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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第10話 ザイカーズ商店
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「ただ今帰りましたっす」

 玄関のほうで声がした。エダの声だ。

「帰ってきたみたいだね」

「そのようだ」

「うほっ」

 ジェリコも会話に参加している。

 時々、こいつはほんとに人間の言葉がわかるんじゃないかと思うときがある。

 いや、ある程度の単語を理解しているのはまちがいない。

 椅子を持ってくるよう命じれば、ちゃんと椅子を持ってくるし、樽を持つように言えば樽を持つ。

 だがそんな限られた単語だけでなく、複雑な会話の中身も理解しているように思えてならない。

「ニケ」

「何だい?」

「ジェリコは何だ」

「何だっていっても、みたとおりの長腕猿(ザンバルドゥ)だよ」

「特殊な能力を与えたりはしていないのか」

「してないよ」

「そうか」

「人間にも、馬鹿もいれば頭のいいやつもいる。ジェリコは長腕猿のなかで、特別に頭がいい個体なのさ」

 どうも説明がうさんくさいような気もするのだが、これ以上は、どう訊いていいかわからない。

 エダが部屋に入ってきた。

 輝くばかりの笑顔だ。こういう無防備な顔をするとき、エダはなおさら若くみえる。正直いって、とても冒険者にはみえない。

「ただいまあ。えへへっ。喜んでくれよ。すごくいい依頼を取ってきたぜ」

「取ってきただと?」

「そうさ、レカン。聞いて驚くなよ。片道五日の護衛、一人あたま金貨一枚だぜ!」

「エダ」

「おう、何だい?」

「お前、何を聞いていた」

「何を聞いていたって、誰から?」

「ニケの指示を受けて、お前は冒険者協会に行った。そのとき、ニケは何と言っていた?」

「あんた、物覚え悪いな。依頼を探してこいって言ったに決まってるじゃないか。あたいたち三人で受ける依頼をさ。銅級でいいって言ってたな。何日間か町の外に出るような依頼だ」

「そうだ。依頼を探して来いとニケは言った。討伐か採取をな」

「そりゃ確かに、討伐か採取がいいって言っていたけど、護衛はだめだとは言ってなかっただろ」

「何のために、町の外に出る依頼を受けるか、わかってるのか」

「…………え?」

「お前の魔法の練習を町の外でするためだ」

 ほかにも数日間町の外に出る理由はあるのだが、それはエダには関係ない。

「お、おう。そうだよな。あたいの魔法の練習のためだ」

「護衛で出れば、依頼人と一緒だ。他人がみているところで練習はできない」

 エダが目を大きくみひらいた。

 呆然としている。

「で、でも、森のなかとかで、依頼人のみてない場所でなら練習できるだろ?」

「お前は護衛の仕事を受けて、その護衛中に、護衛対象から離れるつもりか?」

 エダが再び無言になった。

 だんだんと顔つきが悲しそうにゆがんでゆく。

「そ、そんなあ」

「それにニケは、こうも言った。依頼を受けてはだめだ。いくつかのなかから自分が選ぶと。まさかお前は、その護衛の依頼を受けてきてしまったんじゃないだろうな」

「う。……受けちゃった」

「断ってこい」

「できるか、今さら! すごくいい仕事だったんだ!」

 すごくいい仕事が聞いてあきれる、とレカンは思った。

 この世界の常識にまだ自信はないが、ふつうの護衛で一人金貨一枚はあり得ないことぐらいはわかる。

 チェイニー商店の馬車をバンタロイまで護衛する仕事は、三人で金貨五枚だったが、あれはふつうの護衛ではなかった。

 あの場合、凄腕の刺客が襲撃してくることが予想されていた。そして、チェイニーとしては、レカンから手に入れた迷宮品の数々を、どうしても無事に運びたかった。結果として、チェイニーはあの迷宮品の取引で信用を得て、バンタロイの町に足場を築いた。

