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「お帰り」
「ああ」
「あっ! シーラさん。帰ってたんですね」
「久しぶりだね、エダちゃん」
「うほっほ」
「ジェリコもひさしぶり。ほら、お土産の干し果物盛り合わせだよ」
「ほっほーー」
そういえば、シーラがシーラの姿でエダと会うのはいつ以来だろうとレカンは考えたが、思い出せなかった。
「ちょうどお茶が入ったところだよ。飲もうかね」
「シーラさんのお茶はおいしいから、大好きです」
「エダ」
「うん?」
「お前、しゃべり方を変えたか?」
「うん。もう無理しなくていいかなって」
「無理とは?」
「無理に冒険者っぽい話し方をしなくていいかな、って思って」
(あの奇妙なしゃべり方は、作ったしゃべり方だったのか)
(どうしてあれが冒険者っぽいと思えたのかがわからんが)
シーラの茶はうまかった。
しみじみ疲れがとれる味だった。
「うまくいったね」
「シーラさん、知ってるんですか」
レカンとエダは、神殿からまっすぐにここに向かった。
ところがシーラは、神殿で何があったかを、すでに知っているようだ。
「ただね。強制しないってのがくせ者だね」
「そうですね。副神殿長さんは、もう二度と誘わない、とは言いませんでしたね」
エダがそう言ったので、レカンはちょっと感心した。
そこに気づくようなら、ちゃんとあのやり取りを理解していたことになる。
「レカン、よく頑張ったね。ご苦労さん」
「ああ」
「だけど、最後にゾーグス神像を壊しちゃったのは、まずかったね」
「ああ」
「おかげで無償奉仕をしなくちゃならなくなった。九回もね」
「ああ」
「あんた、馬鹿だね」
「…………」
「シーラさん、孤児院の仕事って、無償なんですか?」
「今回の場合はそうだろうね。仕事じゃなく奉仕さ。レカンが神殿の孤児院に無償奉仕することで、神殿を敬ってるってことになるのさ」
「そうなんですね。ところで、ニケさんは?」
「ニケはあたしが用事を頼んだんで、しばらく町を出てる」
「シーラ。訊きたいことがある」
「何だい」
「オレとエダが神殿に行く必要があったのか? オレが迷宮踏破者であることと、オレとエダが町を出れば、ニケとシーラも町を出るということを神殿に伝えれば、それですんだんじゃないのか?」
「レカン」
「うん? どうした、エダ」
「あんたとあたいが町を出たらニケさんも町を出るとは言ってくれた。でもシーラさんは、そんなこと言ってないよ。副神殿長はそんなこと言ってたけど、あたいたちは、このことをシーラさんと話し合ってさえいない」
「お前」
「うん?」
「急に頭がよくなったな」
「エダちゃん。それはニケからあたしが事情を聞いて、副神殿長に伝えたのさ。レカン、それじゃだめだよ」
「何がだ」
「それじゃ、カシス神官が収まらない。自分が目をつけた〈回復〉持ちの勧誘を禁じられてしまうんだからねえ。その場合、あんたやエダちゃんの弱みを探し、からめ手で、じわりじわりと攻めてきただろうよ。そういうのとやり合うの、あんた、きらいだし苦手だろう?」
「きらいだし苦手だ」
「あの手合いはね、裏でごちゃごちゃやらせたら、そりゃあもう面倒なんだ。だから手っ取り早く、怒らせて、ぼろを出させてたたきつぶすのが一番いいのさ」
「オレが行けば、やつが怒ってぼろを出すと思っていたのか」
「そりゃ、そうなるだろうさ。あんたは神官の権威なんかへとも思っちゃいないし、カシス神官のような種類の聖職者は、自分を敬わない人間を許せないからね。冒険者なんかはごみくずだと本気で思ってた。だからあんたには、最初っからなめきった態度をみせただろう?」
「副神殿長とのあいだで打ち合わせができていたわけか」
「あのばばあは、能力は高いくせにめんどくさがり屋でね。でも、今回はドブネズミを檻に入れる絶好の機会だからってんで、協力してくれたんだよ。といっても、カシス神官は、悪評もあったけど、神殿への貢献度も高いし、いろいろ人脈もある。後始末は大変さね」
「シーラ」
「何だい?」
「知覚系魔法に〈遠耳〉というのがあったな」
「あるね」
「どのぐらい遠くの物音や会話が聞けるんだ?」
「普通は隣の部屋とかの会話を聞ける程度だね。砂漠のなかで人がいない所なら、何千歩も先の声が拾える場合もあるけどね」
「歴史上最も優れた魔法使いなら、ここから神殿の会話を聞けるかな」
「その魔法使いが神殿の位置や形を正確に把握してたらできるかもしれないね」
「なるほど。ところでカシス神官は追放されるのか」
「なんでそんな危険なことをしなくちゃならないんだい。あんなものを野放しにしちゃいけないよ」
「ということは、この神殿で飼い殺しにするのか」
「そうだろうね」
「そうだ。訊きたいことがあったんだ」
「へえ?」
「オレは、何十本もの〈火矢〉を同時に撃つことができた」
「みてたよ」
「なに?」
「あんな馬鹿げたものをみたのは久しぶりだ。星々でも撃ち落とすつもりだったのかい?」
「だが、ちゃんとした撃ち方がわからない。イメージがつかめないんだ。あれの撃ち方を教えてほしい」
「うーん。あれをねえ。まあ、いいか。近いうちに教えたげるよ。それより、あんたたちのこれからのことだ」