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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第10話 ザイカーズ商店
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10


 ぱちぱちと火がはじける音で目を覚ました。

 たき火だ。

 森だ。

 夜のはずなのに、明るい。

 いくつもの〈灯光〉が浮かんでいる。

 人間がいる。二人だ。

 ニケとエダだ。

「起きたのか? レカン! 起きたのかい?」

 エダだ。

 やかましい女だ。

 そのやかましい女が泣きながらすがりついてきた。

「よかった。ほんとによかった。あんたが死んでしまいそうになって、あたい、あたい」

「やかましい」

「いったいどうしたっていうんだよ。あんたは誰にも負けないだろ? あんたは誰より強いだろ? そして憎たらしくって、ふてぶてしくって」

「重たい。どけろ」

「いつも偉そうにしていて、何が起きても動じないで」

「オレの首に、鼻水をこすりつけるな」

「どんな敵が現れても、平然として踏みつぶしていくんだ」

「踏みつぶすことはめったにない」

「苦しくても、胸を張って、自分のやり方を変えないで」

「…………」

「あたい。あんたがうらやましくて」

「ほんとにいいかげん、どけろ」

「あんたのように強い冒険者になりたいって思ったんだ。そうしたら、あたいも」

「…………」

「そうしたら、あたいも、誰にもばかにされず、誰からもこづき回されず、生きてゆけるって」

「……そうか」

「それに、あんたはやさしいから」

「お前には冷たいぞ」

「冷たそうにみえても思いやりがある。不公平なこと、不公正なことを、あんたはしない」

「勘違いだ」

「いやらしい目であたいをみたりもしない」

「…………」

「あんたは、ほんとの男だ。あんたこそ、ほんとの冒険者だ。だから、あんたと一緒にいれば、あたいも変われるんじゃないかって、そう思って」

「…………」

「死ななくてよかった。ほんとによかった」

 エダはレカンの首にますます強くしがみついてきた。

 涙を流しているのが感触でわかる。

 ひどく居心地の悪い状況だったが、さすがのレカンも、エダを力ずくで引きはがそうとはしなかった。

「レカン」

 ニケの声だ。

「あんたはエダに、礼を言わなくちゃいけない」

「うん?」

「あんたは、呪いつきの恩寵品にやられて、死ぬところだった」

「呪い……だと?」

 それはおかしい。

 レカンは銀の指輪を装備している。この指輪には、〈状態異常耐性〉〈毒耐性〉〈呪い耐性〉が付与されている。呪いにはかかりにくいはずだ。

「呪い耐性無効と毒耐性無効って呪いさ。そして毒も塗られてた。〈五頭大蛇(ザルゴズテラー)〉の毒さ。おっそろしく希少で、目の玉が飛び出るような値のつく猛毒だね」

「そうか」

 レカンが持つ指輪の〈呪い耐性〉では、その恩寵品の〈呪い耐性無効〉に抵抗できなかったのだろう。相反する効果がぶつかるときには、威力の大きいほうが勝つ。あたりまえのことだ。

「〈斑蜘蛛(ハドリン)〉の糸に恩寵品の短剣を結び付けた暗器だね。いやらしい武器だ。使いこなすのは、相当にむずかしいだろうけどね」

「待て。呪いにかかったオレを、エダが助けてくれたのか?」

「そうさ。必死に〈回復(キリーム)〉をかけ続けたのさ」

「〈回復〉では呪いは解けないと、あんたに教わったが」

「そうさ。ふつうは〈回復〉じゃ、呪いは解けない。でも、解ける場合がある」

 レカンは、その先を聞きたくない気がした。だが、聞かずにすますことはできないと知っていた。

「どんな場合だ」

「使い手が〈浄化(フィーラ)〉の才能を持っている場合さ。そういう使い手が、呪いにやられた患者に必死で〈回復〉をかけると、〈回復〉に〈浄化〉の効果が加わることがある。めったにないことだけどね」

 ニケにも〈浄化〉は使えるはずだが、使えば本人が滅びてしまう。

 ということは、ここにエダがいなければ、そしてエダが眠った才能を覚醒させてくれなければ、レカンは死んでいたのだ。

「それと毒のほうもね。あたしが緑ポーションを持ってたから飲ませたけど、たぶんエダちゃんの〈回復〉のほうが毒にも効いてる。たいした()だよ、ほんとに」

 緑色のポーションの効果は解毒だ。だがそれよりもエダの〈回復〉のほうが効いたという。〈回復〉は、毒によってもたらされた症状に対しては効き目があるが、毒そのものを消す効果はない。〈浄化〉にはある。

