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狼は眠らない  作者: 支援BIS
最終話 伝説の始まり
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「お帰り、レカン」

「ああ。今、フジスルとすれ違ったが、目が血走っていたぞ。あんたのそばに付いていないのも珍しいし。何かあったのか?」

「ああ、まあね。たいしたことではない。さて、君に宰相閣下から申し入れがある」

「聞かないといかんのか」

「聞いてくれ。そして返事をしてくれ。宰相としては、結婚式を三か月延期してもらいたいとのことだ。そして王陛下直々のご差配のもと、王宮にて結婚式が行われる。マシャジャインのユミノス神殿と、ヴォーカのケレス神殿には、ワズロフ家から祭典執行の依頼をしている経緯もあるので、格別のはからいで、儀式への参加を認めるが、儀式を主宰するのは王都エレクス神殿で、各総神殿代表が祭員を務める。また、本来結婚式に出席予定であった者には出席が認められる。名簿を提出すれば宰相府からあらためて、王陛下の御名で招待状が届けられるそうだ。さて君は、この申し入れを承諾するかね」

「断る。王都は好きじゃない。第一、オレの結婚が王家に何の関係がある。関係ないことに口を出すな。この結婚のことはワズロフ家に任せたんだ。準備をしてきたのもワズロフ家だ。それを横取りする気か。迷宮では、人が戦っている魔物を横から倒すようなやつは、殺されても文句が言えん。客にも失礼だ。宰相というやつは、頭が悪いのか? 招待状を受け取って出席の返事を出した相手は、忙しいなか予定の都合をつけてくれてるんだぞ。それを三か月延ばすだと。ふざけるな」

 こんな面倒くさいことは、とっとと終わらせてしまいたいというのが本音なのだ。三か月も引き延ばすなど、許せるものではなかった。

「うむ! よく言ってくれた。君の言葉をそのまま伝えることにしよう。ははは、冒険者というのはいいものだな。貴族ならば思っていても口にできない言葉を、遠慮せずに発することができる」

「自由に生きてこその冒険者だろう。言いたいやつには言わしておけ。思いたいやつには思わせておけ。それが気にならないのを自由というんだ」

「うん? それは誰かの言葉なのかね?」

「ああ。しかし、なんで宰相はそんなことを言い出したんだ? あんたは今回のことで相当苦労しているはずだ。それを引き取って三か月で今以上の規模で結婚式をやろうとしたら、とんでもない労力だろうに」

「〈ドルン平原の戦い〉で敵の総指揮官を倒して〈獣人戦争〉を勝利に導き、獣人たちを追い返してこの国を救った英雄は、王の格別の寵愛を受けた異世界の戦士だった、ということにしたいのだよ、もちろん」

「〈ドルン平原の戦い〉?」

「アスポラの北側にある草原は、ドルン平原というのだそうだ」

「ふうん。オレを王家に取り込もうというわけか。しかし、戦いはもう済んでしまっているんだから、今から王家と関係が深いふりをしても無駄じゃないか?」

「人の心や記憶というものは不思議なものでね。往々にして前後関係や因果関係が逆転する。王陛下直々に大規模な結婚式を君のために執り行ったということになれば、レカンという〈落ち人〉の高位冒険者は王の庇護下にあるという印象が人々の心に残ってしまい、その意識で〈ドルン平原の戦い〉をみてしまうようになるだろう。これはわが家の密偵がつかんだ情報だが、宰相は王都の冒険者ギルドのいくつかに、王家直属の特級冒険者という立場を創設できないか打診している」

「くだらんな」

「宰相は自分の仕事をしているだけだよ。役割には誠実で勤勉な人物だ」

「そうかもしれんが、好きになれんやつだな」

「正直にいって、この結婚式を王宮に持っていかれたのでは、私の面目は丸つぶれだ。だが、私が断るわけにはいかないのでね。では、結婚式は予定通りに六の月の十三日に執り行う」

「それでいい。今後王家が何か言ってきても、オレが断るよう判断したと言ってもらってかまわない」

「それはありがたい」

「用事はそれだけか。オレとエダはちょっと出かけてくる」

「どこに行くのかね?」

「ロトルだ」

 肉だ。

 肉がいる。

 もう竜肉がないのだ。

 なくなってしばらくたつ。

 ロトルの小火竜を倒さなくてはならない。

 レカンはマシャジャインを出発した。

 エダも連れていこうとしたのだが、侍女たちが許してくれなかった。ノーマもエダも、結婚式までに徹底的に磨き上げられるらしい。ノーマ担当の侍女も、エダ担当の侍女も、鼻息を荒くしていた。

