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「すいませんが今夜も野営にさせてもらいます。明日の午前中に町に入りますから、食料はそのとき買い足してください。ゲットーさん、馬の餌は多めに買っておいてください」
三日目の朝、オルストがそう言った。もともと今夜は町に泊まる予定だったから、少し旅程を遅らせるということだ。
どんな情報や知識をもとにそう判断したのかわからないが、いずれにしても依頼主側からの指示なので、誰も異議は唱えない。
その後、何度か馬車や旅人とすれちがったが、特に怪しい相手はいなかった。
昼過ぎごろ、〈生命感知〉に引っかかったものがある。
目でみる街道には誰もいないのだが、その横にある丘に、誰かがいる。肉眼でみえないということは、向こう側に隠れているのだ。
「ヴァンダム。前方左側の丘の向こう側に、誰かが隠れている。一人だ」
相手が魔力持ちではない、ということまでは告げなかった。必要以上に能力を知られないためだ。
「む。横腹をさらしたときに上から遠距離攻撃をくらうのはいやだな」
顎ひげをなでながら、ヴァンダムは少し考え込んだ。
「丘の上から道まで、約百歩か。上からなら矢で充分届く。馬車は矢を通さないが、恩寵つきの武器だと厄介だ」
レカンの後ろにいたエダが口を挟んだ。
「丘の上にそいつが顔を出して、攻撃してくるようなら、あたいが魔弓で撃つよ」
〈イシアの弓〉なら丘の上に届くだろうし、百歩の距離があっても失速しないだろう。命中させるのはむずかしいかもしれないが、相手も姿をさらしたままではいられない。ヴァンダムが馬で駆け上って敵を倒す時間が稼げる。
「よし、それでいく。みんな! 前方左側の丘に不審者がいる! 警戒しつつこのまま前進! 攻撃してきたら反撃する!」
このとき、ヴァンダムは、相手が一人だからというので軽くみた。自分たちの攻撃力があれば、恐れるに足りないと考えた。その判断を、すぐに後悔することになる。
エダは馬車の上に乗った。がたがた揺れる馬車の上でバランスを取りながら片膝で座り、早くも弓をかまえて魔法の矢を生成している。いつでも攻撃できる態勢だ。
レカンは、〈生命感知〉で相手の位置を探り、相手と馬車を結ぶ射線上に身を置いている。レカンがちょうど馬車の真横に来たとき、つまり丘の真横に馬車が来たとき、丘の上にのそりと立ち上がった者がいる。
その姿をみて、ヴァンダムが悲鳴のように叫んだ。
「エダ!」
エダが矢を放った。その矢はまっすぐに丘の上の襲撃者に突き進み、胸に突き立った。ところが襲撃者は倒れるどころか、痛がるそぶりもみせない。
異様な男だ。
上半身は裸で小さなベストを着ている。下半身はだぶだぶの布のズボンをはいている。信じられないほど太った体つきで、顔も体も黒光りしている。これだけ距離があるのに、目が血走っていることが、なぜかわかるように思われた。
ヴァンダムは馬を駆って斜面を上りはじめている。ただし、エダの射線を塞がないよう、少し右から回り込んでいる。
丘の上の男が、足元に置いた袋から、黒い小さなものを右手で取り出し、ぽおんと上にほうった。そして左手に持っていた大きなハンマーを両手で持ち、ぶうんと振り回した。
このときエダの二射目が男の腹に命中したが、やはり何の効果もない。
振り回したハンマーが黒くて丸い小さな物にぶつかったとき、すさまじい爆発が起き、その黒い物は馬車めがけてまっしぐらに飛んできた。
レカンの視力と反射神経をもってすれば、その飛来物をかわすことはたやすい。だが、かわせば馬車かエダに当たるかもしれない。
「〈炎槍〉!」
それはほとんど無意識の攻撃だった。そして今まで撃ってきたどの〈炎槍〉よりも、素早い発動だった。まばたきをすることもできないほど短い時間で、しかし魔力はきちんと循環して収束し、魔法構造は正しく組み立てられ、髙威力の攻撃魔法が現出し、馬車の手前二十歩ほどで黒い弾丸と衝突した。
どごん、と腹に響く音がして、黒い弾丸が爆散する。
「〈炎槍〉!」