「レカン。あんたほどの冒険者でも、死ぬときは死ぬ。恩寵品には妙な効果があるものがあるから、油断ならないんだよ」

「肝に銘じる」

「暗殺者と木立のなかで戦ったのは、なぜなんだい」

「……そうだな。広い場所に誘い出すべきだった」

「あんた、高精度の探知能力を持ってるみたいだし、素早いから、狭い場所での乱戦は得意だろ?」

「ああ」

「その自信があんたを滅ぼすよ」

「ニケさん。もういいじゃないすか。レカンも反省してるっす」

「エダちゃんがそう言うなら、今夜はこれで勘弁してやろうかね」

「恩に着るっす」

「腹が減ったね。飯にしようかね」

「それがいいっす」

 レカンはまだ少しぼんやりする思考のなかで、左手で自由に〈炎槍〉を操れるようになる必要がある、と考えていた。考えてみれば、右手でしか精度の高い〈炎槍〉を使えないのでは、せっかく剣と魔法が両方使えるメリットがない。

 それから、呪いに抵抗できる装備がいる。できるだけ早く手に入れなければならない。

 〈ザナの守護石〉を装備すれば、〈呪い無効〉という効果がある。この石の性能からして、相当に強力な効果だと考えられる。しかし、普段はこの石を装備せずに地力を上げていくつもりなのだ。だから、ほかに呪いに抵抗できる装備が欲しい。

 レカンがもといた世界では、呪いというのは手間暇のかかるものであり、かけられそうになれば気づくことが多かった。その効果も、それほど恐ろしいものではなかった。少なくとも、レカンが出遭った呪いはそうだった。

 だから、あまり呪いに対抗する装備や術には興味がなかった。こちらに来るときにも、銀の指輪以外、そういう物は所持していなかった。

 だが、こちらの世界では、ちょっとようすがちがうようだ。

 即効性のある呪いがあたりまえに存在するようだし、その効果も強力だ。

 それにしても、〈呪い耐性無効〉などという呪いがあるとは。


11


 倒れていたのはわずかな時間だった。

 戦闘が終わってすぐに、ニケとエダは駆けつけてくれたし、治療に要した時間も、そう長くはなかったようだ。

 食事のとき、ひどく頬と口のなかが痛んだ。手をあててみれば、大きな傷痕が残っている。しかしここはもっとひどく切り裂かれていたし、骨までがむき出しになって削られていたはずなのに、それほど大きな傷ではない。

「エダちゃんのおかげさ。あんたの頬を、丁寧に丁寧に、何度も何度も治療したのさ」

「そうか、エダ。ありがとう」

「えへへへへ」

「今日明日のうちに、少しずつ時間をあけて、何度もかけ直してみるといいよ。たぶん完全に傷痕は消える。エダちゃんのいい練習になるしね」

「えへへへへ」

「〈回復〉についちゃあ、もうレカンよりエダちゃんのほうが上だね」

「えへへへへ。あっ、そうだ。二人とも、聞いてほしいっす」

「何だい、エダちゃん」

「名前つけたらいいと思うんすよ、このパーティー」

「ああ、そりゃいいね」

「いるのか、名前なんて」

「依頼を受けるときでも、個人名じゃなくパーティー名で受けることができるようになるしね。何かと便利がいいよ」

「ふむ」

「それで、エダちゃん。何かいいパーティー名を思いついたのかい?」

「これ、どうかと思うんすよ」

 エダは、懐から大事そうに小さな袋を取り出した。そのなかから出てきたのは、小さな小さな石ころだ。

「これは、〈虹石(ウィラード)〉だね」

「〈幸せの虹石〉っす」

「ウィラード?」

「ウィルの〈(アード)〉さ」

「石はわかる。ウィルとは何だ?」

「雨のあと、空にかかる七色の発光現象さ」

「ああ、なるほど。(ウィル)か。〈虹石(ウィラード)〉だな。わかった」

「白乳石に、赤や緑の鉱石が混入してできるものなんだけどね。これは赤、オレンジ、黄、緑、青、紫と、奇麗にそろってるねえ。白を入れると七色だよ。ふうん。ちょっと珍しい石だね」

