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レカンが赤熊と白豹の獣人と交戦を始める少し前、戦場には別の動きがあった。
敵本陣の後方、〈死の街道〉より少し東側から、気配を隠して本陣に近づく者がいた。潅木や草の深い部分を利用して、たくみに自分の存在を隠している。気配を殺して移動する特殊な技術を持っているようだ。
かなり強い魔力を持っており、〈生命感知〉にははっきりと映っている。その気配に覚えがある。
レカンが〈驟火〉を放ったとき、敵の注意が〈驟火〉に向いた。その隙を利用してその人物は一気に敵本陣に近づいた。
そのとき、敵の総指揮官の横にいた、小柄で耳の長い、兎のような顔をした獣人が振り返り、草むらのなかを指さして鋭い声を上げた。
総指揮官の近くにいた獣人四人が振り返って魔法攻撃を放った。
その人物は対魔法装備を身に着けており、魔法攻撃は障壁に阻まれたが、敵の総指揮官は強力な護衛たちに取り囲まれた。
これでは近づけないと思ったのだろう。その人物は西に走って、続けざまに飛んでくる攻撃魔法の射程外に逃げた。
素晴らしい疾走である。そしてその人物は少し向きを変え、レカンが獣人たちと戦っている場所に、まっすぐに向かってきた。
いくつかのことが、わずかのあいだに続けざまに起きた。
レカンの後ろから騎馬で走り込んできたジンガーが、白豹の獣人に襲いかかった。
レカンは赤熊獣人の振り下ろした巨大棍棒に〈彗星斬り〉を一閃させたが、〈彗星斬り〉は巨大棍棒を素通りしてしまった。レカンは振り下ろされる巨大棍棒をかわし、一瞬動きのとまった巨大棍棒に〈彗星斬り〉を一閃させた。
騎士プルクスが弓隊を停止させ、第一部隊には敵本陣中央を、第二部隊には敵本陣最前列を攻撃させた。
第一部隊は熟練者の集団で、五百歩先の敵を狙える腕を持つ。
第二部隊は第一部隊に比べて腕は劣るが、それでも四百歩先に弓が届く。
敵最前列までまだ四百歩以上あるが、今にも獣人たちの遠吠えが始まろうとしていたため、騎士プルクスは攻撃の判断を下したのだ。
遠吠えが始まったまさにそのとき、銀鼠の獣人は、後方の仲間が警告の声を発したような気がして振り返った。すると目の前に人間の剣士が迫っていた。アリオスである。
アリオスは〈虚空斬り〉を抜くと、そのまま銀鼠獣人の首を斬り飛ばし、返す刀で白蛇の杖を真っ二つに斬った。
そして素早くその場を離脱した。
遠吠えを始めた獣人たちは、後ろにいた銀鼠の獣人に異変があったことに驚き、遠吠えを止めてしまった。その直後、頭上から矢の雨が降ってきた。弓隊第一部隊の放った矢である。
白豹の獣人は身をひねってジンガーの攻撃をかわしつつ、曲刀を振った。飛翔する斬撃がジンガーの右手を切り裂いた。
「〈浄化〉」
ジンガーの後ろから側近の騎士が騎馬でエダを乗せたまま走り込んできて、白豹の獣人に切りつけたが、白豹の獣人は、この攻撃もかわしてのけ、曲刀を振った。飛翔する斬撃が騎士の胸元を斬り裂いた。
「〈浄化〉」
弓隊第一部隊の放った矢は、遠吠えする獣人たちのさらに後方をめがけて大空を飛翔した。
だが、黄金色の蛇の顔をした獣人が青い宝玉を埋め込んだ杖を高く掲げて呪文を唱えると、不思議なことに矢は力を失い、風に吹き散らされる木の葉のように、ばらばらに地上に落ちた。
横を通り過ぎるジンガーと側近に目もくれず、白豹の獣人と赤熊の獣人はレカンに襲いかかる。
正面からは赤熊の獣人。
その右後ろに白豹の獣人。
赤熊の獣人が、右手に持った巨大棍棒を、音を立てて横になぎ払う。
レカンはそれを左にかわしつつ、赤熊獣人の首に斬り付けた。
〈彗星斬り〉は赤熊獣人の首に傷を付けたが、斬り飛ばすことはできず、そのまま剣は首を素通りした。
そのレカンの目の前に白豹の獣人がいる。
右から来るとみせかけて、レカンと赤熊獣人が交差した一瞬で反対側に回ったのだ。
白豹獣人が袈裟懸けに曲刀を振り下ろす。
レカンはそれをかわそうともせず、今赤熊獣人の首を攻撃したばかりの〈彗星斬り〉をそのまま左に振り抜き、同時に魔法刃を一気に伸ばす。
曲刀から飛んだ斬撃がレカンの左肩と左胸を深々と切り裂く。
〈彗星斬り〉が白豹の獣人の首を斬り飛ばす。
赤熊の獣人が、右に体を回転させながら、先ほどと逆方向に巨大棍棒を叩きつけてきた。
レカンは〈彗星斬り〉を左から右に振る。
巨大棍棒が根元から断ち切られる。
レカンは左に飛び退けるため、右足で大地を蹴ろうとしたが、左胸に激痛が走り、足から力が抜ける。
赤熊の獣人は、巨大棍棒の残骸を握りしめたまま、その右のこぶしをレカンに打ち付けてきた。
逃げなければと思考するのだが、体が思うように動かない。左胸の傷は命にも関わる深手なのだ。〈神薬〉を取り出して飲まなければ、すぐにも死ぬ。
赤熊獣人の右目に矢が突き立った。
目に刺さった矢のために狙いがそれて、赤熊獣人の右こぶしがレカンの頭上ぎりぎりを通り過ぎる。
「〈浄化〉!」
ジンガーと側近は馬首をめぐらして反転しつつあった。その側近の後ろに騎乗するエダが〈浄化〉を放ったのだ。
身体の自由を取り戻したレカンは、〈彗星斬り〉で赤熊の獣人の首を左から右になぎ払い、右から左になぎ払った。
レカンと赤熊の獣人の動きが止まる。
赤熊の獣人の首が、ぐらりと揺れて前に落ち、巨大な体躯が後ろに倒れた。




