2
2
二日目には、移動のしかたが少し変わった。
一日目には、デロスとダリラとレカンとエダが先導してユフ迷宮騎士団が先行し、そのあとをグィド帝国軍が進んだのだが、二日目には、デロスがグィド帝国軍を先導して先行し、そのあとを、ダリラが先導してユフ迷宮騎士団が進むことにしたのだ。獣人たちが森のなかを進む速度は人間より速いし、獣人たちは狩りをしてから食事をするので、行軍の緩急がユフ迷宮騎士団とは異なるからである。
レカンとエダはといえば、グィド帝国軍と一緒だ。ボウドと話をするためだ。デュオ・バーンも、騎士団の指揮を副団長のブラック・オルモアに任せ、レカンたちと一緒に歩いた。
「いやあ。まさかボウド将軍とレカンが同じ異世界の出身だとはな。そっちの世界には、こんな強者がごろごろしてるのか?」
「ああ、まあな」
デュオは、レカンを通訳に、ボウドから獣人帝国のことをあれこれ聞いた。
だがボウドは、国の人口がどのくらいだとか、兵の数がどのくらいだとかいった質問には、わからんと笑った。大森林を抜けるのに何日かかったのかという質問に対してさえ、さあ数えていなかったという答えだった。
要するにボウドは、グィド帝国の国防に関わるような情報を与える気がないのだ。
だが、獣人のものの考え方に関することや、暮らしぶりや道具については、質問に答えた。闘技場のことや迷宮のことも話してくれた。
二日目の野営にも、ボウドを招いた。デュオも来たがったが断った。
今夜はレカンが自分の体験を話す番だった。だがレカンの説明はすぐに終わってしまった。しかもほとんどは迷宮の話で、その次に魔法習得、そして恩寵品の話だった。
ボウドは、レカンが持っている〈時なしの袋〉に驚いた。エダもデロスもダリラも、それぞれ〈箱〉を持っていることを知ると、さらに驚いた。
ボウドは、兎の獣人と鼬の獣人を連れてきて、こいつらに〈箱〉をみせてやってくれと頼んだ。二人の獣人は、〈箱〉をみて、大いに驚き、強い関心を示した。
三日目の移動のとき、レカンはデュオに、獣人の国には〈箱〉がなく、大いに興味を示している、と話した。
三日目の野営で、レカンはボウドに、グィド帝国が取り戻したがっている秘宝とは何かと尋ねた。
ボウドは、この話は翻訳するな、と前置きして話を始めた。
『それは〈安寧の宝珠〉と呼ばれておる。わしもみたことはないんだがの』
『それがあると何の役に立つんだ?』
『お前に砕かれた兜があったろう。あれには〈神威無効〉という神威がついていたんじゃ。おまけに〈認識阻害〉という神威もあった』
『神威? 恩寵のことか?』
『恩寵というのがわからん』
『迷宮品などについている優れた特殊効果のことだ』
『ああ。それは霊威と呼んどるのう。霊威を持つ品を霊器と呼ぶ。神威は霊威の上位版で、神威をまとう品を神器という。〈神威無効〉は、神威も霊威も無効にするんじゃ』
(とすると神器というのは始原の恩寵品みたいなものか)
『一日に六回範囲回復魔法を放てる秘宝〈ンゴロンガの杖〉も神器だのう』
『ああ、あれか』
『霊器は迷宮から得られる。迷宮の魔獣から作った品が霊威をまとうこともある』
『ふうん』
『じゃが、神器のでき方はまったく違う。その神器を生み出すのが〈安寧の宝珠〉なんじゃ』
『なにっ』
『〈安寧の宝珠〉に特殊な儀式を行うと、神器が生まれる。一度使うと六十年間使えん。そろそろその六十年目が近づいておるそうだ』
『ああ、それで今ごろになって奪還の軍を起こしたのか。あの白豹みたいな顔をした獣人が使っていた、斬撃が飛び出す剣、あれも神器か?』
