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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第8話 薬師の失踪
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 翌日は朝からシーラの家に行き、〈灯光〉の練習をした。

 その翌日も朝からシーラの家に行って〈灯光〉の練習をしていたが、昼前来客があった。

 領主の息子アギト・ウルバンだった。騎士もどきを一人連れている。

 レカンは玄関の扉を開けたが、アギトをなかに入れることはしなかった。

「何の用だ」

「シーラ殿はおられるか」

「いない」

「に、ニケ殿はおられるか」

「いない」

「何か手がかりはつかめたか?」

「手がかりとは、何の手がかりだ」

「シーラ殿とニケ殿の失踪についての手がかりに決まっているではないか!」

「シーラはどこかに行っているが、それはこれまでもあったことで、べつに誰かにさらわれたわけではない。ニケはもともとこの家には住んでいない」

「そ、そうか」

「用はそれだけか」

「この扉を」

「うん?」

「この扉を壊したこと、謝罪する」

「……その謝罪は確かに受け取った」

「修理の職人を呼んだのはチェイニーだが、修理代は私の財産から払う」

「確かに聞いた」

 たぶん領主がそう命じたのだ。つまりこれは、領主がレカンとシーラに謝罪したということなのだ。

「ほかに用は」

「い、いや。それだけだ」

 アギトはうなだれて帰っていった。

 作業部屋に戻ると、椅子にニケが、つまり少女姿のシーラが座っていた。

「やあ」

「帰ったのか」

「まあね」

 ニケはお茶を淹れて、一つをレカンに差し出した。

「その姿のときはニケと呼んだほうがいいのか」

「そうしてもらえると、ありがたいねえ」

「ゴルブル迷宮で、金のポーションが出た」

「ほう! 飲んだのかい?」

「飲んだ」

「どんな技能がついたんだい?」

「わからん」

「ふうん。ま、そのうちわかるだろうさ」

「剣が折れた」

「へえ」

 レカンは〈収納〉から、二つに折れた愛剣を取り出した。

「こうなってしまえば〈自動修復〉も働かない。もう剣としての生命は終わった」

「ちょっとみさせておくれな」

 しばらくニケは、剣の折れた部分を調べ、次に宝玉のはまっている柄を念入りに調べた。

「魔法の機能はまだ生きてるね。宝玉は死んでない。魔力が少し減ってるだけだ。ううーん。この剣、ちょっと預かってもいいかい?」

「かまわん」

「あたしの友達で、こういうのに詳しいのがいるんだ。そいつにみせてやりたいんだけど、かまわないかい?」

「それはもしかして、王都の魔道具技士ヤックルベンドとかいうやつか?」

「そうさ。その名前をどこで知ったね?」

「チェイニーから聞いた」

「ふうん。何があったんだい?」

 レカンは、ヴォーカの町に帰ってから起きたことのあらましを説明した。

「うん。だいたいそんなとこさね。ここにあたしがいると、ミドスコの使いとかいう不作法者が毎日押しかけてくるからね。ちょっとよそに行ってたのさ。あんなやつは早く消えてくれるのがいいね」

 よほどミドスコのことを面倒に思っていたようである。

「ところで、あんた、気にならないのかい?」

「何がだ?」

「エダちゃんがいないことをさ」

「ああ、そういえばいないな」

 忘れていたわけではない。存在を思い出さなかっただけだ。

「もう少し弟子のことを心にかけたほうがいいよ。それがあんた自身のためなんだ」

「それで思い出した」

「何をだい?」

「どうしてエダをオレの弟子にしたんだ。あんたのほうがよほどたくさんの魔法を知っているのに」

「やれやれ。それは説明しただろうにね。人に教えることで、あんたはまたとない勉強ができるんだよ」

「確かにオレには勉強になった。だが、エダのためということからすれば、やはりあんたが直接教えたほうがいい」

「あのねえ。あんたは知らないんだろうけど、この世界の魔法使いなんて、〈灯光〉や〈着火〉みたいな基礎魔法をのぞけば、一系統二、三種類か、せいぜい二系統三、四種類の魔法を使えるぐらいのものなんだ。弟子入りしたら、師匠が使える魔法しか教えてもらえない。そういうものなんだよ。あんたなんか、知覚系と創造系と空間系と光熱系と、四系統も使えるじゃないか。それにたぶん、特殊系の〈吸収〉を使えるだろう? こんな優秀な師匠に習えるエダちゃんは、幸せなんだよ」