 結婚式までまだ三十日以上ある。そんなに長い間ごしごし磨いたら、肌が荒れてしまうのではないかとレカンは思ったが、そのことを口にはしなかった。

 山や谷を突っ切り、恐ろしい速度で駆け抜けて、二十四日にロトルに着いた。

 もう夕刻だったが、すぐに迷宮に入り、最下層に飛んだ。

 〈炎槍〉を連発して攪乱し、一気に首を刎ねた。

 胴体は三つに切り分けた。

 頭と胴体を〈収納〉に収め、迷宮を出ると、そのままロトルの町を出た。

 この日の野営で、レカンは心ゆくまで小火竜の肉を味わい、腹に詰め込んだ。

(新鮮なのもうまいが)

(少し時間を置いたやつにも何ともいえん味わいがあったな)

(何か月目ぐらいが一番うまいんだろう)

(調べてみないといかんな)

 翌日、再びロトルに入り、領主を訪ねた。

「レカン殿。やっぱりあなただったか」

「小火竜の肉を処理してほしい。小分けにして保存が利くようにしてもらいたいんだ。肉は全部オレが持っていく。骨はあんたにやる。それ以外の部分についてはチェイニーと相談してくれ」

 取り出された小火竜の頭と体をみて、ロトル領主ナリス・カンドロスは絶句した。

「こ、こんなものをどうやって運んだと。今、レカン殿はどこからこれを出した?」

「早く処理してくれ。鮮度が下がる」

「……肉を半分売っていただけないだろうか」

「十分の一だ。嫌なら肉の処理はマシャジャインで頼む」

 ナリス・カンドロスに、うなずく以外の答えはなかった。

 肉の処理に四日少々かかった。

 マシャジャインに帰着したのは三十七日である。

 さっそくマンフリーに呼び出された。

 レカンは、土産だと言って竜肉を一つつみ渡した。

 マンフリーは礼を言うと、宰相との交渉の顛末について話をした。

 結婚式を延期して王宮で行うという提案をレカンが蹴り飛ばしたことを連絡したところ、宰相府から、マシャジャインで結婚式を行うのは認めるが、儀式を取り仕切る役目は、すでに王都エレクス神殿総神殿長に依頼してあるので、ここは宰相府の顔を立ててほしいという連絡が来た。マンフリーは、ご要望にはそえない、と返事をした。

 すると、この結婚式は王家とワズロフ家の共催にしてほしいという申し入れがあった。これも断った。

 こういう申し入れをしてくるからには、それを受けた場合、後日それ相応のみかえりがあることはわかっている。だが、王家はワズロフ家やラインザッツ家に甘えすぎだ、とマンフリーはずっと思ってきた。ここらで距離を置くつもりだった。

 次に、王陛下に対し奉り勅使の派遣を願い出てもらいたい、と宰相府が言ってきた。そうすれば、王のご名代として王太子殿下がご臨席くださるというのだ。

 これに対するマンフリーの回答は、要約すれば次のようになる。

「たとえ侯爵家であっても、今回の婚儀でワズロフ家の敷地内に入れるのは、招待客一人につき随行三人までとしている。それでも収容人数の限界に達しており、王太子殿下の警護態勢を整えるのは不可能であるため、残念ながら勅使の派遣を願い出るのは控えさせていただく。王家に一枚、宰相府に一枚招待状を届けさせていただくので、よろしくお取り計らい願いたい」

 ずいぶん無礼な回答だが、実際のところ、大人数の護衛を受け入れる余地はなかった。そのことをマンフリーは、数字を挙げて説明した。

 すると宰相府は、護衛三人ずつでよいので王太子殿下と宰相補佐イェテリア・ワーズボーンに招待状を出してほしいと言ってきた。

 マンフリーは、大きなため息をついた。王太子の護衛が五人では、まったく足りない。何かあればワズロフ家の責任になる。対応を考えなければならない。

「そうか。すまんな。あんたには迷惑をかける」

「いや、これは私が自分で望んだことだ。だが、悪いと思ってくれるのなら、小火竜の肉をもう一包みもらえないか」

「断る」

 レカンはそのあと、イオン迷宮で遊んだ。

 迷宮都市イオンは、マシャジャインの東方三日ほどの距離にある。イオン伯爵家は古くはワズロフ家の家臣であったので、今でもマシャジャインとは関係が深い。

 マシャジャインに帰着したのは六の月の十日だ。

 侍女たちが目を血走らせて、帰りが遅すぎると言ってレカンを責めた。

 まだ三日もあるじゃないかと思ったが、とりあえず謝った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 単に王都なんて面倒なとこに行きたくないって本音があってこそなんでしょうけど マンフリーや時間を作って式に来てくれる人らのことを想って怒れるようになったのはほんと変わったなぁと思います しかし…
[一言] レカン専用牧場 迷宮がそのうち打ち止めしたりして
[良い点] 迷宮で遊んだ 迷宮は既に遊び場なのか。
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