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「ヴァンダム殿は手当の必要があるねえ。オルスト殿、少々時間をもらわないといけない」
「ご随意に」
「エダちゃん」
「あい! 何すか」
「坂を下った所に川がある。水袋に水をいっぱい詰めてきておくれでないかい」
「わかったっす!」
「ヴァンダム殿、座って服を脱いでもらおうかねえ」
ヴァンダムの体には、小さな傷がたくさんついていた。大きな傷もいくつかある。
ニケは、布に水をたっぷり含ませ、傷口を洗っていった。エダがくんできた水で、布についた血のよごれをこまめに洗っている。
ざっくりよごれを拭き取ると、そこに傷薬を塗っていった。レカンも作製を手伝った薬だ。
「気持がいいなあ、この薬。痛みが引いてゆくよ」
「そうかい。ばあちゃんに伝えとくよ」
「ばあちゃんというのは、薬師シーラ殿のことか?」
「そうさ」
「あの人の薬が自由に使えるなんて、ニケがうらやましいよ」
「そうかい。さて、これでいいだろう。レカン」
レカンが進み出て、右手のひらをヴァンダムにかざした。
「レカン? 何を?」
ヴァンダムの疑問の声に答えも返さず、レカンは呪文を唱えた。
「〈回復〉」
「えっ?」
「なにっ」
周囲の何人かが驚きの声をあげた。
ヴァンダムの傷がみるみる癒えてゆく。傷痕は完全に消えた。
「驚いたなあ。そういえば裏技もあるとか言ってたか。まさか剣士で〈回復〉持ちとはなあ」
その後は何事もなく進んでゆき、山を越えた場所にある村に着いた。本来なら昨夜はここに宿泊するはずだった。その村には泊まらず先に進み、川のそばで野営した。
「明かりが多いと安心感がちがうな」
食事のあとのゆったりした時間に、ヴァンダムがぽつりと言った。
「それにしてもニケのパーティーはすごい。ニケは長大な魔法剣を自在にあやつって無敵だし、レカンはとんでもない距離から索敵ができて、近接戦では化け物みたいな破壊力があり、しかも〈回復〉持ち、エダは手数の多い遠距離攻撃ができるし〈着火〉や〈灯光〉も使える。戦闘特化なら特級になれるんじゃないか?」
「え? 特級って、何すか?」
「はは、〈千本撃ちのエダ〉も、それは知らなかったか。冒険者単独じゃあ、金銀銅という級があるだけだが、パーティーにはそれと別に特級認定というのがある。ヴォーカじゃみかけないが、大きな町では特級パーティー限定の依頼も多くて、報酬がすごくいいんだ」
「それ、どうやったらなれるんすか?」
「実績をみて協会が評価するんだ。バランスがよく信頼度の高いパーティーだけが特級認定される。これから行くバンタロイには、護衛を得意とする特級パーティーがいくつもある」
「報酬がいいんすか。それ、いいっすねえ。それ、目指したいっす」
「いや。自分で言っといてなんだが、レカンは迷宮専門なんだろう? いくら特級パーティーの報酬が高いといっても、迷宮の稼ぎとは比較にならん」
「えーーー? レカン、お前、どうなんだよ。やるよな。あたいと特級パーティー目指すよな」
「やらん」
「まあまあ、ちょっとお待ち。レカン。特級を目指すかどうかは別にして、あたしたちはいいパーティーだよ。ヴォーカの町中じゃ教えにくいことも、依頼で外へ出てりゃ教えてやれるしねえ。あんたはばあちゃんのもとで修業中だけど、その合間に三人で依頼を受けたり討伐をこなしたりしていくといいさね」
「レカンが修業中? シーラ殿のもとで? 薬師の?」
「そうですよ」
ヴァンダムの疑問に答えたのはオルストだった。
「ヴァンダムさん。もうずいぶん昔のことになりますが、シーラ様がヴォーカの町に来られ、薬を作るようになられると、またたくまにその薬効の高さが評判になり、多くの者が弟子入りを願いました。ですがシーラ様はただの一人もお弟子を取ってこられませんでした。先代ご領主様直々に弟子を派遣しようとされても拒否なさったのです」