「そうなのか」

「そうなんだよ」

 レカンは口ではニケにかなうわけがなく、簡単に丸め込まれてしまった。もちろん、エダがレカンに魔法を習うように仕向けるについては、ニケにはニケの思惑があった。だがそれを説明するつもりは、ニケにはなかった。

「まあ、とはいっても、あんたも留守が多くなりそうだしね。あんたがいないときはあたしが教えてあげるよ。それはそうと、今日は新しい魔法に挑戦してみるかい」

「ぜひ頼む」

 この日レカンは、〈回復〉の手ほどきを受けた。結局この日は発動できなかったが、ニケは習得の可能性があると言った。

「発動にはいたらなかったけど、魔法の構築はいい線いってた。たぶん覚えられるよ。冒険者で〈回復〉が使えたら、こんな便利なことはないからね。気長におやり」

「回復といえば、シーラの傷薬と魔力回復薬は、どちらも素晴らしい回復力だ」

「そりゃよかった」

「魔力回復薬は、青ポーションの大よりもすぐれているように感じた」

「うーん。そりゃ使い方次第なんだけどね。赤ポーションと青ポーションの効能は量が決まってるんだけど、魔力回復薬の薬効は魔力や生命力に比例する。傷薬も似たようなものさね」

「量がきまっている、とは?」

「ここにこどもがいて、体力が二だとしよう。その子が怪我をして、体力が一になる。回復量十の赤ポーションを飲ませたら、この子の体力はいくつになるね?」

「十一、かな」

「二が正しいね。もともと二しかない体力が、それ以上にはならないのさ。じゃあ、あんたの体力が千だとする。怪我をして体力が九百になっちまった。回復量十の赤ポーションを飲んだら、あんたの体力はいくつになるね?」

「九百十、かな」

「いちおうそれが正しいとしておこうかね。それに対してあたしの傷薬は効果がちがう。体力一になった子の生命力が一しかないとすると、あたしの薬の回復量も一しかない。それでも体力を二に戻すことはできるさね。あんたの生命力は怪我をしてもやっぱり千あるかもしれない。そうするとあたしの薬の回復量は千だから、あんたの体力も千に戻る。ただしこれは理屈のうえではそうであるということであって、あたしの傷薬は、深い傷をいっぺんに塞いじまうことはできないし、効き目が遅いから深手の治療には間に合わない」

「ふむ。ならば命に関わる傷でさえなければ、赤ポーションより優秀なのだな」

「いやいや。あたしの傷薬が治せるのは傷だけさ。赤ポーションは内臓の病気も一時的には治すし、折れた骨もくっつける。あっというまにね。疲労に伴う各種の消耗も回復するから、疲れも取れる。それに、小さなこどもに使えば、小ポーションでも、それこそ〈神薬〉なみの効果がある。だからこそ、あんなに高い値段でもすぐに売れちまう」

「そうか。弱い者ほどよく効くのだな。納得した」

「ところで、赤ポーションを続けて飲むと、効果が落ちるのに気がついたかい?」

「ああ。不思議に思っていた」

「普通の薬でも、そういうことはあるんだけどね。とにかく赤ポーションを連続使用すると薬効が落ちる。そうさね。回復量百の大ポーションを二つ立て続けに飲むと、二百じゃなくて、百二十ぐらいの効果しかない。三つをほぼ同時に飲むと、百三十くらいの効果になる。大ざっぱにいえばね」

