なんちゃって喫茶~バンバンジー~
日本の都市である東京の、近郊に集まった居住地域から少しだけ離れた商店街。
都会とは言えショッピングモールの台頭により廃れざるを得ない状況な、どこにでもある商店街。
そんな商店街の中に一つ、私の行きつけの喫茶店がある。
行列ができるわけでもないしいつも満席になっているわけでもない、けれど私のお気に入りの喫茶店。
小洒落た外観と喫茶店にはたぶん珍しい二階建て仕様のその喫茶店の名前はバンバンジー。
なぜそんな料理名が店名になっているのか、なぜ喫茶店ではなくなんちゃって喫茶であるのか正直最初はわからなかったし今もわかっていない。
でもそんな些細なことがどうでもよくなるほどに、私はこの店の中身が大好きなんだ。
寂しい商店街の空気が漂う中、私は扉の前で一息つく。
何度来ても慣れないこの店に入るときの心のざわつきを表情にだけは出さないようにして扉を開ける。
カランカランと軽快に扉につけられたベルが鳴り先ほどまで静寂に包まれた空気が一変する。
どこかで聞いたことがある歌詞のないメロディーが耳に心地よい大きさで流れている。
店員さんが私の存在に気づいたようで、パタパタと私の元へと近づいてきた。
店員さんが着ている服装を端的に言い表すとすれば、それはメイド服ということになるだろう。
高校生の中で大体平均くらいの私から見てもちょっと小さいその女の子は、白と黒を基調としたメイド服に腰まで伸びた金髪が印象的な子だ。
「いらっしゃいませ!」
ニコリと笑いながら出迎えてくれえたその子の笑顔が同性の私の心をも貫くようだった。
私は悶絶するのを心の中にだけに留めながら平静を装いつついつものごとくお願いをすることにした。
「あのルリちゃん、ケイくんをお願いしてもいい?」
駆け寄ってきてくれたこの子、ルリちゃんにこういうのは少し心苦しいがここはそういう所でもあるので仕方がない。
ルリちゃんは気にしていないようで、店内にいる男の店員さんを呼んで出迎えを変わる。
その男性はすらっと背が高く、白のシャツに黒のパンツとベストといういわゆる執事服なるものを身に着けていた。
線の細いその体躯、きれいな顔立ちに加え渋みのない澄んだ声で迎えられた。
「また来てくれたんだね、嬉しいよ。」
ニコッと笑うその顔を見ただけで昇天してしまいそうになる。
やっぱり何度来ても慣れない・・・ケイくんという私の男の人の理想像を前に心のキュン値がメーターを振り切っている。
私の心が萌でどうにかなりそうなのをケイくんは知る由もなく、どうぞこちらへと空いている席に案内される。
ここは執事喫茶でもなければメイド喫茶でもなく、ただの喫茶店でもない。
かと言って夜のお店とも違う。
ここはありとあらゆる万事のことを提供するというお題目の、なんでも喫茶店なのである。
そんななんでもな喫茶店の利用用途は人それぞれである。
私のように執事に会いに来る人、メイドに会いに来る人、ただ会話をしに来る人、ご飯を食べに来る人と本当になんでもありなお店なのだ。
店員さんもそれぞれ個性的な人がたくさんいて、ルリちゃんよケイくんはこの店ではどちらかというと王道の部類に入る。
私が席についたと思ったら再びカランカランと来客の鈴がなる。
さあ、あの人はなにをしに来たのだろうか。
ようやく放課後になり自由時間が訪れた。
友達も彼女もいない俺には放課後は速攻帰宅タイムであった。
家に帰ってゲームをしたりネット内の見えない友達とくだらない話をしながら現実の自分を見ないように生きてきた。
リアルなどクソくらえだ!俺は電子の世界の住人になるんだ!
