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「そういえば、王竜アトラシアはこの国にいるという話を聞いたことがあったような気がする」
「ナディス男爵領の南のほうだろ。パルシモからは遠くないからね。そこに行って戦ったんだろうね。神獣が神獣と戦って倒すなんてこともあるんだね。まあアトラシアとなら、いい戦いになっただろうさ」
「やっと倒したと思ったんだが、そうじゃなかったんだな。また襲われるんだろうか」
「たぶんね」
「そういえば、白炎狼のふるまいで、一つふに落ちないことがある」
「何だい、そりゃ」
「オレは逃げ続けたが、やつは追い続けた。それはまあいいとして、大きなダメージを与えたときも、いったんどこかに逃げて、回復して態勢を整えてから再度襲うということはしなかった。なぜなんだろう」
「そりゃまあ、弟子に後ろはみせられないだろうさ」
「弟子、だと?」
「そうだよ。あれはね。まあいってみれば戦闘狂で、面白い敵との戦い自体が好きなようだけど、戦いのなかで相手が成長するのも楽しみにしてるみたいなんだ。見所のある相手だと、耐えられるぎりぎりのところで攻撃してくる。それをしのぎ続ければ、大きく成長できるのさ」
そういえば、以前シーラは、白炎狼につけ狙われて生き延びた人間は、王や英雄になったというようなことを言っていた。あれはそういうことだったのだ。
「どうすれば卒業できるんだ?」
「さあね。あたしにゃわからない。聞きたいことってのは、それだけかい?」
「いや。まだまだある。ええっと。そうだな。ザカ王国を建国した王というのは、フィンケル迷宮を踏破したのか?」
「どうかねえ。よく知らない。まあかなり深い階層まで潜ったとは思うけど。でもいずれにしても迷宮の主は倒してないよ。なんで踏破したと思うんだい?」
「建国王は〈滅魂虫の守札〉を持っていたからだ」
レカンは、ユフでの出来事をシーラに説明した。
「なるほどね。そんなことがあったんだ。まあ、だいたいそんなことじゃないかとは思ってたけどね。あの子は最初から〈滅魂虫の守札〉を持ってたよ。それがどんな品なのかを教えたのは、あたしさね。よほど使い方に気をつけないと自分が破滅するよとは言っといたんだけど、そうか、人に譲ったのかい。それは勇気がいっただろうねえ」
「勇気?」
「譲った相手が自分に使ってきたら、防ぎようがないだろ」
「それはそうだな。なるほど。確かに勇気が必要だ。では、誰が建国王に〈滅魂虫の守札〉を譲ったんだ?」
「先祖から受け継いだものだと言ってたねえ。詳しいことは聞かなかったよ。あれも発動呪文が古代語だっただろう。この世に現れたのはずいぶん昔のことさね」
「そうか」
たぶんそうではないかと思っていたが、やはりシーラは建国王と面識があるのだ。それどころか、かなりの手助けをしたのかもしれない。もっともレカンは、そんなことには何の興味もなかった。
「聞きたいことは終わりかい」
「いや。まだある。これが何とかならないか」
レカンは〈トロンの剣〉を取り出した。ものの見事に真っ二つに折れている。
「うわあ。やっちゃったね。これはもうどうにもならないよ。それにこの長さになると、魔法消去の効果も全然ないだろうね。新しい剣をチェイニーからもらいな。折れた剣はあたしがもらっとくよ。実験に使えるからね」
「ああ」
シーラが手を振ると、机の上の〈トロンの剣〉が消えた。
「終わりかい?」
「いや。まだだ。まだなんだが、待てよ。ええと。たくさんありすぎて、すぐに思い出せん」
「じゃあ思い出したらまた聞けばいいさ。今度はあたしの番だ」
「何かオレに用事があるのか」
「ああ。二つほどね」
「あ」
「何か思い出したのかい?」
「いや。ふと思いついたんだが、オレが譲ったトロンの魔石からユリーカが生まれたんだな」
「そうだよ」
「あのとき、オレはトロンの魔石と魔竜ヴルスの魔石を出して、どちらかをあんたにやると言った」
「そうだったね」
「あのときあんたはけっこう迷っていたようにみえた。迷ったあげくにトロンの魔石を選んだ。ということは、あの時点ではユリーカを生み出すという計画はなかったのか?」
「そうじゃないよ。ジェリコには仲間というか伴侶を作ってやりたいと、ずっと昔から思ってたんだ。あたしもいつ滅びるかわからないしね。だからいろいろやってみた。だけどだめだった。ある時期にはトロンの行方を捜してもみたんだけどね。大森林のほうにいたんだねえ。ま、そういうわけで手詰まりになって何十年もたってた。だから目の前にトロンの魔石を出されたときには、これは夢かと思ったね」
「そのわりには迷ってたな」
「そりゃそうだよ。片や異世界の上位竜の魔石だよ。こんな貴重な研究素材は二度とお目にかかれるもんじゃない」
「なるほど。研究者としてはヴルスの魔石を、ジェリコの飼い主としてはトロンの魔石を欲しがったわけだ」
「まあ、そういうこったね」
「そしてあんたは、トロンの魔石を取った」
シーラは返事をしなかった。
レカンは干し果物を口に放り込んでむしゃむしゃと噛みしめ、ワインでそれを流し込んだ。
「それにしても、ヴルスを復活させたり、ユリーカを生み出したりするには、かなり大規模な施設がいるんじゃないか」
「それなりにね」
「いったいそんなものを、どこに作っているんだ?」
「さあね。まあ、ちょっと大きめの巣穴があるとだけ言っとくよ」
「ふうん」