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「俺はヴァンダム。銀級だ。こいつはゼキ。同じく銀級だ。二人とも、チェイニー商店の専属だ。今回の護衛では、俺がリーダーをさせてもらう」
ヴァンダムはレカンには少し及ばないものの、長身で、やせてはいるがしっかりした骨格の持ち主だ。黒い顎ひげが男ぶりを引き立てている。つばの広い帽子をかぶり、長い剣を背中に背負っている。
ゼキは鼠色のフードをかぶり、いかにも魔法使い然とした小男だ。切り詰めた黒い髪が妙に艶っぽい色をしている。
「久しぶりだね、ヴァンダム殿。あんたがリーダーをするのは当然だ。あたしたちはあんたの指示に従うよ」
「そう言ってもらえると助かる。ニケ、あんたが一緒で心強いよ」
「あたしのことは説明するまでもないね。こっちの強面はレカン。みての通り剣士だが、裏技もある。索敵能力が高い。こっちのエダは弓使いさね。二人とも銅級さ」
「二人ともよろしく。とにかく出発しよう。それで隊列だが、俺、レカン、エダ、馬車、ゼキ、ニケの順でいいかな?」
「うむ」
「じゃ、出発だ」
一行は南門を出た。ヴォーカの町から南に向かっては街道があり、目的地のバンタロイから南西に同じほど進めば王都がある。
昨日、レカンは地図を買った。国内北半分の町の位置関係がわかるだけの地図で、自然の地形や道路などは記されていない。
それでみると、バンタロイから南東に迷宮都市ツボルトがある。〈剣の迷宮〉がある町だ。ヴォーカからバンタロイまでと、バンタロイからツボルト迷宮までは、若干ツボルト迷宮までのほうが遠いが、そうちがいはないようにみえる。それからすると、今回ヴォーカからバンタロイまで馬車で七日の旅程なのに、ヴォーカからツボルトまで馬車で一か月というのが妙だと、最初は思った。
しかし考えてみると、乗合馬車は頻繁に停車して人を乗降させるし、旅程を守って進む。速度重視で進む専用馬車と一緒になるわけがなかった。
ツボルト迷宮は思ったより近い。訪れることのできる日はそう遠くないかもしれない。
そしてまた昨日、レカンは、〈ザカ王国迷宮地図〉なるものをみつけて買った。
これもまた、道や山や川は描き込まれておらず、実際の移動には使えない地図だが、国内の迷宮の全貌がわかるという点で、レカンにとっては興味深いことこの上ない地図だった。
この地図によれば、この国には、貴族に管理されている迷宮が三十二ある。そのうち八つは、階層百を越える大迷宮だ。また、貴族に管理されていない小迷宮は地図には載っていないが、百五十ほどはあるらしい。
ツボルト迷宮は、百二十階層を持つ堂々たる大迷宮だ。
そのほか、ヴォーカの町の南東に、ニーナエという迷宮がある。階層数はわからないが、百以下なのだろう。ここはバンタロイよりずっと近い。時間ができたら行ってみるつもりだ。
馬車が町から出てしばらくすると、責任者のオルストがヴァンダムに命じて馬車を止めさせた。
「さてあらためまして、私はチェイニー店長の代理人のオルストです。御者は商店の専属で長年勤めているゲットーです。今回の目的地は交易都市バンタロイですが、あまり荷物が多くないのはお気づきの通りです」
オルストは淡々と説明を続けた。今回の主要な商品は、レカンがゴルブル迷宮の中層と下層で手に入れた迷宮品であり、複数の恩寵品が含まれていること。利益も目的ではあるが、バンタロイの有力商人とのつながりを深くすることが最大の目的であり、そのためにはなんとしても荷物を無事届けなければならず、充分な護衛が得られるまで出発できなかったこと。
「実は、今回ある筋から情報が入っておりまして、当商店を憎んでいる相手が襲撃を計画しているというのです。その相手は金持ちです。従って、襲撃者は質が高いと予想されます。必ず襲撃はありますので、そのつもりで護衛にお当たりください」
この説明を聞いてレカンは納得した。レカンとニケとエダへの報酬は、三人で金貨五枚という高額なのである。外部護衛にそんな報酬を支払ったのでは、あまりもうけがないのではないのかと思えてしまう。だが今回は、多少利益を削っても安全を確保しなければならない理由があるのだ。
オルストは当然馬車のなかに乗っており、ゲットーは御者台にいる。ヴァンダムとゼキは自前の馬を持っており、レカンとニケとエダは徒歩だ。
エダはよく歩いた。
以前一緒に護衛の仕事をしたときは、無駄な動きが多く、すぐに疲れていた。
しかし今では早足での移動にすっかり慣れたようすで、無理なくついてきている。
最初に聞いていた話では、六泊とも夜は町か村に泊まるということだったが、野営の指示が出た。
まだ暗くなっていないのにオルストが野営場所を確保するように指示を出したときは、ヴァンダムが、ひどく意外な顔をしていた。それでもヴァンダムはベテラン冒険者らしく、さっさと野営に向いた場所に一行を誘導した。
「あたいが〈着火〉や〈灯光〉は受け持つよ。これでも魔力量はばかみたいにあるそうなんだ。ゼキさんは、魔力を温存しといてくれよ」
「助かる」
エダが薪に着火すると、思わずという感じでゼキが訊いた。
「待て。詠唱はどうした」
「え?」
「呪文の詠唱をしなかった」
「いや、したよ。〈着火〉って」
「それは発動呪文だ。魔力を集め、魔法を構築するための準備詠唱がなかった」
「え? あたいは師匠からこういうふうに教わったから、こういうもんだと思ってたけど?」
「師匠の名を訊いていいか?」
レカンは首を横に振った。
エダに、その質問に答えてはならない、と教えたのだ。
「悪いけど、そいつは断るよ」
「そうか。すまなかった」
そのあとエダが、キャンプ場所の四隅に一つずつ〈灯光〉の光をつけると、ゼキは目をみひらいて驚いていた。オルストも驚きを口にした。
「いや、これは驚きました。見事な制御ですね。こんなにいくつも同時につけて、こゆるぎもしないとは。魔力は大丈夫ですか?」
「全然問題ないよ。一晩中つけとくね」
「寝ているあいだは消えるでしょう」
「え? 寝てるあいだもついてると思うよ。みんなそう言ってたから」
「そ、そうですか」
エダの魔法が皆に感銘を与えているのをみて、奇妙なことだが、レカンは少し誇らしい気持になった。
と同時に、自分が教わっている魔法は、この世界での平均的な魔法と比べて、かなり優れたレベルにあるのだと知った。
レカンは最初に薪を集め、かまどを作った。
ヴァンダムは四隅に魔獣よけのポプリを置き、料理を作った。
オルストは荷物のそばを離れない。
ゲットーは馬車の馬の世話をした。
ゼキは自分の馬とヴァンダムの馬の世話をした。
エダは周囲の警戒をしている。
ニケは皆の仕事を少しずつ手伝った。
護衛の旅は、ひとまず順調に滑り出したようだ。
ヴァンダム、ニケ、レカン、ゼキ、エダの順で見張りをした。
その夜、襲撃はなかった。