「それは聞いてる。ごり押しするつもりなら町を出ると言ったそうだな」
「あれはご領主様もやり方を考えるべきでした。若くて才能のある薬師を派遣したのですが、その薬師は非常にプライドが高く、いきなりシーラ様の製法にけちをつけたのだそうです」
「ありゃあ」
「しかもそのあとの対応もまずかった。ご領主様は謝罪の使者を送ったのですが、その使者が、〈ご領主様は、希望通りの謝罪金を支払い、また新たな弟子については破格の指導料を払うと仰せである。ありがたく心得よ〉という調子で口上を述べたのです」
「けんかを売ってるような物言いだな」
「まあ、そんないきさつもあり、これまでかたくなに弟子を拒否してこられたのです。しかもこれは最近になってわかったことですが、シーラ様は、今この国にいる最高峰の薬師のかたがた何人かのお師匠でいらっしゃるのです」
「なに?」
なに、と声を上げたのはヴァンダムだが、ニケも顔を上げて反応をみせた。
「そんなシーラ様にはじめてお弟子ができたという情報が、今町を駆けめぐっていて、関係者のあいだでは大変な評判なのです」
「話の途中悪いけど、オルスト殿。ちょっと教えておくれでないかい。あた……シーラばあちゃんが、この国の大物薬師たちの師匠だなんてでまかせは、どこから出てきた話なんだい」
「王都のスカラベル導師が、シーラ様の作った薬を手に入れ、シーラ様のことを聞いて、〈その人は私の師だ〉とおっしゃったのだそうです。スカラベル導師や薬師ワインゲム様、薬師ロキシマム様など、この国を代表する薬師のかたがたが同門らしいというのは有名な話ですからね。そのかたがたのお師匠はシーラ様であったのか、ということになったのです」
「あのガキのせいか……いや、オルスト殿。それはおかしいと思うけどねえ。スカラベルのやつが今何歳か考えてごらんな。うちのばあちゃんの弟子なわけはないさ」
「シーラ様は、今おいくつなのですか?」
「オルスト殿。女の年を訊くもんじゃないよ」
「これは失礼いたしました」
「とにかく、その噂は迷惑だから、これ以上吹聴しないようにしておくれでないかい。チェイニーにもそう言っておいておくれな」
「わかりました。しかし、この噂は、今は優れた情報網を持つ商人たちしか知らないと思いますが、段々広がっていくことは避けられないと思います」
ニケはむっつりと黙り込んでしまった。
そんなようすをみて、レカンは、シーラがヴォーカの町を離れて名を変えてしまう日も遠くないのかもしれない、と思った。
「ねえねえ、レカン。特級パーティー目指そうよう」
「お前は空気を読め」
それにしても、エダの異常な成長ぶりには驚いた。
お話にならないほどひどかった弓の腕が、こうも短期間にこれほどに上達するものだろうか。
だが考えてみると、理解できる気もした。
もともとエダは優れた反射神経を持っていたし、敏捷性も高かった。
弓を武器に選ぶぐらいだから、適性もあったのだろう。
だが、矢の代金が、上達を妨げた。金がなくて矢が買えないエダは、練習もままならなかったし、いざ本番になっても、矢を失うことが怖くて、のびのびとした射撃はできなかった。
ところが〈イシアの弓〉が手に入り、矢の代金を気にせず練習ができるようになった。ばかみたいに魔力量はあるのだ。狩りや護衛の本番でも、いくらでも矢の雨を降らせることができた。
その条件が調ったとき、急激に成長した。
枯れきった大地に落ちた種が必死に芽を出して、やがて雨が降るのを待ってにょきにょきと枝葉を茂らせるようなものではあるまいか。
こうなると、あとは身を隠すわざと探知の技能をみがけばパーティーでの役どころも定まるし、ソロでも活躍できるのだが。
そこまで考えて、なんでオレがこんなこと考えなくちゃならんのだ、と気づき、レカンは自分自身にあきれた。




