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翌日はニケに指導されながら〈回復〉を練習した。その合間に、人の体の構造について教えを受けた。また、いろいろな話をした。
「剣が欲しい。愛剣の代わりになるすぐれた剣が。オレが渾身の力をこめて斬撃を放っても折れない強い剣が欲しい。どこに行けば手に入る?」
「うーん。それなりの鍛冶屋も何人か知らなくはないけど。たぶんあんたの要求に応えられるようなものは作れないだろうねえ。ツボルト迷宮を知ってるかい?」
「いや、知らん」
「別名〈剣の迷宮〉ともいわれててね。宝箱からやたら剣が出る迷宮なんだよ。ここからは、伝説に残るような剣も出てるし、とにかく下層にいけば相当の剣が手に入る。癖もある迷宮で、下層までおりるのは手間がかかるし、強い冒険者が集まる迷宮だから、いろいろと油断はならないけどね」
「どこにある」
「ここから乗り合い馬車で一か月ぐらいかかるよ」
目的にかなう剣を得るのに一か月かかるとして、往復を入れると三か月かかることになる。今はまだシーラのもとで修業している立場なので、三か月の休みをくれとはいえない。その迷宮に行くのは、少しあとだ。
「この剣は、こちらの世界にもあるものだろうか」
〈収納〉から神鋼でできた剣を取りだして、ニケにみせた。ニケは驚いた顔をしたあと、じっと剣をみつめた。
「なんてこった。〈聖硬銀〉の剣じゃないか。混ざりけなしの。とんでもないお宝だよ、これは。しかも剣としてもいい仕事だ。すごい切れ味だろうね、こりゃ。これがあるなら新しい剣なんかいらないんじゃないかい?」
「ふむ。こちらでは聖硬銀というのか。この剣は切れ味がよすぎる。剣身が薄いし、刃は研ぎ澄まされているから、硬くて強い敵を渾身の力で斬れば、刃が欠けたり折れたりすることもあるだろう。剣をひねって相手の体をえぐったり、剣の腹で敵の攻撃を受けたりするのにも向かない。斬ることしかできない剣だ。これを主武器にはできない」
「なるほどね。その点、迷宮品というのは損耗しにくいし、特殊な恩寵がついていれば、剣身自体に負担をかけずに戦える場合もあるしね」
「剣身に負担をかけずに?」
「そうさ。あたしの剣みたいにね」
ニケはショートソードを取り出して、鞘から抜いてみせた。
奇麗な剣だ。それに何かの恩寵がついているような気がする。
「鑑定していいか?」
「やってみたらいいさ」
「〈鑑定〉」
何も読み取れなかった。
「鑑定不能?」
「そういうことさ。この剣は〈彗星斬り〉という銘がついた恩寵品でね、ちょっと特殊な使い方ができる」
「ほう」
「鑑定技能を磨いていけば、いずれ読めるようになるよ」
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翌日、ついに〈回復〉が発動した。
「よし。あとはぼちぼち練習していけばいいさね。〈回復〉自体も便利なんだけどね、あたしの傷薬を水で溶くとき〈回復〉をかけてやるか、塗ったあと〈回復〉をかけてやると、飛躍的に薬効が高まり、早く効くようになるのさ」
「それはありがたい」
「〈回復〉の効き目はね、行使する側の魔力と、行使される側の生命力に依存するのさ」
「いぞん?」
「それ次第ってことさ」
レカンは魔力も生命力も高い。ゆえに、自身に〈回復〉を使うと非常に効果が高いうえに、回復後にすぐ新たな傷を負って〈回復〉を再度かけても効果が高い。
ところがレカンが普通の人間に〈回復〉をかけたとする。レカンの魔力が高いので、最初は大きな効果を現す。ところが連続して〈回復〉をかけても、相手の生命力が追いつかないため、すぐに効果は低くなり、やがてまったく効かなくなる。
〈回復〉には、魔法水やポーションのような副作用や制限はないかわり、別の限界があるのだ。
「〈回復〉はね。一度に強くかけるんじゃなく、弱い〈回復〉を何度も何度も時間を置いてかけ続けるのが、本当はいいんだ。このことは忘れないでおくれ。それとね、〈回復〉には二通りある。冒険者向きの、手っ取り早いけれど乱暴なやり方と、施療師が使う、症状や体力に応じた精密で丁寧なやり方がね。迷宮で使うには乱暴なやり方が向いてるけど、せっかくあたしのもとにいるんだから、あんたには精密で丁寧なやり方を教えるよ」