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レカンとマシャジャイン騎士団が敵本陣に突撃して激戦を繰り広げていたころ、主戦場のほうでも動きがあった。
はじめザカ王国軍は、よくグィド帝国軍の攻撃に耐えていたが、やがてグィド帝国軍が攻勢を強め、ザカ王国軍は崩れそうになった。
そのとき、ユフ迷宮騎士団が到着して参戦した。
獣人軍団の侵攻を告げる王の使いはユフにも来た。この場合、ユフには軍を出す義務がないし、王のほうでも出兵を命令する権利がない。
だが、デュオ・バーンが迷宮騎士団の出陣を提案した。
「王都とやらを見物してみようじゃないか」
というのがその言い分だ。その時点ではザカ王国軍が劣勢になるなどということは予想されていなかった。王に恩を売りつつ王都の様子をみさだめようとしたのだ。
それならというので、ノッドレイン・ルッカを責任者としてユフ迷宮騎士団騎士百人と従騎士百人が王都に赴くことになった。ノッドレインの父のサルジレインは、侯爵に相談してノッドレインに子爵家当主の座を譲って送り出した。
王都に着いてみると、事態は思ったより深刻だった。
ノッドレインは、最近ユフと懇意になりつつある、マシャジャイン侯爵ワズロフ家の長子および外交担当の子爵とあいさつを交わした。
そこでノッドレインとデュオは、ワズロフ家当主が冒険者レカンに、獣人軍の総指揮官を討ち果たす依頼を出す、ということを内々に知らされる。
「よし。獣人軍とやらを叩いて、レカンの手助けをしようじゃないか」
デュオがそう言い、ユフ迷宮騎士団はアスポラまでやって来たというわけだった。
ユフ迷宮騎士団の参戦により、ザカ王国軍が盛り返した。
だが、グィド帝国軍もしぶとく戦った。そしてこの戦争に、グィド帝国軍は範囲回復魔法を放てる秘宝〈ンゴロンガの杖〉を三本持ってきており、次々と負傷者を回復させていった。
戦いは膠着状態に陥った。
そんなとき、本陣で行われている決闘を観戦する獣人が次第に増え、最後にはザカ王国軍の騎士たちも、何事が起きているのかをみに集まり、なし崩し的に戦闘は中断したのだった。
さて、レカンとボウドの戦いに決着がついた。
デュオはレカンからことのあらましを聞いた。
デュオの声掛けで各騎士団の代表が呼び集められ、レカンから事情の説明がなされた。
ボウドは麾下のおもな獣人を集め、意見を聞いた上で命令を下した。
グィド帝国軍の全軍がボウドとともに、レカンの案内を受け、コグルスに向かうことになった。
これにユフ騎士団が同行することになった。ユフ侯爵の重臣であり子爵位を持つノッドレインが、ザカ王国軍のなかで最も地位身分が高いこと、この戦いで最大の武勲を上げたのがユフ騎士団であることなどから、反対の声は小さかった。また、ほかの騎士団は負傷者の手当てなどで、すぐには動けなかった。
王への報告は、全軍を代表して、ツボルトの騎士バイアド・レングラーとトランシェ騎士団長グラスド・コアンが行うことになった。竜騎士に運ばせる最初の連絡もこの二人が行うし、いち早く王都に帰還して直接報告するのもこの二人が行う。もっとも、すべての騎士団の代表がそれぞれ自分なりの視点で報告することはとめられない。誰もが自分たちの武勲を言い立てることだろう。
余談だが、このあと、負傷者の手当てや食料および宿舎の手配について、近隣の村々に協力要請がなされるのだが、アスポラに最も近く規模も大きいニクヤの町の領主は、昼から酒に酔って酩酊状態であり、対応に不手際をみせる。そのため、本来なら後方支援の功績で報賞を受けるはずのところ、叱責され懲罰を受けることになる。
さて、グィド帝国軍とユフ騎士団をコグルスに案内することになったレカンだが、道がわからない。レカンはエダに頼んで、デロスとダリラを探してもらった。
すぐにみつかった。二人は森蔭で戦況をみまもっていたのだ。
「アスポラからコグルスへの道だって。わかるに決まってるじゃないか」
「おいらも何度かコグルスには行ったことがあるよ」
アスポラを拠点にしている冒険者で時々コグルスに行って仕事をする者は少なくないのだという。
かくして、グィド帝国軍千百四十名、ユフ迷宮騎士団百八十六名の移動が始まった。
移動が始まる前に、レカンが預けていた神薬五個は返却された。
馬の使えない山道の移動なのだが、ふだん冒険者は五日で着くという。
ユフ迷宮騎士団は、あのユフ迷宮で鍛えられているのだから、山道など苦にしない。食料は〈箱〉に詰め込んであるし、〈時なしの袋〉も三つ持っている。
グィド帝国軍は、食料を調達しながらの移動だが、狩の手際はいいし、疲れを知らないかのように歩く。
だから、これほど大人数の集団だが、移動は遅くない。
一日目の野営である。
レカンは、エダ、デロス、ダリラと四人で野営したが、ボウドも招いた。
デュオ・バーンも参加したがったが、断った。
肉を出して焚き火であぶった。エダがスープを作った。
最初の夜、まずはボウドがこの世界に着いてからのことを聞いた。時々内容をかいつまんでエダとデロスとダリラに翻訳して聞かせた。
なんとボウドは獣人の国の近くに落ちて獣人たちに捕まり、戦闘奴隷として闘技場で殺し合いをさせられていたというのだ。
劣悪な環境のなか、ボウドは勝ち続け、生き続けた。
イオダットという獣人の将軍がボウドを買い、ボウドは地下牢獄から出ることができた。
そしてついには自分を買い戻し、奴隷身分から脱することができた。
自由民となったボウドは、イオダットの指示により次々と迷宮を踏破した。
最後にはイオダットの希望により、闘技場でイオダットと決闘して勝利し、将軍の座を譲り受けた。
そして皇帝の命により、グィド帝国の秘宝を人間から奪還するため、軍を率いてザカ王国に攻め込んだのだという。
レカンは獣人の国の迷宮について、あれこれ質問した。
この夜は結局、ボウドの話を聞くだけで終わってしまった。