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「これがあたいの父ちゃんと母ちゃんのお墓。父ちゃんが死んだとき、母ちゃんが作ったんだ。あたいには読めない字で……レカン?」
レカンは衝撃を受けていた。
小さな石の墓標には文字が刻まれている。ぎざぎざの、いかにも素人が彫った文字だ。土によごれ、苔もついているが、うっすらと防御の魔法が残っており、文字はまだしっかり残っている。
そしてそこに記された文字は、レカンがもといた世界の文字だったのだ。
〈異世界の冒険者エディ・タルザとその妻ロオジエ・タルザ・ヴーラ・マキシムここに眠る〉
(〈ヴーラ・マキシム〉)
(マキシム王家だと!)
それはかつてレカンを雇って何かと可愛がってくれ、任務のためとはいえ養子にまでしてくれた王の家の名だ。つまりナルーム王家の家名だ。そして〈ヴーラ〉というのは王家の直系であることを示している。
(そういえば、あの王は)
(年の離れた妹がいたが親戚の養女となり死んでしまったと言っていた)
(死んだんじゃなかったんだ)
(〈黒穴〉に飛び込んだんだ)
いったいどんな事情があって、王家の血を引く姫がその夫とともに〈黒穴〉などに飛び込むことになったのか、想像もつかない。しかもその夫は冒険者だという。王家の姫と冒険者などが、いったいどうして結ばれたのだろう。
もう一つ気になることがあった。エディ・タルザと記されたすぐ下に、何かが書いてある。文字のようにみえるが、こんな文字をレカンは知らなかった。
この世界の人間の文字でもないし、レカンがもといた世界の文字でもない、そんな文字だ。
「待てよ。異世界の冒険者、だと?」
「どうしたの、レカン?」
「エダ。お前の父親はどこで生まれたか聞いてないか」
「知らない。でも母ちゃんが、こう言ってた。あなたのお父さんは、二つの黒穴の向こうから来たのよって」
「二つの……〈黒穴〉の……向こうから、か」
たぶんエディ・タルザは、どこかさらに別の世界から、〈黒穴〉を通ってレカンがもといた世界に来たのだ。そしてそこでエダの母と知り合い、結ばれ、再び〈黒穴〉を通って、この世界にやって来たのだ。
レカンはエダに、墓標に何が書かれているのか、そしてそこから何がわかったのかを話した。
エダとレカンは、墓の周りを掃除して、二人で墓に祈りを捧げた。
レカンはいろいろなことに思いを馳せた。
エダの父は冒険者だったという。この世界で銀級の冒険者になっていたわけだが、レカンがもといた世界でも冒険をしたのだろうか。迷宮探索はしたのだろうか。もしかすると、迷宮でいろんな技能を授かっていたかもしれない。今となっては知りようもないことだが。
(あんたとなら面白い冒険ができただろうな)
そうしていると、村人が山菜を採りに来た。
その村人にエダは話しかけ、親友であるナミは、二年前にガスコー村に嫁に行ったと知った。
ガスコー村は、ショアーの町のすぐ近くにあるという。エダはショアーの町を知っていた。
山のなかで野営して、翌日ショアーの町に着いた。
(どこかでみたような気がするな)
(ザイドモールから来たとき通ったんだろうな)
ガスコー村はすぐそばだというが、もう時間が遅いので、この日はショアーに泊まった。
ガスコー村は、確かにすぐそばにあった。村の外で出会った農民に、ナミのことを聞こうとしたら、相手のほうが話しかけてきた。
「あ、あんた。久しぶりじゃなあ。あんときには、えろう世話になって。左目が悪かったんは、治ったんじゃのう」
朴訥な話しぶりにふれて、レカンもその男を思い出した。
以前はじめてこの世界で冒険者としての依頼を受け、白幽鬼を倒したのが、このガスコーの村だった。そして目の前のこの男が、レカンに白幽鬼退治を依頼した三人の農民の一人だ。
「ナミという女がこの村にいないか。二年前にチッコリー村から嫁にきたはずなんだが」
「へえっ? うちのせがれの嫁がナミちゅう名前じゃけどな。チッコリーの出じゃ」
その男に案内されて自宅に行くと、そこにナミがいた。赤ん坊を抱いてあやしていた。
二人は涙を流して再会を喜んだ。
エダは、ナミとその家族にたくさんの贈り物を渡した。
二人の話は尽きることがなく、結局レカンとエダは、この日ナミの家に泊まった。
翌日、ガスコー村を出発した。
「あのナミという娘を結婚式に呼ばなくてよかったのか?」
「うん。ナミちゃん一人じゃ心細いし、かといって一家全員招待しても、とてもマシャジャインまで旅なんかできないよ。危ないし日にちもかかるし、そんなに長いあいだ仕事を休めないし。お金は出してあげることができるけど、そんなことしても村の人たちから妙な噂を立てられるだろうし。第一、大貴族の祝宴になんて出ても、全然くつろげないでしょ。だから、いいの。その分、いっぱいお祝いも言ってもらったし、たくさん贈り物もしたし」
「そうか」
四日でヴォーカに帰着した。途中、シアリギの若芽を採取した。
シーラの薬草畑をみにいくと、シアリギの若芽がちょうど摘みごろだったので採取した。相変わらず奇麗な庭だ。ジェリコとユリーカが世話してくれているのだろう。
乾燥したニチア草の処理をした。シアリギの若芽の処理もした。三日はかかるだろうと思っていたが、ジェリコとエダとユリーカが手伝ってくれたので、たった一日で終わった。
翌日、ヴォーカを出発した。
なぜか、むくむくと挑戦心が沸いてきた。
以前アリオスと二人で、ヴォーカからツボルトまで八日で移動したことがある。今の自分とエダなら、ヴォーカから何日でマシャジャインにつけるだろうか。
三日で着いた。誰に言っても信じてもらえないだろう。
〈加速〉をかけ続け、睡眠もあまり取らず、エダの〈浄化〉を立て続けにかけ、停止して休息するのは食事のときと短い睡眠のときだけというすさまじい移動だ。名馬が命を削って疾走するより速く、二人は地平を駆け抜けた。エダは、もう絶対にやらないと言い、到着するなり倒れるように眠った。
到着したのは十八日の深夜だったが、翌朝早々にマンフリーから呼び出された。




