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「聞きたいことはたくさんあるんだ。あるんだが、たくさんありすぎて、何から聞いていいかわからん」
「とりあえず、一番最近聞こうと思ったことから聞いてみちゃどうだい?」
「それだ。フィンケルだ」
「へえ?」
「フィンケルの最下層に、オレは行った」
「ついに行っちゃったんだね」
「ジェリコなんだな」
何が、と言わんばかりの目線を送り、シーラはワインを口に運んだ。
「壁から突き出た鎖の台座に書いてあった。〈命名 ジェリコ〉と。あれはあんたの飼い猿で、今はヴォーカのゴンクール家にいる、長腕猿の、いや、長腕猿みたいな姿をした、あのジェリコのことなんだろう」
シーラはもう一度ワインを口に運び、口のなかで味を楽しんだあと、ゆっくり飲み下した。
「どうしてそう思うんだい?」
「勘だ」
「ふふん。勘かい。こりゃ、恐れ入ったね。迷宮に詳しい人間は、絶対にそんなこと思いつかないはずなんだけどね。迷宮の魔獣は外に連れ出すことはできないって知ってるだろう」
「もちろん知っている。あんたはフィンケル迷宮の主である強大な大剛鬼に、ジェリコという名を与えることによって、迷宮から切り離したんだ。それによってフィンケル迷宮は、主が死んでいないのに不在という特殊な状況になった。全部の階層に自由に跳べるようになったのも、たぶんそのせいだ」
「驚いたね。それも勘かい?」
「勘だ」
「すごいもんだ。さすがだね。勘と言ってるけど、それはただの勘じゃない。あんたは、あたしのやり口を今までずっとみていて、それを自分の知識や体験と、あの〈命名 ジェリコ〉という書き込みと照らし合わせて、それを総合的に分析して、そういう結論を出したんだろうね。常識や小さな知識に惑わされずに。あんた、やっぱり研究者向きだよ」
「どうして、そんなことをしたんだ」
シーラはじっとワインをみつめていたが、長い沈黙のあと、口を開いた。
「あたしはフィンケルに入って各階層を踏破し、最下層に到達した。そして迷宮の主である大剛鬼と戦った。ところがこれがとんでもないやつでね。〈魔法無効〉〈硬質化〉〈筋力二倍〉〈筋力五倍〉〈筋力十倍〉〈自動治癒〉というような技能を持ってて、あたしの攻撃が全然通じないし、通じてもすぐ治っちまう。三日三晩戦い続けて、こっちもぼろぼろになりながら、やっと倒したんだけどね」
「倒した、のか」
「ああ。でも死んで消滅する、まさにその瞬間、あたしは、師の一人から譲り受けた秘宝を使って、新たな命を吹き込み、命名の儀式を行って存在の書き換えを行って、あいつを迷宮から連れ出した。そして普段は普通の長腕猿にみえるように魔法をかけたんだよ。いつでも自分でもとの姿に戻れるけどね」
「あの鎖は何だ?」
「あれは最初っからだよ。最初は鎖につながれていて、ある程度以上のダメージを受けると鎖がはずれて、自由に動けるようになってたのさ。そっからが本当の戦いだ。それで、質問は、どうしてあんなことをしたのか、だったね。わからないよ」
「なに?」
「自分でも、どうしてあんなことをしたのかはわからない。けど死闘の果てに思ったんだ。もう戦いはいい、これ以上は戦いたくないってね。だから思わずエレクス神に誓いを立てちまった。もう二度と迷宮での戦いはしないから、この生き物をあたしにくれ、と」
今度はレカンが黙り込む番だった。
レカンは二度ワインを飲み干し、おかわりをついで、こう言った。
「なるほど。そこまではわかった。じゃあ、ユリーカは何なんだ。あれはジェリコと、どう言えばいいのかよくわからんが、とてもよく似た存在だ。同格というか、同質というか。あれも迷宮の主なのか?」
「いいや。あれは魔石から直接生まれた長腕猿さ」
「長腕猿じゃないだろう。魔石から直接だと?」
「ほら。あんたがくれたんじゃないか。地竜トロンの魔石さ」
「は? いったい何のことだ?」
「あれ? あんたに説明しなかったかね。大迷宮というのは古代の偉大な魔法使いたちが作ったものだって」
「それは聞いた」
「大迷宮を作るとき核になるのは、竜種特殊個体をはじめとする神獣の魔石だってのは言わなかったかい」
「聞いてない。初耳だ。神獣の魔石だと」
「そうさ。だから大迷宮というのは、それぞれに特質がちがう。フィンケル迷宮は地竜トロンの魔石を核として作られたから、同じ地竜トロンの魔石から、フィンケル迷宮の主と同じ特質を持つ魔獣を生み出すことができるんだ」
「地竜トロンの魔石からは地竜トロンが作れるんじゃないのか」
「うーんと。どう説明すればいいのかね。そうさね。ぶどうの種を地に植えると、それなりの条件がそろえば、ぶどうの木が生えて大きくなり、葉が付き、実がなるだろう。その実から種を採って地に蒔けば、また新しいぶどうの木になる。地竜トロンの魔石から地竜トロンが生まれるのは、これに似てるね。自然の循環だ。ただし、同時期には一体のトロンしか存在できないけど。そして、ぶどうからはぶどうができるし、芋からは芋ができるわけさね」
「よくわからんが、とりあえずわかったことにする。それで、大迷宮はどうやってできるんだ」
「ぶどうの実に特殊な処置をほどこせば、ワインになるだろう。だけどワインを地に蒔いてもぶどうは生えてこない。フィンケル迷宮の主の魔石を手に入れたとして、そこから地竜トロンを生み出すことも、フィンケル迷宮を作ることもできないんだよ」
「よくわからんが、わかった。だが、トロンの魔石からトロンが生まれるんだとすると、それをユリーカにしてしまったわけだから、もうトロンは生まれないのか?」
「いいや。べつに魔石はなくても神獣は復活するよ。よぶんに時間はかかるけどね」




