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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第9話 パーティー結成
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6


 その夜の野営では、何も起きなかった。

 レカンは、〈ザカ王国迷宮地図〉の記述について、あれこれニケに質問した。

「ツボルト迷宮は百二十階層もあるんだな」

「まあ、自分の目で確かめてみるこったね」

(引っかかる言い方だな)

(だがその通りだ)

(いずれオレは自分の目でツボルト迷宮最下層をみる)

 翌朝起きると、ヴァンダムが不思議そうな顔でレカンに尋ねた。

「その外套。えらく奇麗だな。猿どもを斬ったとき、だいぶ返り血を浴びてたはずだが」

「血が目立ちにくい材質なんだ」

 午前中の早い時間に町に着いた。こんなに近いのにわざわざ野営したのは、何か理由があったにちがいない。チェイニー商店の定宿だという宿屋の番頭が、やたらと休憩を勧めていたが、そのほかに変わったことはなかった。

 町を離れると、また山道に差しかかった。

 峠を登り切って、さあ降りるというときになって、レカンがいきなり馬車の屋根に飛び乗った。これには御者のゲットーが驚いた。

「れ、レカンさん。何事だね?」

 その声を聞いて、ヴァンダムも馬上で振り返った。

「レカン?」

 だがレカンは返事もせず、じっと下方に続く森をみつめている。

 すっと右手を上げると、呪文を発した。

「〈炎槍〉!」

「レカン!?」

「ひゃっ。いったい何が?」

 炎の槍は、ずっと先のほうに着弾して破裂音を上げた。

「何があった。何がいたんだ、レカン」

「行けばわかる」

「この距離で、この威力。信じられん」

 レカンが、行けばわかると言ったのは、着弾点は、これから通る道沿いに近いので、近づけば何を撃ったかがわかるということだ。それにしても、いきなり魔法攻撃をして説明もしないレカンに、ヴァンダムはあきれていた。

 やがてその場所に着くと、一人の男が死んでいた。しかも上半身がちぎれ飛び、下半身はほとんど残っていないという、ひどい死に方だ。服装からすると、魔法使いのようだし、右手には杖を持っている。

 死んだ魔法使いを、ゼキは知っていた。

「こいつは〈邪眼のジバ〉だ」

「なにっ。こいつがか」

 ヴァンダムは、その男の名を知っていた。

「有名なやつなんすか?」

 ゼキが説明しようとしないので、代わってヴァンダムが説明した。

「たしか〈幻覚〉って魔法の遣い手だ。幻覚をみせて混乱した相手を殺す。敵同士殺し合わせたりもするらしい。特殊な迷宮品でも持ってないと防ぎようがないって話だ。あと、こいつの標的にされた女は、とんでもなく悲惨な目に遭わされるらしい」

「うわあ。やなやつっすねえ」

「この杖は値打ちがありそうですね。それにこの暗殺者は〈箱〉機能のある袋を持ってます。なかに金目の物があるかもしれません。すいませんが、この杖と袋は、私を信じて預けてもらえませんか」

「ああ」

「そのほうが助かる。よろしく頼む」

 レカンとヴァンダムが同意して、話はまとまった。

「それにしても、三日連続で襲われるとは。こんなことははじめてです」

「金もかかってるなあ。ブフズとジバと、魔獣使い。これだけ集めるのは大変だったろうな」

「ええ。だからたぶん……何でもありません。先を急ぎましょう」


7


 結局、この道中では一度も村にも町にも泊まらず、すべて野営となった。

 襲撃は三度で終わった。

 一行は、予定より一日遅く、八日かかってバンタロイに着いた。

 ここでは一泊ないし二泊して、ヴォーカに引き返す予定である。

 到着したのが午後遅くなので、商品の引き渡しは翌日になった。

 ヴァンダムとゼキは、オルストと同じ部屋に寝て商品を守った。レカン、ニケ、エダの三人は、それぞれ向かいの部屋と両隣に泊まって警戒した。こんなふうに部屋を取るには余分な金も使ったにちがいないが、それだけの用心は必要に思われた。

 翌日、三つの商談先を回ったが、常に五人の冒険者が護衛していた。

 その夜になって、ニケとレカンとエダは、オルストから相談を受けた。

「最初の予定では、来たときと同じメンバーで帰ることになっていましたが、事情が変わりました。ヴァンダムとゼキには、馬を走らせて至急ヴォーカに戻ってもらう用事ができました。帰りの護衛は三人ということになりますが、差し支えありませんね?」

