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「いや、まさかレカンさんが、ゴルブル迷宮初の踏破者だとは存じませんでした」
昨日と打って変わって愛想のよいドボルが、笑顔を貼り付けた顔でレカンに話しかける。
ここは街道をはずれて山に入る、その入口だ。今、一行は小休止をとっている。
「それにしても、優秀なお仲間がおられたのですね。ニケさんもご一緒だったのですか?」
「いや、あたしは一緒じゃなかったよ」
「ほう。すると、ほかのお仲間は、どこにおられるのですかな?」
何気なくエダを可能性の外においているのは失礼といえば失礼だが、まったく正しい。
「さあな」
ドボルが急に愛想よくなった理由には、見当がつく。
昨日、会食のなかで、レカンは、ある情報を得た。〈破砕槌〉のブフズは、以前ゴルブル迷宮に潜っていたというのだ。第二十一階層の皺男や、第二十二階層の蔓蔦樹を大量に狩っていたという。手ごわい敵であり、あれを思いのままに狩るには、すさまじい戦闘力が必要になる。
ブフズには、チェイニー商店の馬車をバンタロイに護送する仕事の最中に襲撃された。チェイニーからの情報によれば、それはザック・ザイカーズの差し金であるという。
レカンは直感した。
(ザイカーズ商店は、この迷宮都市でブフズとつながりを持ったのだ)
迷宮の深層に潜る冒険者を雇うには大金がいる。だがそういう腕利きをぜひ必要とする場面もある。特に後ろ暗い仕事をして暴利を得ている商人なら、そういう場面は多いだろう。
レカンに仲間がいると思い込んで、その仲間のことを知りたがるというのも、いざというとき使い物になる腕利き冒険者とつなぎをつけておきたいからだ。
ドボルは、作り物の笑顔がうまい。もしこちらを先にみていたら、さぞ人のよい好人物だと思ったことだろう。
突然、レカンはドボルが誰に似ているのか思い出した。
だが、そうだとすると、ドボルがレカンに愛想よくするのはふに落ちない。
ザイカーズ商店の、ヴォーカ支店臨時支店長というような地位にある人物が、あのことを知らないというようなことがあるだろうか。
「ところでレカンさん。ザイカーズ商店はヴォーカの町からいったん撤退しましたが、もちろんヴォーカの町と縁が切れるわけではありません。関係する商店がいくつもありましてね。そういうところを通じて、またお仕事をお願いすることもあると思います。どうぞ今後はご懇意に願います」
「ああ」
レカンはゴルブル迷宮踏破者なのだから、その戦闘力は折り紙付きといっていい。いざというときの有力な手駒になると考えているのだろう。
この日の野営は、全員が同じたき火を囲むことになった。なんと食材は、全部ドボルが提供した。不寝番も、六人で分担するよう、ドボルは指示を出した。
「エダさんよう。今日、蜘蛛猿を仕留めたわざは見事だったなあ」
「あれが噂の魔弓かい」
「すまねえが、後学のために、あの魔弓をみせちゃもらえねえかなあ」
ノーズとリッツとヌメスは、この夜、しきりに〈イシアの弓〉をみたがった。
エダは、最初断っていたが、ノーズのおだてに乗って、魔弓を箱から取り出しかけた。
「エダちゃん。〈イシアの弓〉の持ち主はレカンだ。あんたは借りてるだけだ。人にその弓をみせるなら、レカンの許可をもらわなくちゃいけないよ」
「え? あ、そうか。悪いな、ノーズ。レカンの許しをもらってくれ」
「え?」
ノーズの凶悪な顔に、少し間抜けな表情が浮かぶ。リッツとヌメスも、言葉を失っている。
「あ、あのよう」
ノーズがレカンに話しかけようとする。レカンは右目に殺気を込めた。
「い、いや。何でもねえ」
諦めたようだ。レカンはまだこの連中に戦闘力をみせてはいない。だが、レカンが放つ威圧感を感じ取れないほど鈍感ではないし、何より、迷宮踏破者だと知って、恐れを感じているようだ。
翌日も山の中で野営した。旅程は順調であり、これが最後の夜となる。
この日はニケとヌメス、レカンとエダ、ノーズとリッツという組み合わせで、三交代で不寝番をした。最初ノーズは、ノーズとエダという組み合わせを提案したが、それはレカンが蹴った。
この日、ノーズたち三人は、卑屈といっていいほど低姿勢でレカンに接し、やたらとレカンたちを持ち上げ、褒めあげた。
そして案の定、ぐっすり寝ているふりをしているレカンのもとに、ノーズとヌメスがやってきた。リッツはニケに向かっている。
振り下ろされた短剣を、レカンはさりげなく、〈貴王熊〉の外套で受けた。
そして短剣が外套にはじき返されたタイミングで、襲撃者二人の腕をつかんだ。
「〈光明〉」
レカンが呪文を唱えると、まばゆいばかりの光が、あたりを照らし出した。
ニケのほうはとみると、短剣を振り下ろした姿勢でリッツが石像のように静止している。〈硬直〉の魔法だ。
レカンは短剣を鑑定した。やはり毒が塗ってある。〈平白蛇〉の毒だ。
「ドボル、起きろ」
レカンが声をかけたが、ドボルは目を開けない。もちろんドボルは起きている。レカンとつながりを持とうとしたドボルが、ノーズの凶行を止めなかったのはなぜかという疑問があるが、たぶん、レカンが死ねば、レカンの持っている〈箱〉から高価で希少な品々が手に入ると思ったのだろう。まさかレカンの〈収納〉から物を出せるのがレカンだけだとは知るわけもない。それとも、もしかすると、ノーズたちの襲撃をどうさばくかをみて、レカンたちの腕をみるつもりなのかもしれない。いずれにしても、不快きわまるやり口だ。
レカンは、ノーズの首をつかんで、顔をたき火に突っ込んだ。
ノーズは、この世の終わりかと思うような凄絶な悲鳴をあげた。
「うるさいですねえ」
ドボルも観念して寝たふりをやめた。
「ノーズとリッツとヌメスが、毒の短剣でオレとニケを襲った。殺していいか」
ドボルは、この質問に答えず、周囲をみまわした。
「光明の魔法ですね。なんて見事な。レカンさん。あなたは魔法も使うのですね」
呪文を唱えたのがレカンの声であったことを、ドボルは知っている。ということは、起きていたことを認めたことになるのだが、たぶんあえてそうしているのだろう。
(そうか。こいつ、オレの手の内をみたかったのか)
それは暗殺者としての本性といっていい。
戦う予定のない相手であっても、強敵を目にすれば、その特性や弱点を知りたくなるのが暗殺者というものなのだ。もちろん、ノーズのこころみがうまくいくなどとは、毛ほども思っていなかったろう。
「しかたありませんね。殺してください」
ドボルの許しを得ずにノーズたちを殺せば、レカンは非難される理由を作ってしまう。罪に問われることになるかもしれない。
ノーズたちを生かして証人とすれば、その上司であるドボルの責任を問える可能性がある。相当の手間がかかるだろうが。
その両方とも、レカンはいやだった。面倒だからだ。
夜明けを待って、ノーズとリッツとヌメスは、自分たちの持っていた毒の短剣で殺された。事情の飲み込めないエダが、少し騒いだ。
魔獣が集まる前に一行は出発した。