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「オレはレカン。こっちはニケだ」
「お、おう」
ノーズとかいう冒険者は、腰が引けている。
もっとも、レカンのような凶悪な人相をした剣士からみおろされれば、少しばかり気後れするのはむりもない。
「それで、リッツとヌメスというのは?」
「ぼくがリッツだ」
「わしがヌメスじゃ」
三人とも、一目でわかるろくでなしだ。決して背中をみせてはいけない手合いだ。
「ドボルはどこだ?」
「ドボルさんは馬車のなかだ。さあ、行こうか」
「いや、まず、ドボルと顔を合わせ、契約の確認をしてからだ」
「何だと!」
レカンは、右目に力を込めて、じっとノーズをにらみつけた。
いったん強がってみせたノーズだが、それ以上の言葉を発することはできないようだ。
レカンは、静かな声で、馬車に向かって呼びかけた。
「ドボル、出てこい」
馬車のドアが開いて、すらりとした長身の男が降りてきた。
その男の顔をみたとき、レカンは奇妙な既視感のようなものを覚えた。
以前に会ったことはない。なのに、どこかでみおぼえがあるような気がする。
いったいどこでみたのだったか。
「依頼人を呼びつけるとは、礼儀がなっていませんね」
「あんたがドボルか?」
「私がドボルです。これで満足しましたか」
「あんたが依頼人かどうか、確認をしたい」
「ほう?」
「ここにいるエダが、昨日、ノーズを通じて、あんたの依頼を受けた。依頼内容は、コグルスまでの馬車の護衛。報酬は、一人につき金貨一枚。それにまちがいないか」
「まちがいありませんよ」
「確認しておくが、道中での食事は、依頼人が準備するんだな」
「おやおや。ノーズはそんな約束はしていないはずですがね」
「二泊目は宿に泊まるそうだが、その費用は依頼人持ちか?」
「そんな約束をしたなどと、誰が言いました?」
「なるほど。護衛対象は馬車の荷物か」
「そう言ったはずですがね」
「荷物は何だ」
「そんなことは知る必要がありません」
「では、品目についてオレたちは関知しない。つまり、襲撃を受けても、馬車のなかが荒らされたり掠奪されたりしないかぎり、荷物を守るという契約は果たされたことになる」
「……ほう。あなたは、疑り深い性格をお持ちのようだ」
「また、護衛である、ノーズ、リッツ、ヌメスの身の安全について、オレたちは無関係だ」
「私の護衛をどうしようというのですか?」
「どうもしない。守らないと言ってるだけだ。護衛対象は、馬車とあんた、ということでいいんだな」
「御者のギドーも護衛対象に加えてもらいましょうかね」
「よかろう。馬車と、あんたとギドーをコグルスの町に無事に送り届けた時点で契約は完了だ。いいな?」
「けっこうです」
「コグルスのどこが目的地だ?」
「それはコグルスに着いてから指示します」
「そんなあいまいな条件では護衛はできん。どこに着いた時点で契約は完了するんだ?」
「だから、コグルスの町ですよ」
「町のどこだ?」
ドボルは、目を細めてレカンをにらんだ。
「コグルスの門をくぐったときに、到着したとみなします」
「よかろう。アイラ」
少し離れていたアイラが近づいてきた。
ドボルが細い目をみひらいた。
アイラは、冒険者協会の職員である。こんな場所で何をしているのか、とドボルが不審に思うのは当然である。
アイラは、板に貼り付けた紙に、さらさと契約条項を書き付けて、レカンに差し出した。レカンは、それの内容を確認してから、ドボルに渡した。
「内容を確認してサインしてくれ」
「冒険者協会に仲介を依頼した覚えはありません」
むっつりした表情をみせて拒否するドボルに、アイラが説明した。
「仲介ではありません。ただし、冒険者協会は、協会のなかで結ばれた任意契約について、確認をとったり干渉したりする場合があります。この場合、レカンさんからの依頼で、ドボルさんとレカンさんのパーティーの結んだ契約内容を確認させていただきます。手数料はレカンさんからいただきます。あなたがサインを拒否した場合、契約は無効となります」
ドボルは、爬虫類のような目を細めてアイラをにらみつけ、板とペンを受け取り、サインをして、レカンに返した。レカンは、それをちらりとみたあと、ニケに渡した。
「サインの所に肩書を書き足してもらえないかねえ。ザイカーズ商店ヴォーカ支店臨時支店長、とね」
ドボルは、細い目をぎらつかせてニケをみた。
「着任したばかりなのですが、情報が早いですね。ニケ、といいましたね。まさか、〈彗星斬りのニケ〉ですか?」
「そんなふうに呼ぶやつもいるねえ」
「あなたは銅級ではないでしょう」
「あたしが銅級だなんて、誰かが言ったのかい?」
ドボルは振り返ってノーズをみた。
ノーズの顔色が青い。
ドボルは、依頼書に肩書を書き加え、レカンに戻した。レカンはそれを確認してアイラに渡した。アイラは、内容を確認して、サインした。つまり、この契約が確かに結ばれたことを、冒険者協会として保証した。
「余分な時間を取りました。さっさとでかけましょう」
ドボルは馬車に乗り、御者は馬車を出発させた。
レカンは馬車のあとを追った。ニケは馬車の前に出た。エダは少し迷ってから、ニケのそばに走り寄った。
おかしなやつらだと、レカンは思った。
護衛三人は、ごみくずのような人間だ。
性格も、腕も。
だが、依頼人のドボルは腕が立つ。
かなりの腕だ。
護衛対象がもっとも腕利きというのだから、この一行は本当におかしい。
そのおかしな一行と、これから五日間ほどは行動を共にしなければならない。
依頼は依頼だ。
そして集団は出発した。