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「ご存じないかもしれませんが、騎士は対人戦の訓練をするべきで、魔獣との戦いなぞは冒険者に任せておけばいい、という考え方がこの国にはあります」
「ほう」
「建国王様のご方針で、王国騎士団はフィンケル迷宮で訓練しなくてはなりませんし、私たち神殿騎士も、迷宮での訓練をある程度は義務づけられています。ですが実際には私たち神殿騎士は、ごく形式的に迷宮に入るだけで、訓練などしていませんでした。王国騎士団でさえ、迷宮での訓練には必ずしも力が入っているとはいえませんでした」
「ふうん」
「ですが、今はちがいます。王国騎士団は本気で迷宮探索を行っていますし、私たちも、こうして神殿を越えて同志を募り、フィンケル迷宮で訓練を行っています」
十八人の神殿騎士たちは、鎧の形が微妙にちがうし、胸の紋章もちがう。いろいろな神殿の神殿騎士が集まっているのだろう。
「なんで方針を変えたんだ」
「何をおっしゃいますか。あなたのせいです」
「なに?」
「あなたに会って、私は思い知ったのです。迷宮の深層を探索して力を身につけた相手と戦うには、こちらも迷宮で自分を鍛えるしかないと。建国王陛下のご指示は、まさに正しかったのです」
「オレと戦いたいのか?」
「あなたとは戦いたくありません。シーラ殿を敵に回すのもいやです。でも、あなたと同じほどの力量がある相手が神殿を襲ってきたとき、このままでは対応できないと気づいたのです」
「ふうん? まあ、そういう考え方もあるのかな」
「王都騎士団副団長のザイファド・カッチーニ殿も、同じく副団長ネイサン・アスペル殿も同じように考えたようで、それはもうすごい勢いで迷宮に挑んでいます。かなり力を上げてると思います」
たぶんその二人のうち一人はヴォーカの領主館でたたきのめした騎士で、もう一人はスカラベル導師がヴォーカを訪れた際に護衛をしていた騎士だ。あの二人がレカンと会ってそんなふうに感じていたとは驚きだ。だが、いわれてみれば、そんなこともあるかもしれないと思えた。
「もともと王国騎士団は戦争のための騎士団なのに、戦争なんて百年以上ありませんでしたからね。今や勅使や王族が王都を離れるときの護衛ぐらいしか任務がない。でもレカン殿に会って、やる気を出したわけです。それで本気で訓練をしたわけですが、いやはや、そうしてみると、早速その成果を発揮することになったわけですからね」
「なに?」
「あ、いや。今のは聞かなかったことにしてください。レカン殿。私の同志たちをご紹介させてください」
「うん?」
デルスタンは、後ろにいる十七人の神殿騎士たちを、一人一人紹介した。
いずれもいい面構えをしている強者だ。レカンをみる目つきには力がある。興味津々という雰囲気だ。
(こいつら強いな)
(ユフ騎士団なみじゃないか?)
(まあデュオに匹敵するようなのはいないようだが)
「このほかにも三十人ほど仲間がいて、交代でフィンケル迷宮に潜っているんです」
「フィンケル迷宮は、何人ぐらいで探索するのが適正なんだ?」
「二十人から五十人ぐらいといわれています」
「五十人も入ってまともに戦えるのか。とすると、かなり広いのか?」
「レカン殿は、フィンケル迷宮のことは、どの程度ご存じですか?」
「百八十階層あることと、王家の私有地にあって、王家の許可がなければ入れないことぐらいかな」
「なるほど。フィンケル迷宮は、基本的には草原のように広々とした階層でできていて、十階層ごとに岩穴階層になります」
「ほう」
「草原階層では、魔獣は十体から二百体程度の集団で移動しています。最大では三百体という集団もあったと聞いています。だから、騎士五十人とか百人での探索が基本になっています」
「まるでユフ迷宮みたいだな」
「そうなんですか? ほかにもこんな迷宮があるんですね。かなり珍しいタイプの迷宮だと聞いていましたが」
「ロトル迷宮にも草原階層はあるが、一パーティーは四人か五人ぐらいだな。五十人もいたんじゃ、得られるものも引き合わないし、戦いにくいだろう。この迷宮のようなところは珍しいと思うぞ」
「なるほど。やっぱりそうなんですね。ほかの迷宮のことはよく知らないんです。それで、岩穴階層では、一体だけ魔獣が出ます。ひどく手ごわいので、大勢で取り囲んで戦います」
「どういう種類の魔獣が出るんだ?」
「猿です。フィンケル迷宮に出るのは、猿鬼族の魔獣だけです。これは草原階層でも岩穴階層でもそうなんですが、ただ岩穴階層に出る猿鬼族の魔獣は、非常に大きく強力です」
「ほう。すると、岩穴といっても大きいんだろうな」
「大きいですよ。最下層である百八十階層なんか、高さも広さも何百歩もあります」
「なにっ。あんた、最下層を踏破したのか?」
「いえいえ。そんなこと不可能です。最下層には魔獣がいないんですから」
「なんだと?」
「昔はいたそうです。でも、いつからかいなくなりました。最下層には、その強大な魔獣がつながれていたという巨大な鎖が残っているだけで、何もありません」
「ふうん? しかし、最下層に入れたということは、百七十九階層までは踏破したんだな?」
「えっ? いえ、そうじゃありません。あ、そうか。普通の迷宮では、その階層の特別に強い個体を倒さないと、次の階層に進めないんでしたね。フィンケルはちがうんです。ここでは、はじめて潜っても、最下層にでもどこにでも〈転移〉できるんです」
それからしばらくのあいだ、レカンはデルスタンからフィンケル迷宮のことを聞いた。
王家には、フィンケル迷宮の各階層について詳しい資料が残っており、デルスタンたちは、あらかじめその階層にどういう敵がいて、どういう攻撃をしてくるかをちゃんと調べたうえで備えをし、自分たちの力量や人数にみあった階層で探索できるのだという。
フィンケル迷宮は、かなり宝箱の出現率がいいようで、しかも浅い階層でもよくポーションが出る。だから、たっぷりとポーションを使いながら探索できるし、得たポーションは迷宮外でも大いに役に立つ。
そのうえ、きわめて上質の装備を調えて探索する。だから、どんどん下層に進んでいって強くなることができるし、死者は驚くほど少ない。神殿騎士には〈回復〉持ちがいるし、攻撃魔法も使えるので、比較的少ない人数で敵を殲滅できるのも強みだ。
フィンケル迷宮に出現する魔獣は、ほとんどが物理攻撃を放ってくる。
たまに、毒の爪で攻撃してきたりする魔獣もいるし、〈威圧〉などを放って状態異常を起こさせる魔獣もいるし、さらにごくまれには火の玉を吐く魔獣もいるが、数は少なく、神殿騎士にとってはあまり脅威にならないようだ。
最下層の魔獣は、ザカ王国が建国されるずっと前に姿を現さなくなった。
伝えによれば、山のように巨大で、恐ろしい力を持った大剛鬼だったという。