「理解した」

「ここに一人の冒険者がいて、手に怪我をして血が流れているが、ほっとけば治るような傷で、命に別状はない。いっぽうその冒険者は、内臓に病を持っていて、今は痛みも苦しみもないが、ほっておけば死ぬ。さて、この冒険者が回復量十のポーションを飲んだ。ポーションには、腕か、内臓か、どちらか片方を治す力しかない。どっちを治すと思うね」

「内臓だろう」

「腕なんだよ。これは有名な話さ。その原因についちゃ、痛いほうを優先するんだろうとか、新しいほうを優先するんだろうとか、不自由な部分から治すんだとか、いろんな説があがってるけどね」

「ふうむ」

「こっから先は、少しむずかしい話になるんだけど、赤ポーションは、怪我や病気を治すだけじゃなく、健康な部分をもっと健康にしたり、あるいは、ほんとに健康なのかを確かめるためにも、薬効を消費する」

「意味がよくわからん」

「まあ、聞くだけ聞いておきな。理解するのはあとでいい。ある冒険者が大きな傷を負っていても、それがひどく古い傷で、しかも痛みも不自由さもないと、赤ポーションは、そこを後回しにする」

 ニケは、計量用の目盛りがついた銀のカップを机の上に置いた。

「このカップがあんただ。あんたの体力は千だ。そして、この八百ぐらいのところにあんたの左目がある。これに赤の大ポーションを一つ入れれば、目盛りの百のところまで治る。二つ入れれば百二十のところまで、三つ入れれば百三十のところまで、効果がある」

「届かんな」

「そうさ。百個赤の大ポーションを入れても、八百には届かない。だからあんたの左目は、赤ポーションでは治せない。むかしから、迷宮の深層に潜るような冒険者のなかには、いつまでも古傷が消えないやつがいた。それはたぶん、そういうことなんだよ。体力と生命力の全体量が大きすぎるから、治癒できない部分ができてしまうんだ」

「ふむ。この左目を失ったときは、少し驚いたが、代わりによい技能を得た。今では不自由はしていない。だが、気づかってくれたことには感謝する」

「薬師なのに役立たずですまないねえ。ただ、諦めたもんでもないよ。あんたほどの冒険者なら、いつかきっと〈神薬〉を手に入れるだろうさ」

「〈神薬〉とやらなら、この左目がまたみえるようにできるのか?」

「できる、とあたしは思う」

「ではその日を楽しみにしよう」

「優秀な〈回復〉持ちがいる神殿を訪ねて、ばか高い料金を払って今すぐ治療してもらう手もある」

「ほう。治せるのか?」

「治せるやつもいるだろうけど、金は払ったけど治せなかった、ということもあるだろうね」

「それはいやだな」

「まあ、あんたなら、金はいくらでも稼げるだろうけどね。治療と引き換えに神殿に義理ができる。それをうまく利用して、あんたを取り込もうとするかもしれない」

 レカンは、人間社会での駆け引きがきらいであり、下手だ。

 わけのわからない神官にいいように丸め込まれ、便利使いされるのは、ぞっとしない未来図だった。

「神殿には行きたくないな」

「そうかい」

 このあとニケは、レカンの左目に〈回復〉をかけた。

 そのあと、傷薬を魔法純水で溶き、〈回復〉をかけたものをレカンの左目に塗った。

 だが、レカンの左目は、みえるようにはならなかった。

「悪いねえ。今のあたしは、あんまり強い〈回復〉は使えないんだよ」

「いや。手間をかけさせて悪かった」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 言葉な選び方使い方が、きまじめな感じがするが、そこが登場人物の人物像と相まって非常に心地よく、読みやすい。テンポよく進むストーリーで飽きさせない。 世界設定が無理なく、とても自然に受け入れ…
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