「まかしといてくださいっす。この三人なら、道中何があっても大丈夫っす!」

「こちらには異存はないよ」

 レカンは黙ってうなずいた。

 その夜の食事は豪華だったが、酒は出なかった。

 翌朝早く、ヴァンダムとゼキは宿をたった。

 そのあと、オルストはレカン一人を護衛として二軒の商家を回った。

 この日の午後、一行は帰途についたのである。


8


 往路が襲撃続きだったので、復路もつい緊張しがちになった。エダの底抜けの明るさが緊張感を解いてくれた。

「先頭はやっぱりレカンに頼みたいね。その後ろにエダちゃんがいれば、支援射撃ができるだろ。あたしは馬車の後ろを歩いて、後ろからの襲撃に備えるよ」

 ニケがそう言ったので、レカンはエダと前後になって歩いた。道の広い場所ではエダはレカンの隣に来て話しかけた。よくこんな早足で歩き続けながら、延々と会話ができるものだと、レカンは感心した。

「おい、レカン。帰ったら〈回復〉教えてくれよな。絶対だぜ」

「ああ」

 そのときは、エダにはたぶん〈回復〉は適性がないのではないかと思っていた。

 復路では、常に町か村に泊まった。町ではうまい食事が食べられたので、エダは大喜びだった。

「そういえば、ニケ。ゼキはどうして〈回復〉のとき準備詠唱がなかったことには驚かなかったんだろうか」

「ああ、そりゃあ、そうさ。〈回復〉だけは準備詠唱なんて学ぶやつは少ないのさ。神殿に引き取られたやつを除けばね」

「それは、なぜだ」

「だいたいにおいて〈回復〉は、偶発的に顕現するからさ。自分の親や兄弟が怪我や病気で苦しんでいるとき、必死で祈りを込めて、〈キリーム〉と唱える。〈キリーム〉って言葉は〈癒やしを〉って意味だからね。そんななかでたまたま魔力を持ってて適性のあるやつが、〈回復(キリーム)〉を発動する。そうなると、あとは自己流で技能を磨いていくことになる」

「学ばなくても魔法構築ができるのか?」

「〈回復〉は特殊なんだよ。構築のうまさじゃなくて、祈りの深さが発動の鍵になるんだ」

「ほう?」

「あんたには理詰めで〈回復〉を教えたから、ぴんとこないだろうけどね。そのうちわかるさ」


9


 七日でヴォーカに帰着した。

 魔獣使いがもう一度襲撃してくるのではないかと心配していたが、襲撃はなかった。

 驚いたことに、魔獣使いはヴォーカの町で逮捕されていた。魔獣使いだけでなく、魔獣使いに指令を出していた者や、その一味も何人か逮捕されていた。

「三度の襲撃が鍵でしたね。あれは、わが商会の馬車の移動予定を知らなければできない襲撃であり、場所と時刻でした」

 ヴォーカの町に帰り着いたその日、レカンはチェイニーに誘われ、夕食を共にしていた。オルストも同席している。

「ところが、いつ出発できるかは、いつ護衛が集まるか次第でした。私自身、出発の前日まで、いつ出発できるか見通しが立っていなかったのです」

 ニケはたぶん、それを知っていて、護衛につこうかと提案したのだ。

「なかでも最初の襲撃です。二日目の朝に襲撃されたわけですが、その場所は、本来なら一日目の夕刻に通るはずでした。そんな場所でそんな時刻に待ち伏せできたのはなぜでしょう。それは情報を収集し、襲撃の指示を出した人物が、この町にいたからです。ほかに考えようはありません」

 この店の料理はうまい。酒もうまい。最近はもう慣れたせいか、個室であることに息苦しさも感じない。今夜は楽しい夜だ。ここにニケとエダがいればもっと楽しいだろう、と考えて、レカンは首を振った。ニケはともかく、あんなうるさい女がそばにいれば楽しいだろうと考えるなど、よほど疲れているにちがいない。