「〈幸せの虹石〉っす」

「それはいったい何なんだい?」

「これを持ってると、いいことがあるんす」

「誰かからもらったのかい?」

「父ちゃんが母ちゃんにあげて、あたいは母ちゃんからもらったっす」

「それで、お前のおやじと、おふくろと、お前は、幸せになったのか?」

「そうさ。父ちゃんは母ちゃんと結婚できた。母ちゃんはあたいを産んだ。あたいは、レカンとシーラとニケに会えた」

 それ、三人のようにみえて、実は二人だぞ、とレカンは思ったが、口にはしなかった。

「なるほどねえ。縁起のいい石なんだね。よし、いいじゃないか。〈ウィラード〉が、今からあたしたちのパーティー名だよ」

「やったー! やったっすっ」

「エダ」

「うん? 何だい、レカン」

「お前、何歳だ?」

「え? 十四歳だよ」

「ええええっ? ほんとかい、エダちゃん」

「ほんとっすよ」

「せいぜい十五歳ぐらいにしかみえないと思ってたが、十四歳だったか」

「ちょっとお待ち。十四歳じゃ、冒険者章は発行してもらえないだろ?」

 貴族は十四歳で成人するが、平民は十五歳が成人である。

「あ、冒険者協会じゃ、十五歳ってことになってるっす」

「あきれたねえ」

「お前の父親は、もう死んでるんだな」

「うん」

「母親は、存命なのか?」

「ぞんめい?」

「生きてるのか?」

「いや。母ちゃんが死んで、村長のぼんくら息子に乱暴されかかったんで、ぶんなぐって村を出たんだ」

「チェイニーの馬車の護衛を、オレと受けたな」

「うん」

「あれは、何度目の依頼だったんだ?」

「最初の依頼さ!」

 どうして胸を張って言えるのか。

 レカンは、少し頭が痛くなった。

「ふうん。ほんとにエダちゃんの石は、幸運を呼ぶ石かもしれないねえ」

 こんな世間知らずで、力も知識も後ろ盾もないわずか十四歳の娘が、一人っきりで村から出てきて、だまされもせず、悲惨な目に遭うこともなく、今やいっぱしの冒険者として地位を築きつつある。〈イシアの弓〉という魔道具も借りられたし、魔法の師匠にも出会えた。幸運以外のなにものでもない。

「やっぱり、そうっすか! そうっすよね!」

「お前、絶対意味わかってないだろう」

「いいんだよ! あたいは幸運で、だから今幸せなんだ」

「そうだね。それが大事だね」

「はいっ」

「頭が痛い。オレは寝る」

「あ、寝る前に〈回復〉かけてやるよ」

「……頼む」

 寝ながら考えた。

 あの襲撃は何だったのかと。

 ザックは、レカンとの対談に、ドボルを同席させた。

 それはレカンが父親のかたきだと教えるためだろう。

 その結果、ドボルはギドーを伴ってレカンを襲った。

 襲わせるために同席させたのだろうか。

 それとも、レカンが父親のかたきだと知っても動じないほどの覚悟がなければ、これから先やっていけないと思っていたのだろうか。

 わからない。

 判断できるほどの材料がない。

 一つはっきりしているのは、これでレカンがザックに雇われる上での支障がなくなったということである。

 ザック・ザイカーズは、好き嫌いではなく、損得で物事を判断する。レカンとのあいだにどんないきさつがあったとしても、レカンが役に立つかぎり、相応の報酬を払うだろう。

 もしかすると、マラーキスが死んだあと、ドボルをもてあまして、レカンに始末させたという可能性も、なくはない。

 いずれにしても、血も涙もないやり方である。

 ただし、冒険者の雇い主としては、血も涙もない人間というのは、悪くない。逆に、情に厚い雇い主は、関係がうまくいっているあいだはよいが、好きが嫌いになったときには、きわめて厄介なことになる。その点、血も涙もない人間は、状況や関係が変化しても、約束は守る。もともと約束で縛り合うだけの関係なのだ。

 もっとも、ザック・ザイカーズには強い情がある。領地と財産を殖やし栄えさせていきたいという、強い思い入れがある。強い情を持つ人間は、時に理屈を超えた行動をとることがある。

 レカンはザックが好きではない。おそらく今後も、ザックの依頼を受けることはないだろう。しかし直接チェイニーに害を及ぼすことでなければ、報酬次第では一度か二度依頼を受けてもいい、というほどには、ザックのことが理解できた気がした。そのときにザックは、今回のドボルの襲撃についてのわび金も払うだろう。

 それをレカンに理解させた点で、今回の邂逅は、ザックの勝ちだ。

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― 新着の感想 ―
えぇー!今のところエダというキャラは読んでる人に好かれる要素が無くヘイトコントロールをミスっていて 今回の依頼で何かしら本人もしくは周囲が痛い目にあいエダが反省するという流れがあるとばかり… そしてそ…
どんなに育てたキャラでも死ぬ時は死ぬんよ! ハクスラでハードコア、ハラハラして好きよ。
思い返すと14歳のころの自分なんてこんな立派じゃなかったですよ、今でもクソガキみたいなもんですけどね
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