行は北ノ町一宮神社から軽便鉄道列車に乗り、ターミナルから鉄道連絡船で、大陸にたどりついた。
――そんなオムニバス・シリーズ。
Ⓒ奄美剣星「菜の花畑」
47 菜の花畑(ハニトラ)
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クロエです。ついに、私たちを乗せた三本マストの鉄道連絡船が大陸にたどりつき、蝶々鮫さんたちのいる大きな湖を通過から、大河を遡上してローレライの岩場を通過。そして、龍の墓場を目指しています。
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……これから本線は、菜の花畑地方に入ります。デッキのお客様におかれましては、ハニトラに十分お気を付けください!
連絡船が渓谷地帯を抜けたとき由香さんのアナウンスをしました。由香さんは、脚のある人魚族で、本船のアテンダントをなさっています。
私とマダムが連れ立って、通路デッキを歩いていると、従兄の浩さん、お爺様の顧問弁護士・瀬名さん、それから吸血鬼の白鳥さんたちとすれ違いました。
「ハニトラ? ハニートラップのことか? きっと、こないだ取り逃がした色っぽい妖精・ローレライが先回りして流し目で、男どもを誘惑するんだろうよ」
というのが浩さんの説です。浩さんはさらに続けます。
「例えば、瀬名さんが、一人で歩いているとする。すると、白の帽子を被ったワンピース姿の綺麗な女性が、船縁にもたれかかっている。そして彼女は、煙草を一本くださらないって話かかけてくるんだ。真面目な瀬名さんが、クールに笑って、煙草をやる。煙草をやったら火だ。瀬名さんが、女性の煙草にライターを近づける」
「それで?」瀬名さんが苦笑しています。
「一本背負いで、デッキから水面に叩き落とすんです」
そこで……。
「ハニトラって、もしかしてこれのこと?」
瀬名さんの守護精霊・護法童子くんが、つまんでいたのは、蜜蜂の羽でした。
それをみた、白鳥さんの電脳執事・メフィストさんは、「蜜蜂か、たしかに腹部の文様がトラジマじゃわい」と続けます。
さらに、一つ目コウモリの使い魔さんを肩に乗せた白鳥さんが、振り向かずに、後ろへ指さしました。
「これがホントのハニトラだ」
うわっ。
大きな虎です。翼のある虎です。もしかして、これって、伝説のグリフォン。ハニトラが大きな口を開けました。い、いやあ、食べられちゃう!
デッキの上でホバリングしている翼つきの虎が、私をガブッとかぶりつこうとした刹那、おびただしい数のストロー状になった吸収管を、クラッカーみたいにパンと音を立てて、菜の花畑にむかって発射すると、チューチューと蜜を吸い、お腹がいっぱいになったところで、菜の花畑のどこかへ飛んで行ってしまいました。
由香さんのお話だと人畜無害とのことですが、なにぶんにも恐ろしい外観なので、心臓の弱い人には注意が必要なのだそうです。
♢
それでは皆様、また。
by Kuroe
【シリーズ主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住む。クロエに好意を寄せる。
●鈴木紅子/クロエの祖母。故人。女学校卒業後、三郎に嫁ぐ。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。公安庁所属。
●瀬名武史/鈴木家顧問弁護士。クロエに好意を寄せる。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。
●メフィスト/鈴木浩の電脳執事。
●護法童子/瀬名武史の守護天使。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。
●神隠しの少女/昔、行方不明になった一ノ宮神社宮司夫妻の娘らしい。
●由香/ダイヤモンド鉱山〝竜の墓場〟のある大陸へ向かう三本マストの鉄道連絡船アテンダント。脚のある人魚。鬼族の軽便鉄道運転士から異界案内役を引き継ぐ。




