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「そうかもしれん。そうでないとしても、大迷宮は手ごわい。踏破すればそれまでより数段上の力を得るだろう。それとも、ダイナ迷宮というのは手ごわくないのか」
「そんなことはない。逆だ。手ごわすぎたからダイナ迷宮はさびれ、侯爵領だったのが伯爵領になったのだ。ふむ。君が指摘した点は重要な問題をはらんでいる。彼らがダイナにとどまり交渉もおざなりだったことに説明もつく。しかし今は検証もできないし、できたとしてもそれで何かが変わるわけではない。保留しておいて話を進めることにする」
このときマンフリーは話を進めるのを急いだので、だいぶあとになってから、レカンはダイナ迷宮とダイナ領の歴史を知ることになる。
ダイナ迷宮は、いくつかの点で独特な迷宮である。
まず、ポーションが効果を発揮しない。魔法の威力が半減する。
下に降りる階段に本物と偽物があり、偽物の階段を選んでしまうと、ただちに死ぬような罠があったり、魔獣が雲霞のように密集している場所に落とされたりする。
出てくる魔獣はひどく打たれ強く、そして死ぬ直前まで攻撃をやめない。
階層によっては、ある特定の個体を倒さないかぎり、無限に魔獣が湧き続けることもある。
また、階層によっては、特定の魔獣を倒してしまうと、他の魔獣が凶暴化したり、ひどいときには下層への階段が閉ざされてしまったりする。
このように癖の強い迷宮だが、得られる品は極上であり、探索に成功すればみかえりは大きい。
たぶんこのような特色から、ダイナ迷宮では、迷宮探索者の世襲化が発生した。
他の場所でも、冒険者のこどもが冒険者になることは、ないとはいえない。しかし基本的に冒険者というのは一代限りのものだ。個々人によって向き不向きもある。
ところがダイナ迷宮を攻略するには、特殊な知識や技術が必要になる。その特殊な知識や技術は、それぞれの家で秘匿され、親から子へと伝えられた。特に、五十階層、六十階層、七十階層、八十階層、九十階層、百階層の六つは〈難所〉と呼ばれる踏破困難な階層だったが、それぞれの〈難所〉を踏破できる知識と技術を持った家があり、〈名家〉と呼ばれて栄えていた。
よそから来た冒険者も、いずれかの家に迎えられ、家族として扱われてはじめてダイナの探索ができた。そうしない冒険者は、死ぬか、立ち去った。
ダイナの領主は冒険者が探索できる環境を調え、迷宮から得られた品を買い取り、冒険者同士のいさかいを調停した。
ダイナ領は、北方の雄として確固たる地位を築いた。
ザカ王国の建国戦争のとき、ダイナは建国王が有利とみて、少数だが強力な冒険者を派遣し、また、多額の軍資金を贈った。
その功績と経済力により、ザカ王国が建国されるや、ダイナ領主は侯爵に任じられた。
王家とダイナ侯爵の共同出資により、王都とダイナを結ぶ迷宮街道が造られた。これは一般にはダイナ街道と呼ばれた。
ダイナ街道を通じて、ダイナ侯爵は王都と物の売り買いをした。また、王都から大量の品を買って周辺の都市や村落に売りさばいた。
街道沿いの村々は発展していき、都市になった。
そして各地から冒険者たちがやってきた。
彼らの多くは旧来の慣習に従おうとしなかった。つまり、現地冒険者の家に組み入れられるのを嫌い、外来の冒険者で集団を形成して迷宮を攻略しようとした。
外来の冒険者たちの探索のしかたは、現地の冒険者たちにとって、無計画で無謀で無法なものにみえた。
迷宮の秩序を乱す新参者たちを取り締まるよう、彼らは領主に要求した。
領主は迷宮入場に税を取るようになった。ただし現地の冒険者には入場税免除の特権を与えた。
しかしながら、わざわざ遠方からやってきた冒険者たちは、入場税が取られるからといって探索を控えるようなことはしない。結局混乱は治まらず、領主だけが利を得た。
外来の冒険者たちは次々とやってきた。迷宮品の量は膨大なものになっていった。王都から大勢の商人が来訪するようになり、ダイナは空前の好景気に沸いた。街道沿いの町や村も繁栄を謳歌した。
だがその好景気や繁栄は長続きしなかった。
現地の冒険者たちのうちで、他の迷宮に行く者たちが出てきたのだ。長年のあいだに蓄積された技術と装備は、他の迷宮でも通用すると彼らは考えた。そして、戦乱の時代とは違い、今はどこにでも気軽に移動することができる。ダイナ街道が彼らを誘った。
立ち去る者たちは一家を挙げて移動した。ある程度の家が去ると、あとは早かった。共同探索できる家がなくなってしまった家も、やはり去っていったからだ。
ついには、〈名家〉の各家もダイナから去っていった。最も古くからダイナに根を下ろして活躍し、最下層である百階層を踏破できた一家は、代々受け継がれた貴重な恩寵品を携え、ツボルトに行ったといわれている。
迷宮深層の恩寵品は得られなくなった。すると王都の商人たちはダイナに来るうまみがない。経済活動は急速に衰退した。ダイナ迷宮を知り尽くした現地冒険者たちが極端に減ってしまうと、外来の冒険者たちは魔獣に圧倒されるようになってゆき、来訪する冒険者も減っていった。
ダイナは凋落し、ダイナと王都を結ぶ迷宮街道沿いの諸都市も衰退していった。ダイナ迷宮は〈死の迷宮〉と、ダイナ街道は〈死の街道〉と呼ばれるようになっていった。
やむを得ず、ダイナ侯爵は伯爵への降爵を願い出、ダイナは伯爵領となった。ダイナ伯爵は心労と失意のあまり床に伏し、死んだ。
侯爵から伯爵に落ちることで税額は減ったが、それでもダイナには過大な負担だった。そのうえ、ダイナ領主であるかぎり、ダイナ街道の整備と治安に責任を持たなくてはならない。それはもはや何の利益も生み出さない無駄な出費だ。ザカ王国の臣である意味はない、と跡を継いだダイナ伯爵は考えた。そして愚かにも、もとの独立都市に戻ろうとして、ザカ王国からの離脱を王家に願い出たのである。
しかし王家からみれば、ザカ王国からの離脱を画策することは、反乱である。王国騎士団と王国魔法士団が差し向けられた。このとき魔法士団が大規模魔法を放ってダイナ領主とダイナ領の幹部たちを吹き飛ばしてしまったため、宰相府の役人たちは、反乱の原因が何であるか解明するのに苦労した。
その後、功績を挙げた中央の貴族がダイナ伯爵に任じられ、領地経営が成り立つ水準まで、王家への納税額や各種の義務は減じられ、現在に至っている。