「では、最初の襲撃の実行犯だった魔獣使いは、どこに行ったのでしょう。馬車を追いかけた? いいえ、いいえ。そんなはずはありません」

 そういえば、エダは〈回復〉を教えろとうるさかった。明日行けばまた催促されるだろう。

「ここに戻ったにちがいないのです。そう考えるのが論理的です。と、ここまでは、実のところオルストの手紙に書いてあったのです」

 チェイニーが大げさにオルストに手を振ってみせ、オルストはグラスを置いて会釈した。

「私はただちに領主館に参じて、ご領主様に申し上げました。三年前と二年前に街道に強力な魔獣が突然出現した事件について、その実行犯かもしれない人物が、今町にいると思われます、とね」

 今宵のチェイニーは、少し酔いが回っているようだ。グラスを目の高さに持ち上げ、自慢げに揺らしている。

「疑わしい場所のめぼしは、実は少し前からついていたのです。ザイカーズ商店と縁故のある、とある商店ですよ。そこを守護兵たちが急襲し、魔獣使いも、指示を出していた者も、捕縛しました。なぜかミドスコ様の部下も一人いましたよ」

「ミドスコの件は、まだ片がついていないのか」

 上機嫌だったチェイニーが、しょぼんとした顔をした。

「それが、存外手間取っているのです。最近になり、奥方様のご実家から、ミドスコ様がいろいろ誤解を招くようなことをしているようなので、落ち着くまで一度手元に戻したい、という申し入れがありました。あちらへ帰してしまってはだめです。今回のことはうやむやにされ、また知らん顔でやって来るにちがいありません」

「困ったものだな」

「たぶん屋敷に踏み込めば、ぐうの音も出ない証拠が出るはずなのですが、ご領主様も、そこが決断できません。何か確証あればいいのですがねえ、確実にこれはみつかる、これは言いわけのしようがない、というような確証が何か」

 横目でちらりとレカンをみている。レカンもまだ酔っているわけではないので、チェイニーが何を言わんとしているかはわかった。

「何の話でしたかね。ああ、思い出しました。証拠の品もたくさん押収されましたし、捕らえた者たちからは、証言を得ています。ザイカーズ商店のヴォーカ支店の支店長は、重罪をまぬがれないでしょう。この機会に、ザックの息のかかった商人たちは、この町から消えてもらおうと思います」

 チェイニーが乾杯を催促したので、しかたなく応じた。オルストも乾杯に和した。

「たぶん、ザックにまでは追及が及ばないでしょう。それはしかたありません。しかし、ザイカーズ商店のヴォーカ支店は取りつぶしです。今回のことでザックは少なくない金を消費しました。そして今後街道での商売はひどくやりにくくなるはずです」

 チェイニーの話を聞いて、ヴァンダムとゼキが急いでヴォーカに帰った理由がわかった。

 一行がバンタロイからヴォーカに帰る予定がわかれば、一味はまた動き出す。そうなる前に、つまりその情報が伝わる前に、チェイニーに連絡を取る必要があったのだ。

「ということは、バンタロイにも一味の拠点があるか、それなりの判断できるやつがいるわけだな」

 チェイニーは、その質問には答えず、別の話をした。

「このたび、わがチェイニー商店は、バンタロイに支店を置くことになりました。責任者には、このオルストを派遣いたします。私の右腕です。レカンさん。どうぞオルストのこともよろしくお願いいたします」

 チェイニーとオルストは、そろってレカンに頭を下げた。

「あ、それから、これを差し上げます」

「これは……依頼達成のコイン?」

「今回のことは、冒険者協会を通した依頼という形にしてます。それを冒険者協会に持っていくと、実績に加算されます」

 正直に言ってレカン自身は、もう冒険者協会などどうでもよかった。

 だが、たぶん、エダはそうは考えないだろう。

 ありがたくコインを受け取っておいた。

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― 新着の感想 ―
主人公がエダを急に受け入れてるのはなんなんだ? 最初の方は「なんだこの使えない女」みたいな印象だったじゃん? その後も付き纏いとか実質借りパクとかしでかしてるじゃん? 結構なマイナス評価からのスタート…
[気になる点] ゼキは〈邪眼のジバ〉の幻覚魔法は特殊な迷宮品でないと防げないと言ってますが 精神系魔法を会得した者は同系統魔法に対して魔力量に比例した強さの耐性を得るってこと知らない感じですかね だと…
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