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三の月の十九日の夜遅く、レカンはマシャジャインに着いた。
そのままワズロフ家を訪ねたが、遅い時間だったのに、使用人たちがいやな顔一つせず対応してくれたのには感心した。ノーマがいるかと思ったが、いなかった。今、どうしてもやらなければならない用事があり、王都の屋敷にいるのだという。それなら王都の屋敷に寄ればよかったとレカンは思った。
ゆったり風呂に入り、食事をして酒を飲み、大きなベッドで心地よい眠りについた。
翌朝遅めに起きて食事を済ませると、マンフリーが会いにきた。
「お帰り、レカン。早速だが、聞かせてほしいことがある。君はいったいユフで何をしたんだね」
「何かあったのか」
「あったとも、ユフ侯爵から使者が来て、ワズロフ家のレカン殿のお働きに感謝すると告げ、贈り物を差し出した。いずれも迷宮由来の品で、ユフの技術で仕上げられた貴重な品々だが、驚かされたのは神薬が五つも含まれていたことだ」
「それは珍しいことなのか?」
「珍しいどころではない。これまでユフは、王家に献上する以外、神薬を外に出したことはない。少なくとも私は聞いたことがない。多くの諸侯がどれほど大金を積んでも、神薬を諸侯に譲ったことなど一度もないのだ。つまり諸侯は、たまたま迷宮から出たものを買う以外では、王からの下賜によってしか神薬を手にできなかった。ところが今度は、何の対価も求めずに五つもの神薬を贈ってくれたのだ。しかも、しかもだ。ユフ侯爵からの手紙には、君の結婚式に、次期ユフ侯爵たるアシッドグレイン・シャドレスト殿を差し向けるので、ユフ侯爵宛に招待状を出してほしいと書いてあった。つまり侯爵の名代として出席するということだ。あそこは王家にさえ、侯爵自身はもちろん、次期侯爵もあいさつには出たことがないのだぞ。いったい何があったのだ?」
レカンは、ユフで起きたことについてマンフリーに話をした。長い話になったので、途中で軽食を取った。
最初レカンは、ルビアナフェルの出自については話さずにおこうと思ったが、そうするとうまく話がつながらない。かといって急に作り話を思いつくほどレカンは器用ではない。結局、オリエやザナのことも含め、王家との関係や巫女の歴史についても、覚えていることをすっかり話した。ただし、レカンは興味のないことは、あまり覚えないので、説明には欠落もあり、多少の記憶違いもあったが、マンフリーは小さな質問を挟み、情報を修正しながらレカンの話を聞いた。
始原の恩寵品というものがあるということについては話さなかったが、始祖王がユフに譲り渡した恩寵品がどういう品なのかということは説明した。そして、レカンはその恩寵品を無効化する手段をたまたま持っていたが、それについては話す気がないと告げた。また、ユフ迷宮に入り、ユフ迷宮騎士団と合流して迷宮を踏破したという話はしたが、迷宮の主である三巨人をレカン一人で倒したということは話さなかった。
〈巫女の守護石〉については詳しいことは話さなかったが、ルビアナフェルとレカンが宝玉の交換をして、レカンが譲った宝玉は異世界の逸品で魔力回復と体力回復の機能があり、それがルビアナフェルの巫女としての成長を助けたことは話した。
レカンが話を終え、マンフリーからの質問に答え終わると、マンフリーはしばらく考え込んだ。
「ユフと王家の関係について大きな疑問がいくつかあったのだが、それが解けたよ。なるほどな。そこまでの活躍を君がしたとなれば、ユフ侯爵が深く感謝することもわかる。わからんのは、侯爵の名代として次期侯爵を君の結婚式に差し向けるということだ。周りはそれを、マシャジャインとユフが同盟を組んだのだと受け止めるだろう」
「そんな大きな話なのか?」
「そんな大きな話なのだ」
「で、同盟を組んだらいかんのか?」
「なに? ううむ。いや。いかんことはないな」
「じゃあ、かまわんじゃないか」
一瞬沈黙したあと、マンフリーは大笑いをした。この冷徹な貴人が、これほどあけすけに人間臭さをみせるのも珍しい。
「確かにそうだ。悪いことではない。むしろ大いに望ましいことだ。大きく構えることにするとしよう。それにしても、君という人がどんな人か、私はさらに認識を改めねばならん」
「あ、そうだ。伝えておくことがあった。ヤックルベンドと交渉した」
「なにっ」
「そして約束させた。今後一切ヤックルベンドはオレに会わず、会おうとせず、干渉しない。だからもう警戒しなくていい」
「その約束は守られると信じていいのか」
「ああ。ヤックルベンドにその約束を守らせることができる人間がいてな。その人物が保証してくれた。ノーマとエダに絶対に手出ししないことも約束させたそうだ」
「ある意味、ユフのことより驚きだ。あのトマト卿にそんな約束をさせ、しかも守らせることができるだと? それはいったいどういう人物なのだ?」
「あ、そういえば、頼まれたんだ。オレの師匠のシーラに、結婚式の招待状を出してくれ。宛先は王都のヤックルベンド屋敷で」
「そのシーラという人が、トマト卿に約束を守らせることができるという人物なのかね?」
「まあ、そうだ」
「師匠というが、何の師匠なのだ」
「魔法と調薬の師匠だ。あ、シーラはスカラベルの師匠でもあるんだが、スカラベルがヴォーカを訪問したあと、周りから騒がれるのをきらって身を隠した。今はどこにもいないことになってる。そこらへん、心得ておいてくれ」
「そうか! 〈薬神〉殿か」
「やくしん?」
「薬の神様という意味だ。スカラベル導師がはるばるヴォーカまで会いに行ったという師匠を、アーマミール神官は、地上に顕現した薬神のような存在だと言っており、同行した神官たちも、同じように言っている。それで王都でこのことについて知った人々のあいだでは、スカラベル導師の師は薬神だといわれているのだ」
「ほう?」
「そういえば、スカラベル導師の師は、〈北方の聖女〉殿や君の師だったな。しかも君の魔法の師でもあるのか。ううむ。なんということだ」
「あ、それから、スカラベルが招待状を二枚くれと言ってたな。自分のぶんとアーマミールのぶんと。スカラベルには付き添いが二人ぐらいついてくるらしい」
「君の言うことが、時々理解できん。スカラベル導師は王都を離れることができんはずだ」
「万難を排しても来ると言ってた。無理はしなくていいと言ったんだがな。あんたに招待状を出すよう頼んでみると約束した」
「わが家から宰相府に対して、スカラベル導師の出席を願い出なければならんというわけではないのだな?」
「そんな必要はない。宰相府の許可が下りるかどうかはあちらの問題だ」
「わかった。招待状は手配する」
「あ、それから何人か招待してほしいやつがいる。ザンジカエル・ザイドモールと、エザクと、チェイニーと」
「ちょっと待ってくれ。担当の者たちを呼ぶから、詳しいことはその者たちに頼む」