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敵の飛行部隊は、ざっと三百人以上だ。鳥系の獣人たちである。
翼をはためかせ、レカンたちに向かって飛んでくる。
そのなかに五人ほど、恐ろしいほどの魔力を持った者たちがいる。
よくみると、飛行獣人たちの多くは武器らしきものを持っているが、先頭の巨大な羽を持つ五人だけは、別の獣人を抱えて飛んでくる。その抱えられた五人が、強大な魔力の持ち主だ。
騎士プルクス率いる弓兵隊は、進路を少し左に変えて駆けている。敵の飛行部隊を迎え撃つつもりなのだ。だが間に合いそうもない。
飛行部隊は急速に近づいてくる。
一瞬、〈驟火〉を使おうかと思った。
だが、今の高さでは届かない。
本来〈驟火〉は集団で使う魔法で射程も長いのだが、レカン一人で撃つ〈驟火〉は、二百ないし三百歩程度の射程だ。
攻撃してくるときには降下するかもしれないが、〈驟火〉の射程内に入るかどうかわからない。
それに、〈驟火〉は上から下にたたき付ける攻撃である。降下したときに〈驟火〉を撃てば、味方も巻き添えにしてしまう。
姿がはっきりみえてきた。
杖だ。
五人の魔法使い獣人は、杖を構えている。
「〈炎槍〉! 〈炎槍〉! 〈炎槍〉!」
届かないのは百も承知で〈炎槍〉を連発した。せめてもの牽制だ。
「ジンガー! 魔法攻撃が来るぞ! 〈炎槍〉! 〈炎槍〉! 〈炎槍〉!」
レカンの後方から魔法矢が飛ぶ。
エダが〈イェルビッツの弓〉で攻撃しているのだ。
〈イェルビッツの弓〉の射程は〈炎槍〉よりはるかに長い。
何発かは当たった。だが敵は平気だ。距離で威力が弱まってもいるだろうが、敵の魔法防御は高い。
敵部隊は高速で近づいてくる。
五人の魔法使い獣人の構える杖には、戦慄すべき密度と量の魔力が蓄積されている。もはや詠唱は終わり、いつでも発動できる態勢だ。
「槍だ! 槍兵たちよ! 槍を空に向かって構えよ!」
ジンガーが命令を下す。
「〈炎槍〉! 〈炎槍〉! 〈炎槍〉!」
先頭の五人が下降を始めた。
エダの攻撃がいよいよ苛烈になる。しかし敵は落ちない。
騎士プルクスの指揮のもと、弓兵たちが攻撃を始めた。しかし距離がありすぎ、角度も悪い。
獣人の五人の魔法使いが、魔法を放った。赤色、青色、黄色、紫色、そして白色の五つの魔法攻撃だ。
「〈炎槍〉! 〈炎槍〉! 〈炎槍〉!」
射程ぎりぎりだったが、〈炎槍〉の一つが五人の魔法使いのうち一人を直撃した。
その直後、地上が爆発した。
しばらく視界がふさがれた。
レカンとエダは、〈インテュアドロの首飾り〉に守られ、無傷だ。そしてあの混乱のなかにあって、槍兵たちは高々と〈トロンの槍〉を掲げ、騎士たちは槍兵のもとに集まって防御態勢を取っていた。
そこに、後続の飛行獣人たちが降下してくる。
エダがすさまじい勢いで魔法矢を連射し、二体ほど敵を落とす。
飛行獣人たちは、持っていた槍を投げつけた。
三百本の槍の雨だ。
エダは攻撃をやめ、地に伏して体を丸めた。
エダの前にジンガーが立ちふさがり、〈ウォルカンの盾〉を構えて、飛んできた槍を防いだ。恐ろしい音がした。重量のある槍だ。
「〈炎槍〉! 〈炎槍〉! 〈炎槍〉!」
レカンも〈ウォルカンの盾〉で身を守りつつ、〈炎槍〉を放つ。
だが飛行獣人たちは、〈炎槍〉の射程には降りてこない。
獣人の飛行部隊は、槍を投げつけると再び上昇して、遠くの空に舞い上がった。
地がえぐれ、草は焼け、いたるところで馬と槍兵が槍に貫かれて苦しんでいる。
騎士たちはさすがに装備のおかげで被害は槍兵ほど大きくない。
飛び去った獣人飛行部隊は、旋回を始めている。すぐに反転して再度攻撃してくるだろう。そうなれば全滅に近い被害を受ける。
そのときジンガーが、張り裂けんばかりの大声で命令を放った。
「立ち上がれ、マシャジャインの騎士たちよ! 敵陣に飛び込め! 乱戦に持ち込むのだ!」
命令を受けて騎士たちが前進を始めようとしたそのとき、再び獣人たちの遠吠えが響き渡った。
(くそっ!)