 ここまで考えて、レカンは、あることに気づいた。

 もしも、ニケ、レカン、エダの三人が護衛についていなかったら、どうなっていたろう。

 ヴァンダムとゼキは殺され、装備は奪われたろう。あの二人の装備はそれなりによい物だったはずだ。オルストとゲットーも殺されるか、何かの取引に使われたろう。

 そして馬車の荷物はどうなっただろう。あれは、チェイニーが目の色を変える程度には値打ちがあった。

 そういえば、どの場合にも襲撃者たちから少し離れて複数の人間の気配があった。もしかしたらあれは、ザック・ザイカーズの回し者だったのかもしれない。

 ということは、レカンたちがいなければ、輸送は失敗して、チェイニーは信用を落とし、大損をし、そのうえザック・ザイカーズを大いにもうけさせてしまうところだったのだ。

 なるほど。レカンたちに大枚をはたく理由はじゅうぶんにあった。

 しかしそれでも報酬は金貨一枚大銀貨六枚だったのだ。実際には、襲撃者たちの所持金や装備が分配されたおかげで、正規の報酬の何倍ももうけさせてもらったが。

 それから考えても、金貨一枚というのは破格だ。破格すぎる。明らかに、この依頼者は約束の報酬を払うつもりがない。

 そんなあたりまえのことが、どうしてわからないのか。

 レカンは、ため息をつきながら、エダの顔をみおろした。

「な、なんだよう。人の顔みて、ため息つきやがって。失礼なやつだな」

「エダちゃん」

 ニケの声が、硬く、冷たい。

 エダも、はっとした顔でニケのほうをみている。

「あんたは、やっちゃいけないことを二つやった。一つは指示を守らなかったことだ。一つは危険な仕事に、あたしとレカンを巻き込んだことだ」

「えっ? 危険な仕事……って、どういうことっすか」

「レカン。教えてあげな」

 また面倒なことを、とレカンは思ったが、この流れでは断るわけにもいかない。

「エダ」

「な、何だよう」

「依頼人は、報酬を払う気はない」

「ど、どうしてそんなことがわかるんだっ」

「そんな大金を払って引き合うほどの利益を、依頼人はどこから得るんだ?」

「え?」

「そんな大金を払ってもらえるほどの信頼を、お前は受けているのか?」

「そ、そりゃ、もちろんだよ。ノーズさんは、あたいの名前を知ってて依頼を回してくれたんだよ。〈千本撃ちのエダ〉の名をさ」

 エダが、右手の親指で、鼻をひょいとなでてみせた。

(得意がるときにこの動作をするようだな)

(誰かのまねか?)

「ノーズさんというのは誰だ?」

「冒険者だよ。ドボルさんとこの護衛をしてるって」

「ドボルさんとは誰?」

「依頼人だよ。この仕事の。商人さ」

「すると、その商人は、専属の護衛がいるのに、護衛依頼を出したのか?」

「大事な荷物らしいぜ。だから、護衛は、ノーズさんと、リッツさんと、ヌメスさんに、あたいたち三人が加わるんだ」

「護衛が六人だと? いったいどんなお宝を運ぶんだ?」

「し、知らないよう」

 怪しさ満点の依頼だ。

「オレとニケの名を出したか?」

「いや、出してない。これはニケさんの名で取った依頼じゃないんだ。あたいの名で取った依頼なんだ」

 護衛依頼の場合、ろくでもない依頼人には、いくつかのパターンがある。

 まず、報酬を値切るやつ。

 次に、護衛を使いつぶしにするやつ。

 そして、護衛を獲物にするやつ。

 獲物にされた護衛は、みじめな末路をたどる。身ぐるみはがれたり、殺されたり、奴隷に落とされたりする。

 レカンがもといた世界では、冒険者協会などというものはなかった。護衛依頼があれば、依頼人の身元を確認するのは鉄則だった。隊商の護衛依頼があるような場合、その町では隊商はそれなりに顔が売れているのがふつうであり、依頼人の噂を集めるのは難しくなかった。依頼する側でも、冒険者の評判を確かめてから契約を結ぶ。あたりまえのことだ。

 だが、この世界には、冒険者協会がある。わずかなつきあいだが、レカンはこの協会をそれなりに信頼していた。この怪しい依頼人が、冒険者協会の目をどうやってごまかしたのかを、確認しておく必要がある。

「依頼内容を詳しく話してみろ」

「雇い主は、商人のドボル。荷は馬車一台。目的地はコグルス。仕事は片道だけさ。道中四泊で、うち三泊は野営になる。道を外れて山のなかを進むんで、野営が一日増えるかもしれない。その場合は片道六日ってことさ」

