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狼は眠らない  作者: 支援BIS
最終話 伝説の始まり
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 四日目の野営である。

『ボウド。将軍職というのは辞められないのか』

『辞めてどうするんじゃ』

『ザカ王国に来い。一緒に迷宮を探索しよう』

『実はそのことは考えておった。何となくレカンは人間の国に落ちてるんじゃないかという気もしておったしのう』

『お、そうか』

『世話になった獣人の将軍が、お前は人間の国に行ったほうが幸せなんじゃないかと言ってくれての。今回の遠征には、〈ハルマドラの兜〉を乞うよう勧めてくれたんじゃ』

『神威無効が付いていたあの兜だな』

『そうじゃ。神器はすべて皇帝陛下のものじゃが、功績を上げると貸与されることがある。わしは将軍として大命を受けたのじゃから、神器の貸与を願い出ることができる。〈ハルマドラの兜〉を着けておけば、兜を脱いだとき、わしと同じ人間とは認識できんからの』

『それじゃ、壊してしまって悪い事をしたな』

『まあ、大丈夫じゃろう』

 大丈夫なわけがないと一瞬思ったが、考えてみると、兜が壊れてから間近でボウドの顔をみたザカ王国の人間は、レカンとエダとデロスとダリラ、それにユフの騎士たちぐらいのものだ。本当に大丈夫かもしれない。それに、大丈夫ではないとしても、たいした問題ではないかもしれない。

 レカンは、〈ハルマドラの兜〉の効果範囲をあらためて聞いた。すると、装着者の周囲一歩から三十歩までという答えだった。なんと、装着者のすぐそばでは、〈神威無効〉という神威は働かないのだ。だからボウドは〈ハルマドラの兜〉を装着しながら別の神器を使うことができたのだ。レカンも接近すれば、〈彗星斬り〉でも〈不死王の指輪〉でも使い放題だったのだが、今さらそんなことを知ってももう遅い。

(ボウドが火魔法を撃てる杖を使ったとき〈インテュアドロの首飾り〉が反応しなかったが)

(あれは近すぎたからだな)

 ボウドが着ていた鎧のことも聞いた。戦いのあと鎧の破片を丁寧に拾い集めていたので気になったのだ。あんなもの拾い集めてどうするんだと聞くと、たぶん元に戻る、という驚くべき返事があった。

 あの鎧は、〈ハーチュリアンの甲殻鎧〉あるいは単に〈ハーチュリアン〉と呼ばれる。大森林の奥深くに棲むハーチュリアンという巨大な虫をたたき伏せ、その甲殻の一部を剥ぎ取ってこしらえた鎧だ。物理攻撃にも魔法攻撃にも強い耐性がある。剥ぎ取った虫を〈親虫〉と呼ぶが、〈ハーチュリアンの甲殻鎧〉は、親虫がどこかで生きているかぎり、どんなに傷ついても自然に修復されるのだという。ただし親虫をたたき伏せた者以外が装着すると呪いを受けるといわれている。

『いったんグィド帝国には帰らないといかんのだろうな』

『いや。帰ればもう一度来るのはむずかしいだろうの』

『じゃあ、どうする』

『とにかく〈安寧の宝珠〉を取り戻すことじゃ。それが皇帝陛下の絶対命令なんだからの』

『奪われた宝物全部じゃないのか』

『勅命は〈安寧の宝珠〉の奪還。それ以外のことは命じられておらん。〈安寧の宝珠〉を取り戻せば、任務は終わる。持って帰るのはほかの者に任せてもよい。わしは勅命を果たした手柄をもって軍籍を抜けさせてもらう』

『よくわからんが、わかった。それで、お前は〈安寧の宝珠〉をみて、確かにそれがそうだとわかるのか?』

『わしにはわからん。しかし、わかる者を連れてきておる』

 デロスとダリラは、意味のわからない会話をみまもるのに飽きて、二人であれこれ話をしている。エダは、旧友と話し込むレカンの姿を、やさしくみつめていた。

 五日目の昼過ぎ、一行はコグルスに到着した。

 町の入り口では、百人以上の冒険者と二十人ほどの騎士が待ちかまえていた。少し先に着いたノッドレイン・ルッカ子爵が話を通してくれていたはずなのだが、やはり獣人千人以上が押し寄せてくるとなれば、防衛態勢を敷かずにはいられないのだろう。