(いやらしいタイミングで!)
「〈浄化〉! 〈浄化〉! 〈浄化〉! 〈浄化〉! 〈浄化〉! 〈浄化〉!」
ばたばたとマシャジャインの騎士たちが倒れるなか、エダが六発の〈浄化〉を発動させた。美しく青い光の玉が、ジンガーと五人の騎士たちの頭部を守っている。
だが、〈浄化〉で守り続けられる人数は、あまりに少ない。ほとんどの騎士と槍兵は、行動不能だ。
彼方の空で、獣人飛行部隊が旋回を終えようとしている。
その様子を、ジンガーが厳しい目でみつめている。
(やむを得ん)
(オレだけでも本陣に突っ込むか)
遠吠えをしている獣人までは、もう千歩もない。〈白魔の足環〉を使えば、わずかな時間で本陣に到達できる。だがそのあと、一人で敵総指揮官までの血路を切り開けるか、どうか。
そのときである。
何かの気配を感じてレカンは首をめぐらして北東の空を仰ぎみた。
飛んでくる。
何かが飛んでくる。
たくさんの何かが飛んでくる。
恐るべき速度で百ほどもの大きな何かが飛んでくる。
(あれは?)
(白首竜か!)
百頭もの白首竜が、巨大な翼を広げ、戦場めがけて飛んでくる。
いや、そうではない。
獣人飛行部隊をめざして飛んでくる。
(味方か?)
西の空をみた。
反転を終えた獣人飛行部隊は、高度を上げながら飛んでくる。
新たな敵が自分たちと戦うために現れたことを知り、決戦を挑むのだろう。
レカンは、シーラから譲り受けた〈ハルフォスの杖〉を素早く取り出すと、詠唱を始めた。
「魔力よ。魔力よ。大いなる魔力よ。わが呼びかけに応え、ここに集え」
敵も味方も空の戦いに気を取られている。今なら先手が取れる。
「わが腹に宿り、渦を巻き。右腕を通り抜けて、杖に宿れ。杖に宿りし魔力は旋回せよ。旋回して合流の時を待て」
白首竜の飛行部隊が、レカンの〈生命感知〉の範囲に入ってきた。
懐かしい巨大な魔力の気配がする。
ジザだ。
パルシモ魔法研究所の導師、ジザ・モルフェス大老だ。
百頭の白首竜には、パルシモの魔法使いたちが乗っているのだ。
「新たな魔力よ、湧き出でよ。湧き出でて、丹田に収まり、凝り固まりて威力を増し、渦を描いてつながり合い、杖に流れ込め!」
パルシモ魔法軍団のほうが高度が高い。舞い降りるように敵に向かう。獣人飛行部隊がそれを迎え撃つ。
高速で大空を滑空する二つの飛行軍団は、たちまち相手を射程に捉え、魔法の撃ち合いが始まった。だが、獣人たちの攻撃魔法使いは、強大ではあるものの四人しかいない。それに対してパルシモ魔法軍団からは二十人ほどが魔法を放った。いずれも長距離攻撃ができる導師級の魔法使いだろう。
「杖よ。杖よ。加速せよ。わが魔力を加速せよ。すべての祈りは一つとなり。すべての破壊はわが手にある。そして時至らばわれに告げよ。解放の時をわれに告げよ。もはや、そは遠からじ」
パルシモ魔法軍団から放たれたひときわ巨大な魔法球が、いち早く獣人飛行部隊の先頭集団を爆発の炎で包んだ。レカンには、〈七頭の青杖〉を構えるジザの姿がみえるような気がした。
レカンは右手に杖を構えたまま、前方に向かって走り始めた。