04 E.Grey 著 卒業 『黒谷御前8 公設秘書・少佐』
//粗筋//
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衆議院議員島本代議士の公設秘書佐伯祐は、長野県にある選挙地盤を固めるため、定期的に彼の地の選挙対策事務所を訪れる。そして、空き時間をみては、遠距離恋愛をしている婚約者・三輪明菜とデートを楽しむのだった。今回の長野入りは、センセイの縁者である黒谷夏帆が、愛車スバル360に佐伯を乗せての登場だ。幼馴染の不穏な動きに明菜は心穏やかではない。夏帆の祖父は黒谷御前といい、地域では有数の資産家だ。その黒谷御前が何者かに命を狙われているという。センセイの命もあり、佐伯は、夏帆の運転で、明菜とともに御前の屋敷へとむかった。その晩、御前は、時限式で放たれる吹き矢によって殺害された。
Ⓒヤッホーさん「笑顔」 モデル:五十嵐優美さん/足成
08 卒業
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私・三輪明菜は、婚約者の佐伯祐を手伝って、黒谷御前殺害の犯人を追っている。容疑者は、動機からして、御前の娘である朝比・夕比の姉妹、孫娘である黒谷夏帆に絞り込んだ。
素朴な疑問だ。
「時限式で発射される吹き矢に、どれほどの威力があるの?」
私は佐伯に訊いてみた。
「これは空気銃の一種だ。空気銃には、スプリング式、ポンプアップ式、液化ガス式なんかがある。今回の殺虫剤缶をつかったものは液化ガス式だな。――被害者は、耳穴に、毒針付きの吹き矢を撃ち込まれて死亡した。――明菜君、実際に撃ち込んでみよう」
初老の巡査部長が口を挟んだ。
「佐伯さん、遺体損壊になる。それはさすがにまずい」
すると、襖が開いて、黒谷家の家政婦・菊野さんがいくつかの小道具を持ってやってきた。
「佐伯さん、仰せのものを準備しましたよ」
「助かります」佐伯がそう答えると、初老の巡査に顔を向き直した。「真田さん、どのみち当たったところで遺体ですし、空気銃弾丸自体それほどの威力はないと思いますが、そのあたりは大丈夫」
佐伯は、透明プラスチック板を私に渡した。――遺体頭部を守るついたて? まさか、私にこれをもたせて、毒針を発射する気か?
「手に刺さるかもしれない。危ないじゃないか!」
空気銃弾丸は、プラスチック製で、テルテル坊主のような形をしている。佐伯は笑いながら、「もちろん、毒針はペンチで抜いて、代わりに縫い針の先端を同じ長さに折ってはめ込む」と言って、
私は火鉢の箸を借りて、私が透明プラスチック板を遺体頭部の前に立てた。
板の上に横置き固定した殺虫剤スプレー缶が機関部になる。塩化ビニール管が銃身だ。――佐伯は、吹き矢発射装置を、三十秒後に発射するように再セットした。
三十秒後。
プシュッと、装置のスプレー・ガスが噴射した。
私は思わず目を閉じそうになったのだが、我慢して、事の顛末を見届けた。
飛翔体は、たどたどしく飛んできて、遺体の直前で落ちた。
「――これじゃあ、毒針が刺さらないじゃないか。どうやったら、殺せるんだ!」
駐在所の真田さんが、目を大きく見開いた。
黒のスーツ姿の佐伯は正座して、遺体と毒針発射装置、吹き矢を交互に見やった。佐伯は、腕組みをしてから眼鏡をずり上げ、「なるほどそういうことか、おかげで先入観から卒業できた。――明菜、ナイスなヒントをありがとな」と言った。それから、「真田さん、関係者を呼んでもらえますか」どうやら核心に達したらしい。
タマが襖を前脚で勝手に開けて入ってくると、黒谷御前が寝かされた布団の上を、反復して跳ぶ一人遊びを始めた。――猫がそれをやると、静電気で遺体が半身を起こすという俗説があるのだが、さすがにそれはなかった。
つづく
//登場人物//
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【主要登場人物】
●佐伯祐……身長180センチ、黒縁眼鏡をかけた、黒スーツの男。東京に住む長野県を選挙地盤にしている国会議員・島村センセイの公設秘書で、明晰な頭脳を買われ、公務のかたわら、警察に協力して幾多の事件を解決する。『少佐』と仇名されている。
●三輪明菜……無表情だったが、恋に目覚めて表情の特訓中。眼鏡美人。佐伯の婚約者。長野県月ノ輪村役場職員。事件では佐伯のサポート役で、眼鏡美人である。
●島村代議士……佐伯の上司。センセイ。古株の衆議院議員である。
●真田巡査部長……村の駐在。
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【事件関係者】
●黒谷御前……地方名家で島村センセイの縁者。
●黒谷源一郎……黒谷御前の一人息子で夏帆の父。先の大戦で戦死した。
●黒谷朝比……黒谷御前の長女。源一郎の妹。
●黒谷夕比……黒谷御前の次女。源一郎の妹。
●黒谷夏帆……黒谷御前の孫娘で女子大生。現在は東京在住。明菜の幼馴染にしてライバル。
●菊乃……黒谷家の家政婦。
●楓……菊乃の養女。
●タマ……黒谷家で飼われている雌の黒猫。
*全10話程度の予定です。




