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マシャジャインを出たレカンとエダは、体力回復薬を飲み、〈加速〉をかけて真西に向かって走った。すぐ南にはマシャジャインと王都をつなぐ街道があるのだが、わずかに遠回りになるうえ、人の行き来も多いので、草原と森を突っ切るほうが早い。
草原を越え、なだらかな起伏のある森林地帯を越えると、小さな山があり、そこを越えればダイナ街道がみえるはずだ。
山に登りかけたところで野営した。
エダがスープを作り、レカンは肉と野菜を刺した串を火で炙った。
ぱちぱちと音を立て、生い茂る木々を照らし出す焚き火の炎にみいりながら、エダが口を開いた。
「レカンと最初に会ったときも、こうやって旅して焚き火を焚いたね」
「最初の夜、お前は途中の木にぶつかって気絶してたな」
「あはは。あのときはありがとう。よくあたいがみつけられたね」
「お前は大きな魔力持ちだったからな。ある程度近づけば居場所はわかる。それに、通ってきた道を引き返すだけだ。みつからないわけがない」
「それはレカンだから言えるんだよ。それにしても、あのとき、あたいを探すのに手間取ってたら、チェイニーさん、どうなってたろうね」
「マラーキスに殺されていたかもしれんな」
「うん。そうだろうね。あのときのこと、あとで聞いてびっくりしたよ。それにしてもあの人、レカンに勝てると思ってたんだろうかなあ」
「さあな。あいつはオレとは金で話をつける気だったかもわからん」
「そっか。とすると、あたいは殺されてたのかな?」
「そうだな。護衛の一人が裏切ってもう一人の護衛とチェイニーを殺し、金を奪って逃げたという筋書きかな」
レカンは、くいと酒をあおった。少量の酒は疲れをいやし、筋肉をほぐしてくれる。ぐっすり眠れるだろう。明日は本格的な移動になる。
「ねえ、レカン」
「うん?」
「レカンって名前、何か意味があるの?」
「ああ。要らないもの、という意味だ」
「えええっ? それはひどい。親がこどもにつける名前としては、ひどすぎるよ」
「親がつけたわけじゃない。オレは捨て子で、名などなかった。孤児院では名前がないと不便だったから、〈慈母〉たちがつけてくれた」
「ほかの子は、どんな名前だったの?」
「〈焦げ臭い頭〉、〈つぶれた鼻〉、〈眠たい目〉、〈泣き虫〉、〈ちぐはぐ〉」
「もういいよ、レカン。気分が悪くなってきた」
「お前の名には、何か意味があるのか?」
「うん。お母さんのふるさとにはね、願いがかなう幸せの木の伝説があって、その木の名前が、エダルマルフォスっていうんだって。どうしたの、レカン? 驚いた顔をして」
「いや、オレのふるさとにも同じ名前の木の伝説があったんだ。最果ての山にそびえる叡智ある巨木エダルマルフォスの伝説だ。そこにたどり着けた者は、エダルマルフォスと言葉を交わし、どんな願いも一度だけかなえてもらえるという。エダ。お前の母親の名は、何というんだ?」
「ダーナって名乗ってたけど、ほんとの名前はロオジエっていうんだって」
「ロオジエ、か。オレのふるさとにもそういう名はあった。貴族っぽい名だがな。まさか。いや、そうかもしれん。お前の母親のふるさとはどこにあるんだ?」
「さあ? もう帰れないところにあるって言ってた」
「そうか」
「レカン。お願いがあるんだ」
「うん?」
「結婚式の前でもあとでもいいから、一緒にあたいの生まれた村に行ってほしいんだ」
「それは構わんが、何かするのか?」
「父さんと母さんのお墓にお参りして、レカンを紹介したいんだ」
「ああ、そうか。それはいい。ぜひそうしよう」
「ありがとう、レカン。それと、もし会えたら会いたい友達がいるんだ」
「ほう」
「村での、あたいのたった一人の友達。同い年のナミちゃん」
「そうか。会えるといいな。その友達に贈り物を持っていこう。あまり派手ではない、何か身につけられるような物を」
「レカンからお土産の心配をされるなんて。レカン、成長したね。あ、そういえば、シュレンゴーとかいう果物を、ジェリコとユリーカのお土産に持っていったって聞いたよ。ジェリコとユリーカは喜んだ?」
「いや、渡せなかった」
「え? どうして?」
「オレがヴォーカに帰ったとき、二人は留守だったんだ。修業の旅に出てたらしい」
「あ、また行ったんだ」
「お前も知ってたのか。どこに行ってるんだ?」
「それは知らない。聞いても話してくれないんだもん」
「いや、ジェリコの言葉はわからんだろう。とにかく、帰りを待ってたらシュレンゴーが腐ってしまう。だからシュレンゴーは、プラドとカンネルにやった。しばらくしてからジェリコとユリーカは帰ってきたがな」
「レカン?」
「うん?」
「ユフの迷宮で〈時なしの袋〉って手に入ったよね」
「あっ!」
「忘れてたんだ」
「すっかり忘れていた」
〈時なしの袋〉は、ユフ迷宮の主である三巨人を倒して得られた宝物の一つで、なかに入れたものが新鮮なまま保たれる〈箱〉のような袋だ。どの程度もつのか実験しようと思っていたのだが、ユフを出るなり白炎狼に襲われ、その次には腐肉王の迷宮で戦い、すっかり忘れ去っていた。同じときに手に入れた〈雷神の槍〉〈ヒッポドーラの護り〉も、まだその性能を確かめていない。
レカンは早速、マシャジャインでもらった燻製肉やパンや果物を〈時なしの袋〉に入れた。
じっとそれをみていたエダが、低い声で言った。
「お野菜も入れて」
寝る前に、エダはレカンと自分に二度ずつ〈浄化〉をかけた。
人間だから、忘れることもあるんです。