こんなことを真顔で考えているような、現実には何も興味を持っていない自分だったのだ。
・・・そう、ついこの間までは。
ある時学校に囚われるのが嫌で試験勉強に勤しもうとした俺だったが、家では誘惑が多く廃れた商店街で経営している喫茶店で勉強をしようとした。
街へ行けば喫茶店なんてどこにでもあるが、そんな人込みの多いところなんて行きたくもなかった。
そうしてまだ潰れていない、商店街にあるには少し目を引く喫茶店に入ることにした。
そこで俺は出会ってしまったんだ・・・天使に。
その店員こそが俺のリアルの生きがいで偶の放課後の癒しとなっている。
今日も今日とてその店員に、いや天使にであうべくあの喫茶店に向かっている。
廃れた商店街の街道を歩いていると遠巻きに女性が店に入っていくのが見えた。
深呼吸をしてから店内に入っていく女性を見て俺はその行動に共感せざるを得なかった。
俺は店の前まで来てその女性同じく息を大きく吸って大きく吐いた。
あの時まで感じなかった家の外でのドキドキと、あの時から感じるようになったここでのわくわくを胸に扉を開けた。
店内はそれほど込み合っていないがまばらに人がおり、飾り気がない落ち着きのある木でできた店内を見渡す。
真正面には二階へと続く階段とレジがあり、俺が用のあるのはこの一階だ。
「いらっしゃいませ!」
奥を見るようにしていた俺の視線の下から可愛らしい声が聞こえる。
ペコっとお辞儀をしながら迎えてくれたその女の子こそが俺の天使であるルリちゃんだ。
けっして露出が多いわけではないそのメイド姿がそこいらの見た目で売るメイド擬きとは一線を画して、逆にルリちゃんの天使具合を引き立てている。
真っ直ぐに下したその金髪も、ポニーテールやツインテールが似合うだろうそんな中変に手を加えられていないところが、なんというか俺の好みど真ん中だった。
「お久しぶりですねっ!私がご案内してよろしいですか?」
最近はよくここへ足を運んでいたのでルリちゃんに顔が覚えられていた。
その事実がとてつもなく嬉しく、にやけてしまっている顔が悟られないように手で隠して何度も頷いた。
嬉しそうにニコッと笑って店内を案内される。
気にはしていなかったが、案内されたのは先ほど店前で深呼吸をしていた女性の隣のテーブルだった。
注文をした後パタパタと厨房のほうへ向かうルリちゃんを目で追っていた。
俺がルリちゃんのことが好きなのはただただその可憐な容姿のみで好きになったのではない。
ひたむきに仕事に取り組むその態度、一介の客でしかない俺のことを覚えてくれてる内からにじみ出る性格そのものに俺は惹かれたのだ。
厨房のほうからケイさんがパフェを持ってやってきた。
こちらには俺と隣の女性しかいないのでおそらく女性の注文だろうか。
しかし、イケメンだ。
男から見てもちょっとキュンときてしまいそうな美少年よりのイケメンで全くもってうらやましい。
そんなことを考えているとケイさんの後ろから俺が注文したコーヒーがルリちゃんによって運ばれてくる。
コーヒーがテーブルに置かれ、おそらく決まり文句であろう接客用語をルリちゃんは俺に言った。
「ごゆっくりどうぞ。」
ただの言葉がルリちゃんの笑顔によって対俺キュン兵器となって俺の心臓に突き刺さる。
パタパタと戻っていくルリちゃんと、隣のテーブルから同じく厨房の方へ戻っていくケイさんが見えなくなった時俺と隣のテーブルの女性が同時にテーブルに頭を打ち付けた。
顔を起こし知り合いでもないその女性の方に視線をやるとその女性も俺の方を向いていた。
そしてどちらからというわけでもなく、ほぼ同時に二人して親指を立てて再びテーブルに突っ伏した。
おれはルリちゃんに、その女性はケイさんにキュン死してしまった。
廃れた商店街は既に夜を迎えておりすでに一階の喫茶店は閉店時間を過ぎていた。
私とケイさんを除く他の店員さんたちはある程度閉店作業を終わらせ先に帰っていた。
「ルリちゃん、どう?もう終わりそう?」
厨房にいるケイさんからそう尋ねられる。
清掃もほぼ終わっていて私は大丈夫ですと答える。
ケイさん・・・私より少し遅れてここで働き始めたバイトの人。
すらっと背が高く、物腰も柔らかくとてもかっこいい人だ。
今私の憧れの人でもあったりする。
厨房内の清掃があらかた終わった俺はルリちゃんに終わりそうか尋ねた。
「はい、大丈夫です!」
そう言って店内奥からルリちゃんが顔を見せる。
ルリちゃん・・・ちゃん付けだがちゃんとした俺のバイトの先輩である。
ほとんど同じ時期に始めたほぼ同僚のようなものだったので、先輩自らそう呼んでいいと言ってくれた。
小さくて可愛い、それでいて仕事熱心な俺の先輩は俺の憧れの人だった。
二人が閉店作業をすることはよくあることであり、またどちらも家が近いことからこの店で別れるようになっていた。
それぞれ更衣室前でお疲れ様ですと挨拶をして更衣室に入る。
ケイは男子更衣室の扉にもたれかかり、ルリは女子更衣室の扉の前で座り込む。
ああ、本当に憧れるなぁ・・・ケイさん(ルリちゃん)・・・・
その言葉の続きが、大好きだ・・・・となればここから二人の恋愛譚になるのだろう。
だがこの二人の物語はそうはいかなかった。
何でもありの喫茶店、バンバンジー。
メイドもいれば執事もいる・・・店長は適当極まりないし、勤務中に客と一緒に席に座る店員もいる。
そんな喫茶店に・・・普通の可愛い店員やイケメンの店員がいるとでも?
ケイさん(ルリちゃん)・・・本当に俺の(私の)憧れる姿そのものだなぁ・・・・・
そう、ルリとケイの憧れとはそのまま同性としての憧れだったのである。
ルリ・・・本名瑠璃藤朱音、性別男。
ケイ・・・本名羽衣恵、性別女。
朱音は男装した恵、ケイが自らの憧れであった。
逆に恵は女装した朱音、ルリに憧れていた。
それぞれが望んでいた男性の、女性の理想像そのものがそれぞれの男装姿であり女装姿であったのだ。