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レカンはベッドに寝たまま、右目をみひらいた。
侵入者だ。
しかも魔力持ちだ。
素早く外套を羽織ると、一瞬迷ってから剣を〈収納〉にしまい、足音を消して本館に向かった。
夜中であるにもかかわらず、この侵入者は木陰など姿がみえにくい場所を通って進んでいる。しかも恐るべき速度である。これは暗殺の専門家だ。
侵入者は本館の正面脇の柱に取りつくと、その位置で停止した。たぶん柱を登っている。〈生命感知〉では高低差は認識できないので、登っているというのは推測だ。手がかりのない柱を登れるような装備を持っているのだろう。
(どうして表側から登るのだ?)(当主一家の住まいは奧側の階上にあるのに)
実は、奧側の壁にはいろいろ罠が仕掛けてある。武者返しになっていたり、登ろうとすれば壁が剥がれ落ちたりする。それがこの世界の貴族の館の常識だった。
侵入者は屋根に登った。このときレカンは本館の裏側に到着して木陰に身を潜めている。
侵入者は、屋根にロープの端を取り付けた。真下にはルビアナフェル姫の部屋がある。
レカンは木陰を飛び出して、足音を消そうともせず、本館裏側の壁に全力で走り寄った。
侵入者はレカンの接近に気づいた。だが、一瞬だけ動きを止めたものの、そのまま姫の部屋への降下を開始した。
練達の暗殺者にとり、屋根から降下して姫の部屋に侵入するには、ほんのわずかな時間で足りる。レカンが表側に回るなり窓を破るなりして階段を駆け上がってきても、あるいは大声で注意を促しても、とうていまにあわない。そう判断したのであろう。
しかしレカンは階段を上がったりしなかった。
「〈風よ〉! 〈風よ〉! 〈風よ〉!」
背中に風を送り込みながら、壁を駆け上がったのである。途中、足元の壁が剥がれ落ちたが、そんなものは気にもとめず、あっというまに侵入者のもとにたどり着いた。
侵入者は敵ながら見事な反応をみせた。
左手一本でロープをつかみ、右手に持った短剣で切りつけてきたのだ。
レカンは目にもとまらぬ速度で〈収納〉から愛剣を取り出して侵入者の首を刎ねた。
何もない所から剣が出てくるのをみて、侵入者はわずかに目をみひらいた。そのみひらいた目は、女の目だった。
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「ルビアナフェルは、シャドレスト家に輿入れすることが決まっている。シャドレスト家は王家ともつながる名家であり、田舎貴族の娘が正妻となることを許せない者たちがいる。あるいは自分の娘こそその座にふさわしいと考える者たちがいる。だからルビアナフェルの部屋の前には、毎夜不寝番を立たせておった。まさか屋根から来るとは思わなんだ」
騒ぎが一段落したあと、レカンは当主ザンジカエルの部屋に呼ばれて説明を受けた。ザンジカエルの横には、騎士エザクが立っている。
もちろんレカンは、不寝番には気づいていた。〈魔力感知〉に映る光点の特色から、今夜の不寝番が誰であるかも知っていた。だがあの侵入者をその不寝番が察知できるとは思えなかったし、戦って勝てるとは思えなかった。
「レカン。侵入者を殺さずに捕らえることはできなかったのか」
苦々しげに騎士エザクが訊く。
「刺客は手練れだった。生かしたまま捕らえることは、むずかしかった」
「エザクよ。暗殺者というものは、捕まれば死を選ぶものと聞く。捕まえても無駄だったかもしれぬ」
「しかしザンジカエル様。尋問してみることはできたではありませんか。こんな卑劣なまねをしたのが誰なのか、それを知ることができたかもしれません」
「知ったからとて、どうにもならぬ。ならば知らぬほうがよい」
「しかしなにもあのような若い女を殺さなくても」
「覆面をしておったから、殺すまで相手が若い女とは気づかなんだであろう。諦めよ」
あの暗殺者は魔力持ちだった。たぶん何かの魔法技能を持っていた。危険な魔法であった可能性がある。拘束されていても、離れた位置から姫を殺せる能力だったかもしれない。あの場合、殺す以外の選択肢はなかった。
「それにしても、誰も気づかなかった侵入者に気づき、壁を駆け上って侵入者を倒した手際は、見事というほかない。あの高さまで壁を駆け上れるというのは、何かの能力なのか?」
レカンは返事をしなかった。
「ふむ、秘密か。まあよい。レカン、あらためて礼を言う。これからも娘を守ってほしい」
「イェール」
レカンは昼も夜も銀色の指輪を左の中指に装着することを心に決めた。
それから二か月のあいだに三度襲撃があった。
いずれの場合にも倒したのはレカンである。
刺客のうち、生きてザイドモール家を出た者はない。