 ノッドレインの身分は、コグルス領主などよりはるかに高い。そのノッドレインが、名高いユフ迷宮騎士団を率いてやって来て、グィド帝国代表とザック・ザイカーズの面談を申し込んだのだ。しかもそのあとには、異形の戦士千人以上が来ている。拒否などできるものではない。

 ザイカーズ商店本店の応接室で、ザックに会えることになった。

 こちら側のメンバーは、ボウドと鼬の獣人、通訳の人間、レカンとエダ、ノッドレインとデュオの七名だ。

 対するザック側は、ザック、コグルス領主継嗣リオル・シャルバトー、執事一名、施療師一名、護衛二名の六名だ。

 レカンが訪問者側の紹介をし、執事がコグルス側の紹介をした。

 要件を切り出したのはエダである。

「ザック・ザイカーズ様。お久しぶりでございます」

「エダ殿。その節にはお世話になった」

「リオル・シャルバトー様。お会いできてうれしく存じます」

「は、はい」

「ジャコフ・ウォーレン様。バグナッツ様。お健やかであられましたか」

「痛み入る」

「やあ」

 ジャコフは騎士だ。バグナッツはどうみても冒険者だ。それもかなり年期を積んだ腕利きだ。

 レカンはバグナッツの視線が気になった。バグナッツは、ちらりとだが二度、鼬の獣人に鋭い視線を向けたのだ。

(たぶん鎧の胸の紋章をみたな)

(こいつ十九年前の襲撃に参加してたんだろうな)

 エダはザックに向き直った。

「運命神様の不思議なご差配により、はるか北方の偉大なる国の皇帝陛下ご名代たる千竜将軍閣下を、ご案内させていただく役目を仰せつかりました。ザック様。直截に申し上げます。今を去ること十九年前、大森林のなかにあるグィド帝国の神殿を人間が襲い、あまたの秘宝を持ち去りました。そのとき失われた〈安寧の宝珠〉という秘宝を取り戻すのが、将軍閣下のお役目です。祭壇のゴルザザ神の神像の左手に乗せられていたお品です。魔力を封じる箱に入っておりました。お心当たりはおありでしょうか」

 ザックはソファに深くもたれ、目を閉じて顔を上に向け、深いため息をついた。

 薄くなった白髪と、顔の細かなしわをみて、老いたな、とレカンは思った。

「心当たりがある。あのとき得た財宝の多くは売り払ったのじゃが、いくつかは手元にとどめてある。そしてある品は、とてもではないが売れるような品ではなかった。たぶんそれのことじゃろう。コグルスの鑑定師には名前が鑑定できなんだ。今持ってこさせる」

 執事がザックの指示を受けて部屋を出てゆき、やがて戻ってきた。

 箱を持っている。奇妙な文様が彫り込まれた箱だ。人間の国で作られたようにはみえない。

 それをエダの前に差し出そうとしたので、エダはあちらに、という身振りをした。

 ボウドと鼬獣人の前に箱が置かれ、蓋が開かれた。

 閉じ込められていた魔力があふれ出た。

 レカンの両目が驚愕にみひらかれる。

 鼬獣人がそれをうやうやしく取り出し、持ち上げて、しげしげと眺めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今のエダはどこかの貴族か良家の娘位には見えるんだろうなあ 序盤の印象がここまで変わるとは
[良い点] >エダは、旧友と話し込むレカンの姿を、やさしくみつめていた。 これは……しゃべるレカンか、あるいはその言葉か、どっちだろう。でもなんかいいですね。 [一言] おお、バグナッツ!元気だった…
[良い点] エダの口上がまじ格好いい こんな立派になって…(涙)
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