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自作小説倶楽部 第16冊/2018年上半期(第91-96集)  作者: 自作小説倶楽部
第93集(2018年3月)/「卒業」&「引っ越し」
14/34

01 奄美剣星 著  卒業 『ファイナル・ステージ』

挿絵(By みてみん)

Ⓒサヨさん「街並み・建物」/足成



 町屋庭先の梅の花がまだ咲いていて、土手に並べて植えられたソメイヨシノの花がちらほらと咲きだしたころ。

 土手の手前にあるのが、古びた十階建てビルの市役所で、通りを挟んだ向こう側が、比較的新しい五階建てのビルが音楽ホールだ。音楽ホールの中には大小のホールがある。僕らが今いるのは大ホールの楽屋だ。

 コンクリート剥きだしで、ほの暗いそこからステージをみると、照明が効いていて、トンネルから出て来た瞬間、フェィドインしたような夏の陽射しのように感じる。

「じゃっ、行こうか」ノッポ君がそう言うと、真っ先に飛び出し、女子部員が後に続いた。ノッポ君は先代部長で、受験のため、秋から後輩にその任を譲った。全部員五十名のうち男子生徒十名の一人だった。当然、ノッポ君はかなりの女子生徒からモテた。僕はといえば態度保留。向こうにとってもタイプじゃなかったようでお声がけもなかった。それも、明日、後片づけをしたら終わる。

 先代部長のノッポ君は実際よくやった。昨年、僕らの高校吹奏楽部は、顧問の先生三人がいっぺんに転勤になった。当然、生徒は動揺した。

 学校の音楽教師は二人。一人が吹奏楽部専任で、もう一人が合唱部顧問を兼任、もう一人が音楽以外の教師で経理を担当している。先任と後任の先生方とが引き継ぎをしたのだけれど、ほんの数日のことで、実質的な引き継ぎはノッポ君がやったわけだ。

 本日のコンサートは、全三部からなっていて、前後にはオープニングの校歌、アンコール用の二曲が用意されている。

 今やろうとしているステージは、第二部で二曲やることになっている。一曲目が『ウェストサイドストーリー』、二曲目が『レミゼラブル』だ。

 まずは一曲目「ウェストサイドストーリー」。

 オーケストラをやっている一、二年生が奥、指揮を執っている先生がその手前。受験が終わって友情出演している僕らはパフォーマンスをやる。ここで言うパフォーマンスというのは、宝塚がメインとなる劇の合間にやっている歌と踊りを主体にしたレビューのようなものだ。

 『ウェストサイドストーリー』は、『ロミオとジュリエット』が下敷きになっているミュージカル映画だ。対立する二つの不良グループがいて、構成員の一人である主人公と、敵対グループ・リーダーの妹が恋に落ちる。ところがやがて、二つのグループはぶつかり合うことに……。

 ――どういうわけだか、……そう、どういうわけだか、ヒロインになった。吹奏楽部で目立たないこの僕がだよ。ノッポ君以外は全員女子生徒。その女子生徒たちは全員シャツとパンツ姿、ワンピとリボン姿をしているのは僕だけだ。しかも、部活の全女子生徒全員の憧れの的だったノッポ君と、手を取り合ってのダンスをやったのだ。親友ちゃんは、そのあたりの事情をのみこんだのか、僕にウィンクして、十七人の仲間たちと、壇上から客席通路に繰り出していった。そこで殴り合いを演じた。――

 乱闘の挙句、主人公は射殺されるのだが、彼の死をきっかけに、ヒロインがとりなす形で両者は和解して物語は終わる。

 次は、「レミゼラブル」だ。

 ヒロインは下層階級で、悪い男に騙されて女の子を出産した。未婚の母が迫害される時代で、周りから突き飛ばされて転び、下層階級から市長にまで出世した主人公ジャンバルジャンによって救われる。結局、質の悪い工場長や女性従業員たちから追い出されて娼婦に身を落とすのだが、主人公が女の子を引き取って養女にする。そんなところへ、市長がパン一つを盗んだために投獄されたことを知る警部が、執拗に追い回してきた。主人公は養女と逃げ回る。ところが、養女は貴族出自の学生と恋に落ちてしまった。この学生は活動家で、政府軍に対し革命を起こそうとしていたのだけれども、鎮圧されてしまう。その際、主人公は地下下水道をつかって、娘婿となる学生を、政府軍の囲みを破って脱出する。主人公が娘と娘婿とに看取られて、生涯を終えようとしたとき、走馬灯の中で、かつて一緒に戦った仲間たちが、国旗と赤旗とを振っていた。

 ――だから、パフォーマンスのラストシーンも、トロコロールと赤旗のカラーガードで表現している。――

 大ホールはオペラ劇場仕様になっていて、ステージが一階、そこから二階に向かって扇状に広がり、スロープ状になった階段を上って辿り着いた壁のところが出入り口になっている。吹き抜けになった天井。際にバルコニーが二層ある。会場は満席だ。

 ムードメーカーなノッポ君の活躍で、うちの高校は昨年も全国大会で入賞した。

 最後のコンサートが終わった翌日・打ち上げの日、帰りがけに、ノッポ君は僕に、「東京の大学に行くんだったよな。俺もなんだ。ときどきカラオケにでもつきあってくれない?」と小声で告げた。

           ノート20180328

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