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ジンガーは背後の騎士に目線で合図をした。その騎士は、はいと返事をして部屋を出てゆき、二人の冒険者を連れて戻ってきた。
「レカン様。この二人はアスポラの冒険者です。男のほうはデロス、女のほうはダリラという名です。この近辺のことに詳しく、マシャジャイン騎士団とレカン様の道案内に雇われて、ここに待機していました」
「ほう。レカンだ。よろしく頼む。こちらはエダだ」
「ああ、よろしく。おいらはデロスだ」
「あんたの名は聞いてるよ。あたいはダリラ」
デロスという男は、いかにも斥候職にみえる、小柄ですばしこそうな冒険者だ。
ダリラのほうは、しなやかな筋肉を持つ大柄な女性冒険者で、背中に剣を背負っている。身軽な装いをしており、機敏な行動をするだろうと思われた。
「迂回するうえでの問題点を、レカン様にご説明してくれ」
「迂回するとしたら西側だね。東からだと見晴らしのいい場所を通らないといけないから、発見されずに進むのがむずかしいんだ。その点、西側には小さな山もあって、みつからずに進める。ところがこのあたりがずっと崖になっててね。馬に乗ったままじゃ通れない」
ニクヤの町の西に小さな山があり、その西が崖になっているようだ。
だがたぶん、東側を進むと〈鞭〉の奇襲を受けるような気がする。できれば西から進みたい。
「崖は長いのか?」
「もし崖が切れるところまで迂回しようとすると、丸三日はかかるね」
「というわけなのですレカン様。次回の戦闘が二日後にあるとして、それには間に合いません。となると、われわれが参戦するのは、さらにその次の戦闘になります」
「それしかできないならしかたがないんじゃないか? いずれにしても、オレには作戦のことなんかわからん」
「断っとくけど、そんな迂回路は、おいらも実際に通ったことはないよ。まして二百頭もの馬を連れて通ったんじゃ、どうなるかわかったもんじゃない。三日以上かかることは保証するけど、それ以上何日になるかはわからねえ」
それを聞いて、ジンガーは黙り込んでしまった。
レカンはしばらくジンガーとデロスの様子をみまもったあと、口を開いた。
「デロス。崖の高さはどのくらいある?」
「高いとこは百五十歩ほどある。だけどおいらは、三十歩ほどしか高さがないところを知ってる」
「そこは、馬さえなければ降りられるか?」
「降りられるよ。おいらが丈夫なロープを頑丈な樹にくくりつけるからさ。それを持ってあっち側に降りたらいい。荷物はロープで降ろしてさ。でも馬は無理だ。飛び降りれば足を折る」
「場所はどこだ?」
「このへん」
デロスが地図の一点を指し示した。
「近いな。ジンガー」
「はい」
「そこを通ろう」
「しかし、馬が」
「それはオレに考えがある。実演しよう。表に出てくれ」
一同は表に出た。
ジンガーには馬に乗ってもらった。
馬には目隠しをさせた。
落ち着かせるため馬に話しかけるように、ジンガーに頼んだ。
「よし。行くぞ。〈浮遊〉」
ジンガーを乗せたまま、馬は空中に浮遊した。
「おおっ」
「なんと」
騎士たちが驚いている。
デロスも目を丸くしている。
ダリラはといえば、なぜかにやにやと笑っている。
「〈移動〉」
馬は少し移動し、ゆっくりと地上に降りてきた。
「というわけだ。青大ポーションを一個飲めば、二百人ぐらい、馬付きで降ろせる」
空中高く人馬を浮遊させて降ろすより、ただ崖を降ろすほうが、魔力量は少なくてすむはずだ。
「わかりました。レカン様。よろしくお願いします。では、昼食にしましょうか」
レカンがダリラの前を通るとき、ダリラは小さな声で言った。
「さすがだね、蝙蝠魔人さん」
「その名でオレを呼ぶな」
昼食を食べ終わったころ、伝令が到着した。
今日も戦闘は短時間で終わったらしい。
十三日、十五日、十七日、十九日と、規則正しく一日置きに敵は攻撃をしかけてきている。
そしてそのたびに、こちらは二百人程度戦力が失われていっている。
「レカン様。アスポラにいる味方から要請がありました。次回の戦闘は二十一日なので、今度は町から撃って出て敵を引きつける。そのときマシャジャイン騎士団には敵の横腹を突いてほしい、とのことです」
次回の戦闘が必ず二十一日に行われると決め込んでいるのが、レカンには気にくわなかった。作戦に文句をつける気はないが、早めに戦場まで進んだほうがいい。
「ジンガー。これからすぐ出発したらどうかな」
「ほう」
「それとも、マシャジャイン騎士団は、野営は苦手か? 火も使えんしな」
「侮っていただいては困りますな、レカン様」
「早く崖を降りておいたほうがいい。森のなかで二泊することになるかもしれんが、とにかく戦場の近くに早めに着いておいたほうがいい」
「わかりました。すぐに準備をさせます」
こうしてマシャジャイン騎士団は、十九日の午後、ニクヤの町を出て西に向かった。
崖を降りるのには、予想以上に時間がかかった。
ただし、馬と騎士はあまり時間をかけずに降りることができた。
なにしろ、馬に目隠しをして崖の近くに進み、あとはじっとしているだけなのだ。騎士たちも馬たちもよく鍛えられており、レカンの魔法により手際よく崖を降りることができた。
その横の少し高くなったところを降りる弓兵と槍兵のほうが、時間がかかった。武器や荷物を紐でくくり、上から下に下ろし、人間はロープを伝って下に降りるのだが、そういう訓練はしたことがないということで、かなり時間がかかった。
それでも日が落ちてしまう前に全員崖を降りきることができ、その夜は崖の下で野営した。
レカンはジンガーとあれこれ話をした。
ところで、結局レカンはニクヤの町に一泊もせず出立したわけだが、そのことを心から喜んでいる人物がいた。
ほかでもない。ニクヤ領主スノー・デモカである。
パイザルン家の次男であるスノーは、冒険者になって迷宮探索をしていたが、迷宮都市ニーナエで、ヘレス・ラインザッツをおのれのものにしようとして誘拐した。そのたくらみはレカンによって防がれたのだが、のちにヘレスからこれを聞いたラインザッツ家当主は、パイザルン家に問責の使者を差し向けた。震え上がったパイザルン家当主は、スノーを勘当し放遂すると約した。そして跡継ぎを欲しがっていた縁戚のデモカ家にスノーを養子として押し込み、厄介払いをしたのである。
老齢の養父の死により田舎町の領主となったスノーだったが、腐っても歴史ある貴族家の生まれである。グィド帝国軍の侵攻によって各侯爵家の騎士がニクヤの町に出入りするようになると、媚びへつらいつつ、それなりにそつなく対応していた。
このたび、ワズロフ家の姫の婚約者である高位の冒険者がやって来るという。その名がレカンと知って、まさかと思ったが、物陰からのぞきみたところ、まさにあのレカンだった。
恐慌を来したスノーは、自分の部屋に閉じこもってぶるぶる震えていたのであり、マシャジャイン騎士団とレカンがただちに出発したので、みおくりにも行かず、一人祝杯を上げていたというわけである。
もっともレカンのほうでは、スノーの名も顔も覚えていなかった。