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「いやいや、実に見事な食事ぶりですね。迷宮帰りとあればむりもありません。そんな日にたまたま、若様のご一行と鉢合わせされるとは、運がいいのやら悪いのやら」
チェイニーに招待され、料理店の個室で、レカンは心から食事と酒を楽しんでいる。迷宮のあとは、本当に食事がうまい。まして、こんな高級料理店の料理なのだから、生きる喜びをしみじみ感じられるというものだ。
「さて。こうなれば、レカンさんには、事情を知っていただかなくてはなりません」
「知らなくていい」
「ご領主様が奥方をお迎えになったとき、奥方様の従兄弟である騎士ミドスコ・アーバンクレイン様が、一緒にこの町に来られました。このかたは、大変な浪費家で、しかも能力は低いのに権力志向が強いかたで、いろいろな役職を占めて利権を手にし、さらにはご長男のアーリア様をヴォーカ領主の地位につけるべく画策されました」
「この酒をもう一本」
「はい」
レカンの要求に応じて、チェイニーは給仕を呼んで酒を注文し、話を続けた。今日は部屋のなかに部下を待機させていない。レカンがくつろげるようにという配慮かと思ったが、それだけではなかったようだ。
「ミドスコ様が手を組んだ相手が二人おります。一人は、大手商家のザイカーズ商店当主ザック。もう一人は、ゴルブル領主ご次男のヘンジット・ドーガ様です」
鳥の骨付きの揚げ物を、また一つ食べ終え、残った骨をぽいと投げ捨てると、レカンは杯になみなみと酒をつぎ、ぐいぐいと飲み干した。
「ザイカーズ商店は、この町に支店を出すと、長年にわたってじわじわと販売実績を積み重ね、いささか道義に反するやり方で競争相手をつぶし、この町の中枢に浸透してきました。ついには当主のザック自身がこの町に乗り込んできて、残念ながらわが商店は領主館出入り筆頭の座を追われました」
「この鳥の骨付き揚げ物、もう一皿」
料理を注文して、チェイニーは話を続けた。
「そうしたなか、ご領主様は、ミドスコ様のやり方についてゆけなかった者たちや、裏切られた者たちから少しずつ証言を集め、証拠を集め、断罪の機会をうかがってきておられました」
「野菜も食いたい。何か野菜を追加してくれ」
追加を注文して、チェイニーは話を続けた。
「ミドスコ様は、この町の武力面での責任者を自称しておられまして、かねてから、騎士と兵士を増員するよう、領主様に要求しておられました。しかし領主様は、騎士は現在の四人で充分だし、兵士も六十人以上にすることは予算の上からも難しく、その必要もない、と突っぱねてこられました」
「騎士は四人しかいないのか?」
ぐびぐびと酒を飲みながらレカンは訊いた。
「はい。領主様とご長男様、ミドスコ様とご長男様の四人です」
「領主の長男の後ろに騎士みたいなのが二人いたが」
「それはそういう装備をさせているだけです。正式の騎士になるには王陛下の裁可が必要です」
「なるほど」
「武力増強を訴えるミドスコ様があまりにやかましいので、領主様はシーラ様に願って、王都の高名な魔道具技士ヤックルベンド様から、炎の魔法が撃てる魔道具を五本、購入したのです」
そう言われて思い出した。五本のうちの一本は、今レカンの〈収納〉に入っているのである。
「強力な炎の魔法が撃てる魔法使い一人は、騎士十人に匹敵するといわれます。つまり騎士五十人分の武力が増強されたわけですから、ミドスコ様も、黙るしかありませんでした。ところが今度は、あれこれと理由をつけ、自分がその魔道具を管理すると言い出したのです。領主様は、五本のうち二本をミドスコ様に預けました」
「酒をもう一本頼む」
「さて、先日、ご領主様のご息女スシャーナ姫がご病気になられました。町の優秀な施療師たちが診察しましたが、病名も原因もわかりません。困り果てた領主さまはシーラ様に往診を乞われました。シーラ様は、この病気は呪いによるものであり、通常の薬では完治しない、と言われました」
呪いで病気になると、病気を治療しても、また病気になってしまう。呪いを解呪しなければ完治はしない。
「そんなとき、ミドスコ様とザック・ザイカーズが自信満々で申し出てきたのです。自分たちに任せれば、きっと姫様をお救いする薬を手に入れてみせますとね。もちろん、とんでもない対価と引き換えにです」
「ミドスコは、それが呪いだと知っていたのか?」
「さあ? 病気だということぐらいは伝わっていたでしょうがね。呪いのことは奥方様にも秘密だったのです。ともあれ、それを知って私は申し出てしまったのです。私が薬を手に入れます、とね」
「ほう?」
