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そのあと、結婚式の担当者であるという家臣数人と打ち合わせをした。
レカンの意見を聞いたり確認を求めたい事項は多く、採寸もあり、それはその日だけでは終わらず、翌日丸一日を費やすことになった。ほとんどの場合、「それでいい」か「任せる」と答えることになったのであるが。
その翌日、つまり三の月の二十二日、レカンはマシャジャインを出発することにした。
出発の前に、ユフ迷宮で得た大炎竜の魔石と皮の残りをマンフリーに贈った。何かと世話になっているし、結婚式では大いに金を使わせることになる。かといって、レカンが費用を負担すると申し出れば、たぶんマンフリーに恥をかかせることになる。だから魔石と皮を贈ったのだ。魔石をみたマンフリーは驚きを顔に浮かべ、そのあとにやりと笑った。何か使い道を思いついたようだ。
「あ、そうだ、レカン。これからヴォーカに帰ると言っていたな」
「ああ。薬草の採取をして、魔力回復薬と体力回復薬を作っておきたいしな」
「ダイナ迷宮に行ったりする予定はあるのかね」
「ダイナ? ああ、〈死の迷宮〉か。そのうち行ってみたいとは思ってるが、すぐには考えていない。きつい戦いが続いたあとだし、しばらくのんびりするつもりだ」
「そうか。それならいい」
「ダイナに行くと、何かあるのか」
「いや。まだ状況がはっきりしないし、私は知らないことになっている話だから、これ以上は言わないほうがいいだろう」
「ふうん。あ、そうだ。何かうまい果物はないか?」
「うん? 以前言っていた、長腕猿の土産かな」
「ああ。実は長腕猿が二匹に増えててな。この前の何とかいう果物は、喜ばれたんだが、足りなかった」
「そうか。ちょうどいいものがある。南方の果物でシュレンゴーというのだが、人間にとって美味なのはもちろんだが、長腕猿もひどく好むと聞いている。タリスギア侯爵からの贈り物でね。最初は二千個だったのが、タリスギアに着くまでに腐ったものを除いていき、さらにここへの道中でも同じことをして、ここに着いたときには四十二個になっていた。確かにうまい。あと三個残っていたはずだ。君に譲ろう」
「それはありがたい」
「ただし、もうあまりもたない。もって十日かな。それまでに腐り始めるかもしれん」
「わかった。急いで届けることにしよう」
「ところで、その神薬が出たという迷宮がどこにあるのかは、教えてもらえるのかな」
「いや。誰にも話す気はない」
こうしてレカンはマシャジャインを出発した。
バンタロイでチェイニー商店を訪ねると、運よくチェイニーがいた。
レカンは〈トロンの剣〉を一本譲り受けた。チェイニーが代金を受け取ろうとしなかったので、ユフで得た聖硬銀の鉱石の半分を贈った。あとの半分は、別の相手に渡すつもりだ。
ヴォーカに到着したのは二十六日のことだ。
シュレンゴーのうち一つは腐ってしまった。だが、あと二つある。
ゴンクール家の離れに入ったが、ジェリコもユリーカもいない。
本邸から執事のカンネルが来た。
「レカン様、お帰りなさいませ」
「ああ。ジェリコとユリーカがいないんだが、どこに行ったかわかるか?」
「修業でございましょう」
「修業?」
「時々出かけるのでございます。ノーマ様がおっしゃっておられました。あれは修業だ。強くなろうとしているのだと」
あれ以上強くなってどうしようというのだろう。
というか、いったいどこで何と戦っているのだろう。
「いつ帰ってくるかな」
「いつも修業に出ると、十日か二十日は帰ってきません。一昨日出たばかりなので、しばらくは帰らないかと」
では、シュレンゴーは腐ってしまう。
「ど、どうなさったのですか。そんな肩を落とされて」
「カンネル」
「はい」
「これをやる」
「これは?」
「シュレンゴーという果物だ」
「聞いたことがあります。これが、そうなのですね。なんとよい香りだ」
「一つはプラドに、もう一つはお前に土産だ」
「これは、恐れ入ります。珍しいものをありがとうございます」
レカンはシュレンゴーをプラドとカンネルに贈った。土産を自分で食べたら負けだと思ったのだ。
それからしばらくのあいだ、調薬に没頭した。
まずは材料の採取だ。
ターゴ草とニチア草は、すでにたっぷり採取してある。ザハード苔とそのほかのいくつかの薬草を採取した。
次にシアリギの若芽を採取した。シーラの畑でも採取した。ジェリコとユリーカがきちんと世話をしているので、ここの薬草畑では相変わらず質のいい薬草が採れる。
そして、下ごしらえをして、体力回復薬と魔力回復薬を作った。キュミス草は、前回採取した残りがあった。体力回復薬は、魔力回復薬ほど消費が激しくないが、やはり多めに持っておくにこしたことはない。
傷薬、万能薬、かぜ薬、ポプリ、毒消しも作った。作り方を忘れないためだ。
ノーマのいないゴンクール家の離れは、あまり居心地がいいともいえなかった。悪くはないのだが、何かが決定的に足りない。あの居心地のよさはノーマのおかげだったのだなと、しみじみ思った。それに、ノーマと話をしていると、頭のなかが整理され、もやもやしたものがすっきりする。そういえばしばらくノーマに会っていない。会いたい、とレカンは思った。
途中、ジェリコとユリーカが帰ってきた。
前以上の化け物になったことが感じられた。向こうもレカンをみてぎょっとしていた。
ユリウスが来た。これまでにも二度来ていたらしい。稽古をつけてやった。
ヴォーカを出てマシャジャインに向かった。
マシャジャインに着いたのは、四の月の十七日のことだった。もちろんユリウスも一緒だ。
エダがいた。
エダはレカンの左目がみえるようになったことをマンフリーから聞いていたが、実際にレカンに対面して感激し、涙を流しながら、よかったね、よかったねと、レカンを祝福した。
レカンは小さな声で、すまんな、と謝った。
ううん、ううんと首を振るエダを、レカンは抱きしめた。
しばらくそうしていると、マンフリーが声をかけてきた。
「レカン。至急帰ってきてほしいとヴォーカに使いをやったんだが、会っていないようだな」
「使い? オレにか? 知らん」
「行きちがいになったようだ。まあ、帰ってきてくれてよかった。くつろいでいるところをすまんが、執務室に来てくれんか」
目に真剣な光があり、口調が堅い。雰囲気が異様だ。
この男がこんな雰囲気をさせたことは、これまでなかった。
「ああ。エダも一緒でいいか」
「む。うむ。一緒で構わない」
執務室のソファーに向かい合って座るなり、マンフリーが前置きもなく話を始めた。
「獣人の帝国がわが国を侵略している。君の力を借りたい」
「第53話 王都再会」了/次回5月2日「第54話 獣人帝国」




