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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第11話 ケレス神殿
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 石段の上に、三人の神官が立っている。

 中央に立っている神官は老人で、立派な服を着ている。

 右側はパジール神官だ。首飾りを着け、杖を持っている。

 左側にいる小柄な女性神官を、レカンは知っている。孤児院の院長だ。前に会ったときと同じ、質素な服を着ている。

「カシス神官。神殿長に断りなく神殿騎士や神殿兵まで駆り出して、いったい何をしていたのかしら」

「副神殿長。私は私の判断で、神のみつとめを果たしていたのですよ」

「そのみつとめとは何ですの」

「あなたと私は同格の三級神官。問い質される覚えはありませんな」

「これは神殿長のご意志のもと、お訊きしているのですよ。そうですね、神殿長」

「うむ」

「答えてくださいな、カシス神官」

 では、あの老女神官は副神殿長だったのだ。いつもの、やさしげでおっとりとした雰囲気はそのままだが、何かしら今日のたたずまいは威厳のようなものを感じさせる。

 カシス神官は、憎しみにゆがんでいた表情を、ふくよかで人のよさそうな笑顔に変えた。見事な芸である。

「神殿長、お喜びください。わがケレス大神の祝福を受けた、新たな〈回復〉持ちが誕生しました。ところがこの大男が、〈回復〉持ちの少女を誘拐して、そのまま町を出ようとしている。ですから私は、神殿騎士と神殿兵に、少女を助けるよう命じたのです」

 エダは、何を思ったか、後ろからレカンに抱きついた。

「少女はずいぶん大男になついているようねえ」

「脅されているに決まっているでしょう! この大男がどんなやつか、みればわかるではないですか! 荒くれ男だ! 無法者だ! 神を神とあがめることを知らず、人の情など持たない男だ! 生きる価値などない、ごみくずのような男だ!」

 カシス神官が感情を爆発させた。少しレカンがいじめすぎたかもしれない。

 突然まくしたてられた言葉の勢いに、後ろで見物していた参拝者たちのざわめきは、ぴたりと止まった。

「ちがう」

 ぽそりとつぶやいた者がいる。その男は、周りの視線を集めてしまい、あわてて手を口にあてた。

「ドニさん。何がちがうのですか?」

 副神殿長に優しくうながされ、調教師のドニは、ぼそぼそとしゃべった。

「れ、レカンさんは、やさしい人です。ぼくはパレードを森に逃がそうとしたけど、レカンさんは、パレードにとっての本当の幸せは何かを考えろと言ってくれました。そしてパレードを鍛えてくれました。だからパレードは勝てたんです。レカンさんは、しなくていい面倒を買って出て、ぼくとパレードを助けてくれたんです。み、みかけは魔王みたいだけど、レカンさんは心の温かい、本当に素晴らしい人です」

「そうなのね。よく教えてくれました。ザカルさん。あなたも言いたいことがあるようね」

「えっ? おいらですか。いえ、あの。その黒い大きな冒険者さんは、フォベアじいさんの家を片付けてくれた人です。おいら、みてました。誰も動かせなかった大きなたくさんの石を、たった四日ほどで全部きれいに片付けちまった。奉仕依頼の安い報酬で。近所のもんは、みんな感心してます。冒険者にも、あんないい人がいるんだなって。か、顔はこわいけど」

「そうですか。よくわかりました」

「だ、だまされているんだ! 脅されているんだ! そうでなくても、そんな愚かでくだらんやつらの証言に、意味などありはせん! レカンは人でなしだ! 聖職者への礼節など知らん男だ!」

「いいかげんにしなさい」

 副神殿長が凛とした声を発した。

「カシス神官。あなたは、ケレス神殿法第三条を知っていますか」

「無礼な! わしは神殿法のすべてをひと言のまちがいもなく覚えておる!」

「では暗唱しなさい」

「〈ケレス神殿は、他の祝福を祝福する〉! どうだ! これで満足か!」

「その条文の第一解釈は、他の神殿と争わないということです。これは今はいいです。第二解釈は、領主の権限を侵さないということです。エレクス大神に授けられた王権によって定められた領主と争うことは、ケレス神がお喜びにならないからです」

「そんなことは、今さら講釈してもらうに及ばん!」

「では、二度にわたってこの町を救い、領主の推薦によって冒険者協会から金級を授けられた冒険者を、あなたは何の権利があって町から追い出すのですか」

「…………は?」

「冒険者レカンと冒険者エダは、金級冒険者ニケと三人でパーティーを組んでいます。レカンさんとエダさんが町から出ていかなくてはならなくなったら、ニケさんも町を出ます。領主に何の断りもなくこの町唯一の金級冒険者を排斥する行為は、明らかに神殿法第三条第二解釈に抵触します」

「ま、待て」

「第三解釈は、冒険者と争わないということです。神の恩寵があふれる迷宮を探索して、恩寵の品々を地上にもたらす冒険者は、神に祝福された存在であり、地上の法とは別の領域で生きているからです。今まで神殿がどれほどの犠牲をはらってこの第三解釈にたどり着いたか、あなたはご存じないのかしら」

「ちがう! それはちがう! 第三解釈が適用されるのは、ごく一部の本当に力ある冒険者だけだ! 迷宮の深層を探索する真に強力な冒険者だけだ!」

「〈炎槍(バンドルー)〉」

 石段の左側の巨大な魔獣の石像が、台座だけを残して消し飛んだ。

 レカンのしわざである。

「ば、ば、ば……ばかな」

「あらあら、すごい破壊力ね。魔法の防御もものともしていないし。それに準備詠唱なしですか。とんでもないわねえ。レカンさんが本気になったら、この神殿も、あっというまに瓦礫にされそうね」