「実は、ある村に小さな小さな迷宮があり、十年ほど前、〈神薬〉が出たのです。それは村長の息子が母の重病を治すために必死の思いで手に入れた奇跡の薬でした。けれど間に合わず母は死に、息子はそれを悲しんで出て行ってしまい、よその迷宮で死にました。以来村長は、そのことを誰にも言わず、ひそかに薬を持っていたのです」
「チェイニーは知っていたのか」
「その村の危機をお助けしたことがありましてね。その対価に〈神薬〉を差し出そうとしたのです。そのときは断りました。引き合わないからです。今回、私は精いっぱいの金額を用意して、〈神薬〉の買い取りを申し出ました。できるだけ目立たないよう、御者のほかは護衛二名だけという少人数で行ったのですが、それがあだになりました」
あれはそういう状況での護衛募集だったのか、とレカンは思った。
「姫様の命がぎりぎりもつ、とシーラ様がみたてた日が、薬を持って帰る期限でした。あとはレカンさんもご存じの通りです。ああ、そうそう。私が薬を領主館に届けた翌日、ヘンジット・ドーガ様が突然おみえでした。〈姫の危難をお聞きして、絶対に病が治せる薬をお持ちしました〉ということでした」
「ミドスコとヘンジット・ドーガがぐるだと言ったのだったな」
「はい」
「では、ミドスコとザックに頼んだ場合、結局ヘンジットがやって来たのか?」
「そうではないかと思いますが、そこはよくわかりません」
「ヘンジットにはどんな利益がある?」
「ヘンジット様は、以前からスシャーナ姫に懸想しておられました」
「なるほど」
「さて、ここから先は、噂と推測になります。まず、ミドスコ様が、あずかった魔法武器を紛失したという噂があります」
「ほう。二つともか?」
「二つともです。しかしあれは、無理な理屈を並べ立てて領主様から預かった大切な武器。大金がかかったものでもあります。なくした、ではすみません。そのうち一つは私が持っているわけで、今回のことを妨害しようとした刺客が持っていたのはどういうわけか、と追及してもよいのですが、その場合、お前が盗んだのだろうという反撃をされると水掛け論になります。水掛け論になれば、立場の弱い私が負ける恐れがあります」
「そうだろうな」
「これも噂ですが、ミドスコ様は、シーラ様を何度も訪れ、売りつけた武器が壊れたから、代わりの品を至急届けさせろ、と要求なさったようです」
「なぜ領主を通さなかった」
「領主様は武器を買うとき、制作者の要求により、壊れようと紛失しようと、これ以上は絶対に購入を申し込まない、という誓約書に署名なさったからです」
「するとシーラの失踪は、その関係か?」
「そうではないかと私は推測しています。今、この町の主要な薬屋は、ミドスコ様のご無体な要求に耐えかねてシーラ様がいなくなったと大騒ぎしています。当然、薬屋の上客である、この町の有力者たちも、ミドスコ様に憤慨しています。また、シーラ様は王都にも関係者が多いといわれるおかたです。そんなおかたを敵に回してしまったミドスコ様の陣営からは、穴の空いた樽のように逃げ出す者が相次いでいます」
「ザック・ザイカーズもか?」
「真っ先に逃げましたよ。そんなわけで、いよいよミドスコ様の罪を問う機運が熟しつつあります。いえ。もうほとんど熟しています」
「なるほど。そういえば、ニケというのは誰のことだ?」
「おや、まだお会いになっていませんか? シーラ様のお孫さんですよ。若い女性ながら、この町の近くに出た強大な魔獣を二度にわたり退治し、金級冒険者となられました」
「シーラの孫? 若い女冒険者? もしかして、ショートソードを腰に吊った、一見二十歳前ほどの年齢で、若いころのシーラはこんな姿ではなかったかと思わせる黄金色の髪の女冒険者か?」
「そうです、そうです」
「そうか。名は知らなかったが、二十日間ほど一緒に薬草取りに回った」
「二人きりでですか?」
「ああ」
「それは、若様には知られないほうがいいですよ」
「なぜだ?」
「恋は盲目と申しますから」
「ほう? 恋? あれにか?」
「先日、この町のギルドにニケさんが顔を出されましてね。それを誰かがアギト様に伝えたのでしょう。シーラさんの失踪騒ぎと混ぜて、大げさに」
「なるほど」
「ところで、レカンさん。今回の迷宮はいかがでした?」
「最下層まで行った。迷宮の主からはこれが出た」
「こ、これは! はじめてみました。金色のポーションですね。これは私どもにお譲りは」
「しない。オレが自分で使う」
「そうでしょうねえ」
「今回はほかには宝箱が出なかった。前回の余りと合わせて、ポーションを何個か譲る」
「おお! ありがとうございます」
レカンは袋に青ポーションと赤ポーションの小と中を全部詰めて持って来ていた。
それを渡して、最後に残った酒をぐいと飲み干し、レカンは席を立った。
「うまかった」
「それはようございました」