続けざまに発せられた魔法攻撃は、異様な速度で敵に着弾した。エダの撃った魔法矢よりもはるかに速かった。後ろで馬に乗って目撃していたゼキの目には、敵とレカンの手のあいだが光の直線で結ばれたようにしかみえなかった。
炎の槍は敵の胸の真ん中に大きな風穴を開けた。敵はそのままゆっくり倒れた。
いつのまにか、レカンの隣にはニケがいた。剣を抜いている。もしかしたら、あの黒い弾丸を撃ち落とすつもりだったのだろうか。
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「〈破砕槌のブフズ〉という冒険者だ。もとは迷宮屋、いや迷宮専門だったが、相棒が死んでからは、後ろ暗い仕事を高額で引き受けるようになった。いくつかの町では指名手配されてると思う」
ヴァンダムの説明によれば、ブフズが持つ恩寵品のハンマーは、物にぶつけると爆発が起きるのだそうだ。その反動で鉄の玉を飛ばしていたのである。
冒険者協会は犯罪にあたる依頼を受け付けないが、犯罪を専門に受け付ける裏社会の組織もある。そうした裏社会での仕事を引き受ける冒険者のなかでも、ブフズは破壊力の高さで有名だった。
「すまん。俺の判断ミスだ。先制攻撃をするか、せめて馬車を止めて偵察するべきだった。せっかくのレカンの情報をむだにした」
「むだにはなっていない」
「とにかく助けられた。礼を言う」
「レカン」
横から話しかけてきたのは、魔法使いのゼキだ。無口なこの男が話しかけるのは珍しい。
「さっきの〈炎槍〉、準備詠唱がなかった。一発目はひそかに準備したかもしれないが、二発目は準備できるような時間はなかった。どうやったんだ」
レカンは眉をひそめた。〈回復〉のときも準備詠唱はなかったのに、目の前でそれをみていたゼキは何も言わなかった。なぜ今になって訊くのかと、そう思ったのである。だが、ヴァンダムは、レカンの表情を別の意味に取った。
「ゼキ。冒険者が手の内を明かすわけねえだろ。それ以上訊くな」
「むう」
「いいですか」
声をかけてきたのはオルストだ。
「こういう場合、戦利品の権利は護衛全員にあります。この場合は恩寵品のハンマーですね。現物を受け取るか、売って金を受け取るか判断していただかなくてはなりません」
「レカン。このハンマーを自分のものにしたいか?」
「いや、いらん」
「そうか。なら売ろう。悪いが護衛全員で均等にわけさせてもらう」
「ああ」
「では、お手数ですが、威力を実際に確かめてみたいので、レカンさん、このハンマーであの木をたたいてみてもらえませんか」
レカンはハンマーを持ち上げると、示された木に向かった。
不思議なハンマーである。金属かと思ったが、どうも木製のように感じる。バトルハンマーというのは打撃面が小さくなっているものなのに、このハンマーはまるで木槌のように両側が平たく大きい。
ハンマーを振り上げ、横から木をたたいた。
すさまじい爆発が起きた。ハンマーがはじき飛ばされそうになり、レカンは反射的に握る手に力を入れた。
木は、とみると、太い幹が一部分はじけ飛んで消滅している。そのまま枝葉をつけた上側が倒れてきて、けたたましい音を立てた。
「見事な威力ですね。ヴァンダムさんも試していただけますか」
「わかった」
レカンからハンマーを受け取ったヴァンダムは、思わずハンマーを取り落としてしまう。
「なんだ、この重さ!」
落ちたハンマーを拾い上げたヴァンダムは、それでもさすがにハンマーをぐっと持ち上げ、近くの木にたたき付けた。
爆発が起き、反動でハンマーは飛んでいったが、木はやはり折れて倒れた。
「ありがとうございました。だいたい威力と問題点がわかりました。競売にかけると時間がかかります。もしも今当店にお売りいただけるなら、金貨四枚で買い取らせていただきますが、いかがでしょう」
ヴァンダムがレカンのほうを物問いたげにみた。
「ヴァンダム。あんたが決めろ」
「すまんな、レカン。オルストさん、買ってくれ」
「まいどありがとうございます」
一人当たり大銀貨八枚の臨時収入である。ヴァンダムもゼキも、うれしそうだった。