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「こっからあとは、あんたの仕事だ! あたいは高みの見物をさせてもらうよ!」
後ろで声がした。
ダリラの声だ。
さっき赤熊の獣人の目を射たのはダリラだったのだ。
ワズロフ家からの依頼は戦場までの道案内だけだったはずだが、こっそり後ろからついてきて、わざわざ援護射撃をしてくれたのだ。
ダリラの気配が遠ざかってゆく。
天晴れな逃げ足である。
こうしている間にも戦況は動いてた。
騎士プルクスは、弓隊第一部隊に二度目の長距離射撃を命じ、第二部隊には百歩前進して敵に矢を浴びせよと命じた。
第一部隊の二度目の斉射も、黄金蛇の獣人に散らされた。
騎士プルクスは、第一部隊の弓兵たちに、少し手前を狙えと命じた。
第一射は敵本陣中央と最前列に同時に放った。
本陣中央に放った矢は、黄金蛇獣人の不思議な力で散らされたが、最前列に放った矢はその力の影響を受けなかった。
ということは、矢を散らす力の有効範囲はそれほど広くない。
だから範囲外を狙って第三射を放ったのだ。
何人かの獣人が前に進もうとしたが、この第三射が足止めになった。
騎士プルクスは、第一部隊の弓兵たちに、矢の続くかぎり射撃を続けよと命じ、連続射撃が始まった。
これが貴重な時間を稼いでくれた。
走って前進を続けていた騎士三十二人が、レカンたちと合流できたのである。
矢の攻撃は止まっている。
敵本陣の獣人たちは、じっとしたまま、こちらの動きをみまもっている。
まるでこちらの態勢が整うのを待つかのように。
ジンガーは、三十二人の騎士たちを停止させた。
騎士たちは荒い息をついている。金属の全身鎧を着たまま、千歩近くを走ったのだから、その疲労は大きい。ただし彼らは立ったままわずかな休憩を取るだけで疲労を回復させることができる。そういう肉体を持ち、そういう訓練を積んできている者たちなのだ。
レカンは肉眼で獣人たちを観察しつつ、〈生命感知〉で彼らの戦力を確認していた。
今やレカンの〈生命感知〉は半径千五百歩に及ぶ。探知範囲は任意に動かせるのだが、三千歩先を感知することはできない。二千五百歩が最大だ。
その〈生命感知〉の告げるところでは、遠吠えを放った獣人たちと、銀鼠の獣人と、白豹の獣人、そして赤熊の獣人は完全に死んでいる。肉眼では倒れた体がみえるのに、〈生命感知〉には映らないからだ。死体を数えてみたところ、遠吠え獣人の数は十九人だった。
敵の総指揮官とおぼしき反応の周りを十人の獣人が取り囲んでいる。〈魔力感知〉は五十歩ほどしか届かない。総指揮官まで百歩をわずかに超えるほどの距離があるので、正確な魔力量はわからない。しかし〈生命感知〉に映る赤い点はあまりにも小さい。つまり総指揮官はまったく魔力をもたない。ということはレカンの知るボウドではない。だがやはり、同郷人特有の気配を放っているのは、この総指揮官だ。レカンがそう感じている以上、相手もそう感じているはずだ。
〈立体知覚〉が届けばもう少し詳しい情報が得られるのだが、ぎりぎり届かない距離だ。
総指揮官とその周囲の十人のさらに外側に、十六人の獣人がいる。もともと広く散開していたのだが、今は十六人のうち十人が、総指揮官とレカンたちのあいだに立ちふさがっている。残り六人は総指揮官の向こう側や横のほうにいて、どの方角からの攻撃もみのがさないよう見張っている。
敵総指揮官を守るのは、たった二十六人の獣人だ。この二十六人は、すさまじい強さを持っている。
(いっそ総指揮官に決闘を申し込んでみるか)
一瞬、そう思った。
戦場の騒音が邪魔になり、この距離では総指揮官まで声が届かないが、もう少し前に進めば声が届く。総指揮官はレカンと同郷であるはずなので、もとの世界の言葉で話しかければ通じるはずだ。
(いや)
(だめだな)
守りを固めて戦闘態勢を整えている相手に対し、その防御陣の外側から声をかけて、総指揮官と戦わせろなどと要求するのは、虫がよすぎる。
(少なくとも自力で総指揮官のもとにたどり着くぐらいのことはやってみせないと)
(決闘なんぞ認められんだろうな)
小さな声でジンガーがレカンに言葉をかけた。
「レカン様。ご武運を」
どういう意味だろうかと思っていると、ジンガーが大きな声で命令をした。
「騎士ヨーグ! 騎士ウォルトン! レカン様とエダ様の露払いをせよ! ほかのものはこちらに来い!」
そう言って左のほうに移動していき、五十歩ほど離れて止まった。
(ジンガー?)
レカンのもとには、エダと、騎士ヨーグと騎士ウォルトンが残され、馬に乗った側近と徒歩の騎士三十人は左翼に移動している。
なぜこちらの戦力を二つに分けるのか。
レカンのいる右翼の人数をなぜ極端に少なくするのか。
しかも突進力のある騎馬二騎も左翼だ。
(そうか)
(そういうことか)
ジンガーはおとりになるつもりなのだ。
できるだけ多くの敵を自分に引きつけ、レカンが手薄な敵を突破できるようにしようと考えたのだ。