「ああ」

「でも、今のは余分だったわね」

「…………」

「カシス神官。レカンさんは、ゴルブル迷宮を二度踏破して、迷宮の主から金ポーションと〈ハルトの短剣〉を得た凄腕冒険者よ。しかも二度ともソロだったの」

「な、な、な」

「そんな強力な冒険者を敵に回すことは、明らかに第三解釈に抵触します」

 口をぱくぱくさせるカシス神官に、副神殿長は、さらにたたみかけた。

「エダさんが、ケレス神に祈ったことも、神殿に足を踏み入れたこともないことからすれば、エダさんの力はケレス神の祝福ではない可能性が高い。にもかかわらず、あなたはケレス神の祝福だと決めつけた」

「し、神官による合議だ」

「そして当人が神殿への所属を拒否すると、家族がどうなってもいいのか、友人もこの町にいられなくなるぞと脅しをかけた」

「そ、それは、周囲から説得してもらうという意味だ。それに、才能ある〈回復〉持ちの保護は、神殿の義務であり権利だ」

「カシス神官」

「なんだ」

「レカンさんを神殿が町から追い出すなら自分も町を出る、と薬師シーラさんがおっしゃっています」

 これを聞いて、カシス神官も驚きを顔に浮かべたが、神殿長とパジール神官も、ぎょっとした顔をした。

「何事にも手回しのいいカシス神官なら当然調べてると思うけど、レカンさんは、この町ではじめてシーラさんが弟子にした人よ。とっても目をかけていて、今秘伝を伝授している最中なの。シーラさんが町を去れば、シーラさんの薬が薬屋に卸されることもなくなる。そうなれば、薬屋たちが献納してくれている薬もなくなるか、質や量が落ちる。神殿の体面にも大きな傷がつくし、施療活動は深刻な打撃を受けるわね。町の有力者たちの怒りも買うことになる。これほど大きな不利益を、神殿は我慢できない」

 もはやカシス神官の顔は蒼白だ。

「神殿長。ご判断を」

「うむ。カシス神官の神官位を一時的に剥奪する。正式の処分は神官会議で決める。神殿兵は、カシス元神官を拘束せよ。法具はすべて取り上げるのじゃ。わしが許可する者以外と面会させてはならぬ」

 神殿兵たちがカシス神官を連行していった。カシスの顔は、ひどく老け込んでみえた。

 それをみおくってから、副神殿長は、悪意のまったく感じられない笑顔をレカンに向けた。

「さてと、レカンさん」

「うん?」

「神殿があなたとエダさんに働いた失礼をおわびするわ」

「その謝罪は受け取った」

「でも神殿は、そんなに恐ろしい場所じゃないのよ。〈回復〉持ちを集めているのは確かだけど、所属したからといって監禁するわけじゃないし、やめたいといえばやめられるわ」

「そうか」

「でも今回の神殿のやり方は、ちょっとやり過ぎだったわね。今後、当神殿は冒険者エダに対し、所属するよう強制しないことを、お約束するわ」

「それは助かる。配慮に感謝する」

「ところで、あなたは今ゾーグス神の神像を破壊してしまった。これはまずかったわ」

 レカンが魔獣の像だと思ったものは、神像であったらしい。

「みなさい。守護神を壊されて、ドニさんが悲しんでいるわ」

「あれは魔獣の像だと思った。何の神の像だったんだ?」

「あらあら。そこからなの。魔獣神ゾーグスよ。あらゆる動物の繁栄と幸福を支えみまもる神なの」

「そうか。それは知らなかった。神像を壊したことは謝罪する。新たに像を造る経費は献納させてもらう」

「謝罪は受け取ったわ。献納は喜んで受け取ります。でも、お金の問題ではないのよ。このままでは、冒険者レカンは、ケレス神殿の神聖を認めず、神殿の活動に不満を持ち、神像を破壊するという冒瀆を行って悔いもしない不敬の徒ということになり、ケレス神殿は、神殿長と副神殿長まで出ていながら、冒険者レカンの誤解を解き悔い改めさせることもできなかった、ということになってしまうわ」

「どうすればいい」

「そうねえ。九日間の奉仕を命じます。孤児院でのね。こどもたちが、あなたを待ちわびているの。奉仕日はあなたの好きにしていいわ」

 そんな目に遭うぐらいなら、このまま町を出たほうがましだ、とレカンは思った。

 しかし、その場合、エダは責任を感じてしまうだろう。

 それに、シーラが町を出る理由がなくなった。となると、レカンもこの町にとどまらないと、薬のわざを学ぶことがむずかしくなる。

「……承知した」

「そう。よかったわ。こどもたちも大喜びね」

 副神殿長は、にっこりと皺だらけの顔をほころばせた。

「第11話 ケレス神殿」完/次話「第12話 施療師ノーマ」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  レカンのしわざである。 「ば、ば、ば……ばかな」 「あらあら、すごい破壊力ね。魔法の防御もものともしていないし。それに準備詠唱なしですか。とんでもないわねえ。レカンさんが本気になったら、…
[気になる点] 神殿ゴミすぎ…実力行使して一言謝罪で終わり。自己に優しく他人には厳しい処分。武力して殺人未遂なのに管理者は責任取らないのね。
[一言] 「これほど大きな不利益を、神殿は我慢できない」 こういう、ビシッと〆られる言い回しがとても綺麗です 6周目ですが楽しく読んでいます。
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