「荷は何だ」

「え?」

「運ぶ荷物は何だ」

「だから馬車だよ」

「その馬車は何を積んでる」

「え?」

「軽い物か。重い物か。かさばる物か。小さい物か」

「そんなこと知らないよ」

「護衛対象は何人だ?」

「守るのは馬車だって言ってるだろ」

「では、依頼主たちが怪我をしても、依頼は達成となるんだな?」

「え? いや、そりゃ、まずいだろ」

「なら、護衛対象が何人でどういう人間なのかがわからなければ、話にならん。それと、食事は依頼者が用意するのか?」

「え? そりゃ、当然そうだろ」

「確認したか?」

「え?」

「護衛の者の食事は依頼者側で準備するかどうか、依頼書に書いてあったはずだ」

「そういうのは、ふつう依頼者側が準備するもんじゃないのかい?」

「みせろ」

「え?」

「依頼書をみせろ」

 依頼書には、担当の職員がサインする。いわば契約書代わりだ。サインした書類は、冒険者協会のほうで保管する場合もあるし、依頼を受けた冒険者に渡す場合もある。この場合には、依頼がよその町で完了するのだから、まちがいなく冒険者本人に渡す。

「依頼書は、ねえよ」

「なに? 依頼書のない依頼を、お前はどうやって受けた」

「依頼書を出しに来たノーズさんから、あたいが直接に依頼を受けたんだよっ」

「お前、馬鹿だろう」

「なんだと!」

 わざわざ冒険者協会に行って、冒険者協会を通さない依頼を受けるとは。

 こいつには、この世界には冒険者協会があるということの恩恵がわかっていない。

「エダちゃん」

「何すか、ニケさん」

「あんた、さんざんなぶりものにされて、売り飛ばされるよ」

「ええっ?」

「〈イシアの弓〉も売り飛ばされるだろうねえ」

 そこだろうな、とレカンも思った。

 エダが持っている〈イシアの弓〉が、悪党に目をつけられたというのは、いかにもありそうな話だ。

「の、ノーズさんたちは、悪いやつなんすか?」

「真っ黒だね」

「そ、そんなあ」

 エダは、ちょっと気の毒になるくらい落ち込んだ。

 しばらくして、こう言った。

「契約を、解除してくるっす」

 立ち上がりかけたエダを、ニケが制した。

「お待ち」

「え?」

「いったん引き受けた依頼を、なかったことにするのかい?」

「しかたないっす」

「契約ってのは、そんなに軽いもんじゃないよ」

「えっ?」

「結んだ約束を守らないやつは、人間のくずだよ。信用をなくしてしまい、もう冒険者は続けられない」

 ニケの言うことに、レカンはまったく賛成できない。

 危険だと思ったら引き際を誤らないのが生き延びる秘訣だ。

 約束を破らなければならないことなど、いくらでもある。

 約束を破るべきだと考えたら、ののしられようと、悪い噂を立てられようと、断固破らねばならない。

 その程度の面の皮の厚さがなければ、冒険者はやってゆけない。

 だが、ニケは、エダに何かを教えようとしているのだ。

 そう思って、ニケの言葉を黙って聞いていた。

「だからエダちゃん。歯を食いしばっても、この依頼は達成するんだ」

「う、うん」

「それにしても、ドボルか。来たばかりなのにもう帰るんだねえ。ただの撤収役だったのかね? 行きがけの駄賃に、子飼いのろくでなしどもにおいしい思いをさせてやろうって腹づもりだろうが」

 ニケがすごみのある笑顔をみせた。

「むしってやろうかね」


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― 新着の感想 ―
この底抜けな擦れて無さが、回復を発動させる資質でありシーラが落人堅物レカンに面倒を見させる理由なんだろうなぁ。人としての成長の過程を描けるって凄い。
[一言] 落ちた世界では冒険者組合という斡旋組織があり、そこから仕事を回してもらってるので契約が尊重される基盤がありますが レカンがいた世界ではそういう組合はなく個人で仕事を取ってくるのが普通だったの…
[良い点] 悪人からむしりとるのはたのしいよな [気になる点] こいつ学習能力ねーな?よく生きてこれたな
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