03 柳橋美湖 著 水 『北ノ町の物語』
【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、実は祖父がいた。手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきて、北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくそこは不思議な世界で、行くたびに催される一風変わったイベントが……。最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上で魅力をもった弁護士の瀬名さんと、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩さん、二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ。さらには魔界の貴紳・白鳥さんまで花婿に立候補してきた。
他方、お爺様の取引先であるカラス画廊のマダムに気に入られ、秘書に転職し、マダムと北ノ町へ来る列車の中で、神隠しの少女が連れ去れて行くのを目撃。そして北ノ町のファミリーとマダム、それに白鳥さんを加えて、少女救出作戦が始まる。一行は北ノ町一宮神社から軽便鉄道列車に乗り、ターミナルから鉄道連絡船で、大陸を目指しているところだ。
――そんなオムニバス・シリーズ。
チョウザメ wikiより
45 水
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クロエです。船旅の中で、カラス画廊のマダムと、旧知の間柄だったお婆様・紅子について話題をしていました。お婆様、は太平洋戦争の最中、民間人引き揚げ船で本土に帰還中、他の家族と別れて移動し、行方不明になっていたとのことですが、ちょっと変。時期的に、もう一世代・少なくとも二十年間がないと、つじつまが合いません。鈴木家にはまだまだ謎が隠されていると改めて思いました。
♢
「次は蝶々鮫ノ湖に停泊します」
脚のある人魚・由香さんが、船内アナウンスで話しました。
外洋で波に揺れていた船体が、急に揺れなくなってきました。奇妙なもので、揺れというものに慣れてくると、逆に静かな状態で、身体が揺らされているように感じます。
私達を乗せた連絡船は、大陸西海岸に辿り着きました。その西海岸の玄関口が、蝶々鮫ノ湖です。湖の名前になっている蝶々鮫のことですが、そのことについて、由香さんにお話を伺うと、私の後ろを指さしたので、振り向くとそれがデッキで、羽繕いをしていました。
蝶々鮫は、全長三メートルで、ヒレが進化して蝶々のようになっています。しかし、誰も捕らえて食べようとはしません。というのも、彼らは人とお話ができるからです。釣り針なんか引っ掛けたりしたら、それこそ裁判沙汰になってしまうのだとか。どこの裁判所かというと、蝶々鮫ノ湖の裁判所で、ここには彼らの王国があります。
船が彼らの王国を通過するとき、船長は、警備兵に挨拶します。それが、デッキの上にいる彼なのでした。
蝶々鮫の警備兵さんが書類にスタンプを押した後、船長さんとお爺様が、ワインを勧めて長話をしました。警備兵さんに限らず、蝶々鮫の皆さんは白ワインが大好物なのだとか。お爺様は、長話をしながら、神隠しの少女の似顔絵を描いてみせると、
「前に通った不定期便船に乗っているのを見かけた」
とおっしゃっていました。
もちろん、連れ去った神隠しの“神”も一緒です。
この“神”というのが今一つ分かりません。いつも頭巾を被っているので顔も分かりません。ただ、体型から女のようだと警備兵さんがおっしゃっていました。さて、そこで、瀬名さんと浩さん、それから、白鳥さんが、パラソルのついたテーブル席で、キャビアを載せたトーストを肴にグラスを傾けていると、警備兵さんが何やら文句を言っていました。
そのあたりは、船長とアテンダントの由香さんが、うまくなだめてお引き取り戴いたようです。
元魔法少女であるマダムがおっしゃるには、蝶々鮫さんは、キャビアの匂いがとてもお嫌いなのだとか……。そういうことは、船長さんが前もって乗客に知らせるべきことだと、文句を言われた皆さんが、口をそろえて言っていました。
確かにそうですね。
蝶々鮫さんが漁師なのですから、沿岸にある人の住む町には、港はあっても漁師さんがいません。また、蝶々鮫の湖は淡水で、ここに棲む生き物たちは、独特の生態を持っています。蝶々鮫さん達はここで、畑の海藻やイケスの魚貝類を近隣の町に出荷しているのですが、最大の収入源は真珠なのだとか。懇意になったダイバーさん達の中には、蝶々鮫さんたちの王都に招待された人もいたのですが、酸素マスクのため、御馳走が食べられなかったとのことです。
蝶々鮫の皆さんは陸にいても平気なようで、逆に沿岸の町に飛んで来ては、パブで白ワインを飲むのだとか……。だから“酔魚亭”って名前のお店が多いのだそうです。
さて、私達を乗せた連絡船の旅もそろそろ終わりに近づいてきました。蝶々鮫湖に注ぐ、大河を上流に遡って行ったところに、ダイヤモンド鉱山“竜の墓場”があります。
♢
それでは皆様、また。
by Kuroe
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【シリーズ主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住む。クロエに好意を寄せる。
●鈴木紅子/クロエの祖母。故人。女学校卒業後、三郎に嫁ぐ。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。公安庁所属。
●瀬名武史/鈴木家顧問弁護士。クロエに好意を寄せる。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。
●メフィスト/鈴木浩の電脳執事。
●護法童子/瀬名武史の守護天使。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。
●神隠しの少女/昔、行方不明になった一ノ宮神社宮司夫妻の娘らしい。
●由香/ダイヤモンド鉱山〝竜の墓場〟のある大陸へ向かう三本マストの鉄道連絡船アテンダント。脚のある人魚。鬼族の軽便鉄道運転士から異界案内役を引き継ぐ。




