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「エダの両親の墓参りをするつもりだ」
「えっ。……レカン」
「ほう。エダ殿のご両親の墓参か。それはどこにあるのかね」
「チッコリーという小さい村です。ボイドの町の北にございます」
「ボイド?」
「ボイドの北にはショアーという町があり、その北側の山を越えたところがザイドモール領ですわ」
「ああ、あの辺りか。それはいい、遠いから行き帰りに時間もかかるし、あの辺りには〈ナータの鏡〉もない。しかも結婚前にご両親の墓所にその報告をするというのは、このうえなく筋の通った振る舞いだ。文句の付けようがない。実にいい。ゆっくり行ってきたまえ」
「オレたちが留守にしたほうがいいわけでもあるのか」
「宰相は、君が帰り次第状況を確認し、報告するようにと指示してきた。だから私は王都に行って事情説明をする」
「オレは一緒に行かなくていいのか」
「連れてこいとは言われていないからね。しかし私が伺候したら、君を呼び出そうとする可能性は高い」
「なるほどな。オレが顔を出すと、いらんことまでしゃべってしまうかもしれんからな」
「これだけは覚えておいてほしい。敵の総指揮官が君と同郷の冒険者で、パーティーを組んでいた仲だということは、宰相に報告する。そして、ボウド将軍がグィド帝国軍を率いて北に帰ったことまでを報告するが、そのあとボウド将軍が一人でこの国に残ったことは報告しない」
「了解した」
「私はすぐに王都に発つ。王都に着くのは明後日になるから、君たちは今夜ゆっくりして、明日出発するとよい」
「あんたはジンガーを待たなくていいのか?」
「ジンガーは王都経由でここに帰る。あの宰相が黙ってみのがすわけはない。私がそのとき王都にいれば、宰相より先に報告を受けることが可能だが、間に合わないだろうね」
「なるほど」
「待てよ。墓参のあいだ、ボウド将軍、いや、君の友人はどうするつもりだね」
「もちろん連れてゆく。話ができる相手はオレしかいないんだからな」
「ふむ」
マンフリーは、しばらく黙考した。
「ここにとどまってもらってはどうかな」
「言葉が通じんぞ」
「わが家には、言語を研究している学者たちもいる。各国の方言や古い言葉、異世界の言葉などを比較研究しているのだ。君も何人かとは会っているはずだ」
「ああ」
「文化を研究している学者たちもいる。人々の生活と意識のありようの歴史的変遷や、国による慣習のちがいを研究しているのだ」
「ほう」
「そういう学者たちに頼めば、効率よく、しかもつきっきりで言葉を学んでもらうことができる」
「それはいいな」
レカン自身、この世界に来て最初に困ったのが言葉だ。言葉がわからなければ何をするにも不自由だ。早く習得したかったのだが、ザイドモール家の人々はいつも忙しく何かの仕事をしていて、結局一番時間を取ってくれたのは仕事のないルビアナフェル姫だった。レカンの場合、日常会話ができるようになるまで一年かかったが、つきっきりで教えてもらえばずっと短い期間で習得できるだろう。
「うん。それはいい。本人に話をしてみる。それから、一日に一回は戦いたいやつなので、騎士団のやつらに稽古をつけさせるといい。遠慮なくやっていいぞ、殴っても斬っても燃やしても死なん。むしろ殺せたらほめてやる」
「それは冗談なんだろうね? いや、返事はしなくていい」
「それと、結婚式のことなんだが、ザック・ザイカーズを招待してもらえるか」
「……え? それは……わかった。手配しよう」
「マンフリー様。ザック様がおいでになるとすると、護衛のかたと施療師のかたが随伴なさると思います」
「わかった。覚えておく」
「それから、今ツボルトにいるか王都に帰っているかわからないんだが、テルミンという鑑定師がいる。武器、特に剣に関する鑑定が得意だ」
「テルミン老師は知っている。わが家の剣を鑑定してもらったこともある。老師がどうかしたのかね」
「オレの鑑定の師匠なんだ」
「なんだと」
「招待状を出しておいてほしい」
「わかった。そういえば、以前君にみせた一覧表から、かなり招待客が増えている。招待してほしいという申し入れが多くてね。かまわんだろうね」
「それはあんたに任せている。オレが名を挙げたやつ以外の客は、招待するもしないも、あんたの判断でいいようにしてくれ」
「そう言ってもらえると助かる」
「ボウドの席も用意しておいてくれ」
「…………わかった」
そのあとエダが、アリオスとユリウスへの招待状は出したのかとレカンに聞いた。レカンは二人のことを忘れていた。たぶん近々ユリウスがマシャジャインに戻ってくるので、そのとき二人宛の招待状を渡すことになった。
この日はノーマもマシャジャインに帰っていた。ついに『薬神問答』が完成し、今王家とワズロフ家とエレクス神殿総神殿への献本用の写本が仕上がるのを待っているのだそうだ。また、『サースフリー薬草学全書』の全体構成も決まったという。
ボウドもまじえ、にぎやかで楽しい夕食となった。ボウドも早くこの世界の人間の言葉を習得したいようだ。獣人の国でも、言葉をしゃべれない不便さは、いやというほど味わったという。
ノーマとエダは、興味津々で獣人国のことを聞いた。おもに生活や文化についてだが、身分や社会制度に関する質問もあった。
ボウドは意外にも如才なく、しかも的確に受け答えをした。
レカンはずっと翻訳したが、まったく興味のない話題ばかりだったので、聞き流した。この会話を聞けるものなら宰相は白金貨でも支払うだろうなと思った。