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狼は眠らない  作者: 支援BIS
第54話 獣人帝国
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 目覚めれば、四の月の十九日である。

 レカンは大炎竜の革鎧を取り出して身につけた。

 着心地を確かめておくためだ。

 思った以上に着心地がいい。

 要所要所ではそれなりの厚みがあるし、手に持った感じもずっしりしていたので、多少は重いだろうと思っていたが、身にまとって動いてみると、むしろ軽かった。

 ラスクの剣を取りだして振ってみたが、まったく動きを妨げない。

 腕が胸に密着する状態で剣を振るときには、鎧の厚みの分だけ、動作に制限がかかるかと思ったが、そんなこともない。

(熟練の職人のわざというやつか)

(恐れ入ったな)

 しかも、着ているうちに、体の底から力があふれてくるような気がする。

 竜の肉を食うと魔力が上がるという説もあるそうだが、この革鎧に残された竜の魔力や生命力の残滓が、装着者に活力を与えるのかもしれない。

(失敗したな)

(この鎧を着て走ってくればよかった)

 エダが目を丸くしてレカンをみて、かっこいいね、かっこいいね、と何度も褒めそやした。

 白炎狼の外套も取り出して、革鎧の上から身につけ、その状態で剣を振ったり、跳びはねたりしてみた。

(うむ。いい感じだ)

「レカン。両目も開いたし、目つきも前は飢えた狼みたいな鋭い感じだったけど、今はそんなことないし、毅然としてるし、堂々としてるし、どこかの王子か将軍みたいだ。あ、王子なんだっけ」

 しばらく走ると、前方にただならぬ気配があった。

 たぶんどこかの騎士団だ。強い魔力の気配もある。二百人ほどだろう。レカンとエダは大きく迂回してその一団を追い抜いた。

 昼前に、レカンとエダはニクヤに着いた。

 そこにはまだ、マシャジャイン騎士団がいた。

 レカンは早速に、ジンガーに会うことができた。

(こいつ、誰だ?)

 ジンガーに再会したとき、レカンが最初に思ったのがそれだった。

 若返っていた。

 ジンガーは、明らかに若返っていた。

 顔のしわが少なくなっている。顔の皮膚自体も、老人特有の艶のない皮膚ではなく、あふれる生命力を示す、しなやかさと強靱さを感じさせる、水気のある皮膚だ。

 立ち居振る舞いも、どことなくきびきびしている。

 ジンガーはレカンに上座を譲り、深々と頭を下げた。

「レカン様。よくいらしてくださいました」

 声にも張りがある。力のゆとりを感じさせる声だ。

 顔を上げたジンガーの目をみて、レカンは、これは確かにジンガーだ、と思った。

 揺るぎのない目の光。物に動じない深みのある精神を感じさせるまなざし。そこに込められた力と年輪。それは確かにジンガーの目だった。

 実はジンガーは、ずっと〈浄化〉を受けていたのだ。

 ジンガーに〈浄化〉をかけたのは、エダとノーマである。

 レカンがツボルト迷宮を攻略していた時期、エダは、日に二度か三度、自分とノーマとジンガーに〈浄化〉をかけていた。ツボルトから帰還したとき、レカンもそれをみている。

 なぜノーマが〈浄化〉を使えるのかといえば、話は二年前にさかのぼる。

 ゴンクール家の実質的な乗っ取りを画策するボルドリン家の密偵であり暗殺者であったニルフトは、毒の針をプラド・ゴンクールに突き立てた。

 異変を感じたノーマがプラドのもとに駆けつけたとき、プラドはまさに死の淵にあった。

 解毒ポーションを持って来させたのでは間に合わない。

 そのとき、プラドを助けたいノーマの必死の思いが、〈浄化〉を顕現させたのである。

 プラドは一命をとりとめ、ボルドリン家の野望は打ち砕かれた。

 ノーマは、自分が〈浄化〉に目覚めたことをジンガーには知らせたが、それ以外の人間には秘匿した。ノーマの母は、〈浄化〉に目覚めたばかりに、薬壷のように扱われて監禁同様の暮らしをしたのだ。母と切り離された悲しみは、今もノーマの心に深い傷を残している。秘匿したのも当然である。

 だが、施療師としてのノーマは、せっかく自分に顕現した〈浄化〉を、どうにかして育てたいと強く思った。

 この秘術があれば、死にかけた人間をも助けることができる。レカンは冒険者だ。ノーマが〈浄化〉を使いこなせるようになっていれば、危機に陥ったとき、助けることができる。もちろん、レカンにはエダという〈浄化〉の使い手がついているが、一人の人間の〈浄化〉だけを受け続けることは危険なのだ。ノーマも〈浄化〉を使いこなせるようになれば、レカンとエダとノーマの三人は、若さを長く保つことができる。

 そこでノーマは、ひそかに〈浄化〉の訓練を始めた。幸い、施療師としての活動は休止していたので、魔力をすべて訓練にそそぐことができた。

 問題は、ノーマの魔力量があまりに少ないことだ。

 それを解決する鍵が、亡父サースフリーの研究メモにあった。

 魔力量を伸ばすための薬草の調合と、訓練のしかたを、父は発見していたのだ。それは、もともと魔力が少ない人間にしかあまり効果がないし、かなり長い年月を根気よく続けないと効果が現れない。母が死ぬと、父はその研究を打ち切った。

 ノーマは二年間、父が残した方法を実践してみて、確かに効果があることを確認したのである。

 ここ最近、ノーマの魔力量は急速に増えている。今では、一日に三回の〈浄化〉が可能だ。

 ノーマは、施療師として、研究者として、傑出した存在であり、〈浄化〉がどう働くのか、きわめて深く理解している。そんなノーマの使いこなす〈浄化〉は、最上級へと進化してきていたのである。

 ジンガーが若さと力を取り戻したのは、そういうわけである。少し前、腰や関節の痛みで寝込んだのは、骨が若返った反動だったのだ。

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― 新着の感想 ―
浄化でも治らない腰痛なんてあるの?と思ったら、まさかの成長痛。 そんなこともある、そう浄化ならね。
[一言] 前にジンガーが腰痛で来なかった時は何か裏で考えがあってのことかと思ったけど本当に腰痛だったんですねw
[一言] サースフリーさん功績がでかすぎて殺されたのがあまりにも惜しすぎる人物 功績が世に出るたびに殺すように仕向けた貴族家への風当たり強くなりそう その貴族家は当時のワズロフ家当主の怒りによって責任…
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