『〈ワイドスの剣〉か。あれも神器だの。そういえば、お前、あれを拾ってなかったか。返せ』
『断る。それはそうと、なんで〈安寧の宝珠〉なんて名前が付いてるんだ?』
『最初に生まれた神器が〈ンゴロンガの杖〉でのう。当時帝国に疫病がはやっておったんだが、杖のおかげで人々は助かった』
『疫病を治めた神器を生み出したから、〈安寧の宝珠〉か。神器というのは全部でいくつぐらいあるんだ?』
『正確には知らんが、グィド皇帝陛下のもとには百三十いくつかの神器があると聞いたことがあるのう』
『ということは、グィド帝国というのは、ええと、七千八百年以上続いてるのか』
『いや。三百年ちょっとらしい』
『計算が合わんような気がするが』
『前に保有しておった国を滅ぼして手に入れたんだろうの。〈安寧の宝珠〉も神器も。しかし帝国では〈安寧の宝珠〉はグィド皇帝陛下の命により作られたことになっておって、そこは追求してはならんことになっとる。それに最近では六十年に一度だが、以前はもっと頻繁に神器が生まれたらしい』
『作られた? 〈安寧の宝珠〉というのは、人が作ったものなのか?』
『伝説では、異形の賢者たちが作ったといわれとる』
二人が話しているところに、デュオ・バーンがやって来た。
「やあ、レカン。邪魔してすまんな。ボウド将軍。これを受け取っていただきたい」
デュオの後ろにいた騎士が差し出したのは、袋状の〈箱〉だ。かなり大きなもので、武器や食料を入れるのに重宝するだろう。
「十枚ある。いずれも百倍か、それに近い容量がある。ユフ侯爵からグィド皇帝陛下への贈り物としてお収めいただきたい」
レカンから翻訳を聞いたボウドは、立ち上がり、奇妙な形の礼をして十枚の〈箱〉を受け取った。
『ユフ侯爵からの贈り物は確かにお預かりした。皇帝陛下の臣として、千竜将軍ボウド・イスフルが謝辞を申し述べる』
四日目の移動のとき、グィド帝国軍の幹部何人かが、ボウド将軍の命を受け、ノッドレイン・ルッカ子爵を訪問したという。彼らは、人間の通訳を従え、十個の霊器をユフ侯爵への贈り物としてノッドレインに手渡した。そして、〈箱〉の作り方などについていろいろと質問をした。グィド帝国の軍制などについても質問に答えていたということだった。
この日レカンはボウドに、獣人たちの戦闘力について聞いた。
獣人の国では、魔力を持つ者は珍しく、大きな魔力を持つ者はめったに出ない。
ただ、時々変異種と呼ばれる者が生まれる。銀色の変異種は非常に大きな魔力を持ち、魔力制御にすぐれているので、必ず魔法使いになるという。
赤色の変異種は筋力にすぐれ、黒色は物理防御にすぐれている。白色は速度にすぐれ、金色は特殊能力持ちだ。金種の場合、常時金色である場合と、特殊能力を発揮したときだけ金色に輝く場合がある。
本陣、すなわち〈尻尾〉部隊を構成していたのは、遠吠え獣人と索敵獣人、そして軍師と治療魔法使いのほかは、皇帝の親衛隊の戦士たちであり、最低でも〈百鬼長〉以上の戦闘力を持っていて、多くが〈神器〉を貸与されている。
『獣人国から連れてきた戦士たちがだいぶ死んだだろう。まずくないのか』
『その代わり、こちらの迷宮に潜ったことで、みな強くなった。特に皇帝親衛隊の戦士たちは目にみえて強くなった。皇帝陛下も喜ばれるだろうの。飛行系の獣人たちは迷宮に潜れなんだから、強くなれなんだ。やはり迷宮だわい』
『ああ、やはり迷宮だな』
ボウドは、ザカ王国の迷宮について、あれこれとレカンに質問した。