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目を覚ました。
たき火は燃え尽きておらず、肉も焦げ落ちてはいない。
意識を失っていたのは、わずかな時間のようだ。魔力も多少回復している、魔力回復薬の効果が残っていたのだろう。
それにしても、意識を失うほど魔力を使ってしまうとは不覚だった。
よく焼けた肉をかじりながら、この二日間の練習の成果を振り返ってみる。
やはり基本の練習が大事だ。それを痛感した。
〈灯光〉の練習を繰り返すことで、左手での魔力の扱いが格段に上達した。また、左手を伸ばして〈火矢〉を撃つ精度と速度を高めることで、自然に曲げた指から難なく火矢を発動できた。
むずかしくて複雑なことをうまくなりたいときは、それを簡単で単純なことに落とし込んで、徹底的に磨き込んでゆくべきなのだ。
それから、着想というものが大事だ。
〈火矢〉などという魔法は、初心者か魔力量の少ない魔法使いしか使わない魔法だと、軽くみていた。だが、そんなことはなかった。レカンの魔力量であれば、青の大ポーション一個で、一度に千本の〈火矢〉を使うこともできるようになるだろう。それは、ぞくぞくするほど楽しい想像だった。もちろん、〈火矢〉は貫通力が弱く、たとえ千本同時に撃てても、迷宮深層の魔獣には通用しないだろう。だが、人間相手の面制圧には有効だ。戦い方がうんと広がる。〈炎槍〉にも、別の使い方があるかもしれない。いずれにしても、使い方を工夫することで、魔法の可能性はどんどん広がってゆく。
着想を実現するための実験と練習も大事だ。いきなり本番で百本の〈火矢〉は撃てない。実際に撃ってみて、より効果の高い使い方を練り込んでゆかなくてはならないし、実戦で使うためには技術も磨いておかなくてはならない。
ただし、実験のほうはともかく、そうした特殊な使い方の場合、練習のほうには、あまり力を入れてはならない。基礎と応用編の練習比率は、八対二か、九対一でいい。変わった使い方ばかりを練習しても、すぐに魔力も枯渇するし、魔力制御が上達するどころか、逆に荒っぽくなるように思える。そうでなくても、自分は魔法の初心者なのだ。なめらかで確実な魔法の行使を、体にたたき込まなくてはならない。
ふと思いついた。
シーラから教わった魔法は、すべて体全体で魔力を練ったあと、腕に魔力を集めて実行する。〈灯光〉〈光明〉〈着火〉〈火矢〉〈炎槍〉のような光熱系の魔法も、〈鑑定〉のような知覚系の魔法も、〈引寄〉〈移動〉〈浮遊〉のような魔法も、すべてがそうだ。シーラ自身、〈移動〉を使うときには手をかざしているし、〈光明〉や〈浮遊〉では手をかざさないが、明らかに右手から魔力を放出している。
迷宮で使う〈階層〉と〈転移〉は腕に魔力を集めたりしないが、そもそもあれは正確には魔法ではない。技術ですらない。呪文さえ唱えれば魔力のない人間にも使えるわざだ。
ところが、〈突風〉はちがう。
これは、もといた世界で身につけた能力だ。練習によって獲得した技術ではなく、迷宮で獲得した技能だ。
〈突風〉の発動では、魔力を腕から放出したりしない。体のなかで魔力をぐるぐる回したこともない。ただ呪文を唱え、発動させる。
もしかしたら。
レカンは、目の前の何もない空間に意識を集中した。
魔力を体内で練ることはせず、起こるべきことをイメージした。
「〈火矢〉」
何もない場所から〈火矢〉が生まれ、たき火に突き刺さった。
火のついた枯れ木が、真っ二つに割れた。
「できた」
発動も遅い。
威力も弱い。
それでもこれは、この世界に生まれたまったく新しい魔法なのかもしれなかった。
5
朝起きるなり、魔法の練習を始めた。
今のレカンは、魔法の練習が楽しくてたまらない。魔力量に恵まれたことを、あらためて感謝した。
この日は、たくさんの〈火矢〉を同時に発動する練習はしなかった。しようにも、うまくイメージすることができなかったのだ。
百本の〈火矢〉と、口でいうことはできても、生々しく心に思い描くことはむずかしい。百とはどんな数なのか。それが同時に発動されるとは、どういう状態なのか。どうにも練習の進めようがわからなかったのである。
その代わり、左手で素早く〈炎槍〉を撃つ練習をした。
〈皺男〉を一撃で葬ったような、本当に威力のある〈炎槍〉は、右手で撃てばいい。
左手で撃つ〈炎槍〉は、剣で戦っている最中か、その戦いが膠着したときに使う攻撃だ。近距離かせいぜい中距離で使うことになる。威力は大きくなくていいし、精度もそれほど気にする必要はない。必要なのは発動速度の速さと確実さだ。迷宮の深層で戦っているときに、発動すべき魔法が発動しないというようなことがあれば、命に関わる。
まず右手で剣を振り、実戦のときに左手がどういう動きをしているかを確認した。
次に、その動きのなかで、左手の手のひらに〈灯光〉を発動させる。
次に、左手を前方に突き出し右手で支え、〈炎槍〉をイメージしながら〈灯光〉を発動させる。何度も何度も。より素早く、より確実に。
この三つの動作を、繰り返し繰り返し行った。
そして最後に、実際に剣を振る動きのなかで〈炎槍〉を発動させてみた。
かなり満足のゆく結果が出た。
昼食にしようかと思ったころ、〈生命感知〉にニケの気配が表示された。