13
13
ボウドの体はわずかにのけぞった。
頭がわずかに沈み込んだ。
だが、それだけだ。
両断されるはずのボウドの頭と体は、そこにそのままある。
それどころか、兜を断ち斬ることさえできていない。
あり得ない光景がそこにあった。
レカンが加速をつけ最大の力で打ち込んだのである。
どんな相手も真っ二つに切り裂かれるはずだ。
だが、ボウドはびくともしていない。
レカンの目の前には兜がある。不気味な魔神の顔を模した造形なのだが、目玉は丸く大きく、奇妙な愛嬌がある。
その作り物の目玉の奥で、ボウドの肉眼がレカンをみているような気がする。
外側に湾曲した巨大な牙の奥で、ボウドの口元がにやりと笑ったような気がした。
「〈力よ〉!」
しまった、と思う間もなくボウドの巨大なバトルハンマーが旋回してレカンを襲う。
「か、〈風よ〉!」
〈突風〉を発動してボウドの攻撃から逃れようとしたが、わずかに遅い。
バトルハンマーの先端がレカンの腹に食い込む。
レカンは、ぐるぐる回転しながら吹き飛ばされ、地に叩きつけられた。
受けた衝撃で視界が曇るが、レカンは必死に起き上がり、左手を腹に当てた。
「ごふっ。〈回復〉! 〈回復〉!」
口から血を吹き出しつつ、腹に回復魔法を連発する。
ボウドがバトルハンマーを右肩にかついで、のしり、のしりと近づいてくる。
「〈炎槍〉! 〈炎槍〉! 〈炎槍〉! 〈炎槍〉! 〈炎槍〉!」
片膝を突いたまま、左手を前方に向け、〈炎槍〉を五連射した。
かなりの魔力を込めた。
五発の〈炎槍〉は、ボウドの顔、右肩、左胸、腹、腰に着弾して大きく爆発した。
だがボウドは小揺るぎもせず、平然と耐え、また歩き出した。
(くそっ!)
(〈硬質化〉だ!)
(間違いない)
五発の〈炎槍〉が着弾するとき、ボウドは動きを止めていた。〈硬質化〉を強く発動するときには、ボウドは動きを止めるのだ。
その前のレカン渾身の一撃も、ボウドは〈硬質化〉で防御しきったのだ。
〈硬質化〉は発動に呪文が必要ない任意発動型のスキルなのだが、習熟すると長時間連続して発動できる。ボウドは戦闘のとき、弱く常時発動させておいて、ここぞというときには動きを止めて最大限の発動をさせていた。
だが、〈硬質化〉を強く発動させるときには大量の魔力を消費するはずだ。魔力のない今のボウドが、なぜ〈硬質化〉を発動させられるのか。
うなりを上げてボウドのバトルハンマーが右上から左下に向かって振り下ろされる。
レカンはボウドの攻撃動作が始まってから、素早く立ち上がりつつ左に跳んだ。
風圧で白炎狼の外套が引きちぎられそうになる。
すれちがいざまに〈レカンの剣〉で、ボウドの右手の二の腕に斬り付けた。
硬い手応えだが、弾力もある。
空振りしたボウドが態勢を立て直す隙に、後ろから袈裟懸けに斬り付けた。
まともに当たったのだが、あまり斬れたという感触はなかった。
ふつう〈硬質化〉は身体と共に服や鎧にもかかるが、〈硬質化〉の効果が高い鎧と低い鎧がある。金属鎧は効果が低い。魔獣素材は概して高い。
ボウドの鎧は魔獣素材のようだ。非常に上質な品のようで、しかも強い〈硬質化〉がかかっている。これを斬るのは容易ではない。だが、斬って斬れないことはないような気がする。
ボウドが大きく右に回転して振り返り、力をためてバトルハンマーを振り回してきた。
「〈力よ〉!」
「〈風よ〉!」
後ろに跳びすさりつつ、〈突風〉の力を借りて大きく跳んだ。
力よ、というのは〈剛力〉というスキルの発動呪文だ。そして先ほどの打撃には、間違いなく〈衝撃貫通〉が込められていた。
レカンは口にたまった血を吐き出した。
〈回復〉をかければ傷は修復されるが、腹のなかに流れ出てしまった血がなくなりはしないし、内臓のダメージや痛みが完全になくなってしまうわけではない。レカンは内臓がねじれる痛みと気持ち悪さを抱えたままだ。
ボウドは、〈衝撃貫通〉〈剛力〉〈硬質化〉の三つのスキルを間違いなく使える。レカンの〈突風〉は、もとの世界では魔法には分類されなかったが、この世界では魔法扱いだ。〈生命感知〉や〈魔力感知〉は、この世界のルールに適応して作り替えられた。ボウドの場合、〈衝撃貫通〉〈剛力〉〈硬質化〉は、この世界では魔法ではないとみなされたのだろう。だから魔力ではなく、ほかの何かを消費して発動している。この世界のルールにしたがって、そう作り替えられたのだ。そうとでも思うしかない。
それにしても、レカンの渾身の一撃が頭部に直撃したのに平気だったのは異常だ。この世界に来て〈硬質化〉が異常な進化を遂げたのか。あるいは〈硬質化〉の効果を高めるような装備を身に着けているのか。
そして大炎竜の鎧ごしにレカンの腹部に多大なダメージを与えた、あの攻撃。
〈衝撃貫通〉も恐るべき進化を遂げている。
ボウドがバトルハンマーを大上段に振り上げて、悠然と歩み寄ってくる。
レカンは身をかがめ、ぎりぎりまで待ってから、右に身をかわし、ボウドの後ろ側にまわり、すれちがいざまに左足の踵の上のあたりに斬り付けた。
まっすぐ振り下ろされたバトルハンマーは、途中で軌道を変え、左側の大地をうがった。
もしもレカンが左側に身をかわしていたら、あの打撃を身に受けていただろう。
(敵は一撃でこちらを戦闘不能に追い込めるが)
(こちらの攻撃はほとんど通じないわけか)
(さて)
(どう戦うか)
「〈風よ〉! 〈風よ〉!」
レカンは後ろに大きく跳んで、敵と距離を取ると、〈レカンの剣〉を〈収納〉にしまい、聖硬銀の剣を取り出した。